その日、カカシは愕然とした。
五代目火影である綱手に何故か料亭に呼び出され、赴いたところ、料亭の者に「先方がお待ちです」とやけに仰々しく言われ、妙だとは思った。
奥に通され、襖を開けた向こうには綱手はおらず、綺麗な着物を着た女性が座っていた。
カカシは、そこで初めて事態を理解した。
女性は元々成り行きを理解してそこに居るようで、カカシを見るとにこりと笑って頭を下げた。
夫に尽くす次第であること、料理が得意なこと、身体は健康で子供も産めること。彼女が話す間、カカシは脂汗をかいて話を聞いた。

「あの……」

カカシから何のリアクションも返ってこないことで、彼女が訝しげにカカシを見る。
カカシは何の言い訳もせず、眉をひそめ、目を伏せた。

「すみません」

「え……」

自らの膝に手を置いて、深々と頭を下げる。

「オレは、結婚出来ないんです」

木の葉の木々を、びゅうと春風が揺らした。


「綱手様、何の相談も無しに困ります」

カカシは彼女との苦い時間ののち、すぐさま火影の家に居る綱手様に会いに行った。

「相談したら、お前はすっぽかすだろう」

火影の椅子に踏ん反り返り言う綱手に、その通りであるカカシは「それは……」と口ごもる。
綱手には、これまでも何度か見合いを勧められてきた。
その気のないカカシはいつも理由をつけて断り続け、強引に見合いを入れられようものならすっぽかしてでも抵抗した。
すると今回、任務があると言われ、指定場所に足を差し向けたところ、待っていたのがカカシの見合い相手だった。カカシは騙されたのである。

「次期火影はカカシ、お前だ。上役の承認ももう下りてる。結婚は強制じゃないが、火影になる前に身を固めるのもいいだろう。お前の為にもな」

綱手はともかく、先代の火影達は火影になる前に伴侶を見つけていることが多かった。妻が居て子供が居るからこそ頑張れる節もある、一度火影になってしまえば恋愛にうつつを抜かす暇もなくなるし、伴侶も見つけにくくなる。
それは綱手の優しさであるようだった。
何度めかのそういった話を聞き、沈黙したカカシは難しい顔をして「気持ちは有難いですが」と目を閉じた。

「自分にはその気はありません。お気持ちだけ受け取っておきます」

頑ななカカシに、綱手はついには溜め息をついた。


女性に「結婚出来ない」と言ったが、その言い方は不可思議なものだ。
「出来ない」という言葉には含みがある。
「したい」が「そう出来ない」そんな含みだ。
聞く人間が聞けば、この男は何かの契約に縛られているのか、或いは身体に病気でも抱えているのかと思うだろう。
カカシの場合、前者だった。誰と契約を交わしたわけでもないが、自分に自分で縛りを作っている。
心奪われている人間が居る。
その相手には告げる気もなく、叶う可能性もない。
しかしそれでも、この想いを滅する気にはなれないのである。
だからいっそ抱えたまま一人で生きると、或る種の諦観を見出した。
この先、伴侶を持たず、ただその相手だけを想い続け、火影になって過ごす。
諦めに似た感情は苦く尊く、たまに胸を締め付けるけれど、それでいい。
そう決めたのだ。






FIN





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