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短編
歯医者で出会うカカナル



比較的味気ない待合室で、男は項垂れ、背中を丸くしていた。
待合室には小学生にも満たなそうな男の子を連れた母親と自分、それと受付の女性、歯科衛生士か何か……詳しいことは男には分からないが、女性が二人、業務内容について話している。
やがて、「誰々さん」と名前が呼ばれ、母親が男の子に伴って診療スペースに入って行く。
男はそれを、眉をハの字にして見送った。


話せば、何もおもしろくない話だが、朝方、男の歯は欠けた。
位置は犬歯から奥に向かって横っちょ。まだ若かりし学生時代、男が若さゆえ友人と殴り合いの喧嘩をし、欠けて治療した部分だった。
近頃、こころなしかそこがぐらついている気がしていたがそのままにしていて、今朝歯磨きをしている際、何か白いものが流れていったと思っていたら、それがその詰め物だった。
口を閉じている分には何の支障もないが、口を開けると欠けた箇所が少しばかり目立つ。
そんなわけで、せっかくの休みを生産性のないことに返上し、男が今居るのは、普段職場に向かう時に通りかかる歯科である。
割かし小さな歯科だが、往復の利便性を優先し、早めに代わりの詰め物をもらえればとやって来た。

「はたけさん、はたけカカシさん」

待合席には男しか居なかったのに、ぼんやりしていて反応がなかったからかフルネームで呼ばれ、男――カカシは少しばかり重い腰を上げた。


歯科医師は女性だった。
見た目若いが、やや逆らい難いような貫禄がある。

「歯が欠けてその部分が目立つ……と。折ったか何かか?」

最初の時点で記入させられたカルテを眺め、歯科医が言うので「折ったというか、歯を磨いていたら……」とカカシは説明しようとしたが、「まあ見せてもらおうか」と有無を言わさず椅子を倒された。
開けた口の中を覗き込まれ、よく分からない器具を突っ込まれて唾液が出て来る。
状態を確認した歯科医は「一度うがいを」とカカシの椅子を起こした後、流れを説明し始めた。
一度、型を取って、その型を元に詰め物を作らなければならないが、詰め物はすぐには出来ないので今日は型だけ取って仮の詰め物を詰めて、ちゃんとした詰め物が届いたらまた来てもらい、仮のものを取り、詰め直す……だが、犬歯の裏が虫歯になりかけているかもしれないからそっちも調べて場合によっては治療した方がいい、とか何とか。
カカシは、ハァ……とおとなしくそれを聞きながら憂鬱だった。
歯科というのは何かと理由をつけて延々と患者を通わせる為、その手のものじゃあるまいな……と内心訝しむ。
実際、今日一度通ったところで終わるものではなく、二度三度……もしかしたらそれ以上通わなければならなそうな雰囲気だ。
カカシはあまり歯医者が好きじゃなかった。
子供じゃあるまいし、歯医者なんて大嫌いといったテンションのものではないが、他人に口の中を見られ、弄られ、下手すれば痛い思いをするのは決して好むものじゃない。
歯科医の横には、若い青年がついていた。金髪碧眼の、どことなく初々しい雰囲気の子だ。
付き添い、歯科医に何か言われるとフンフンと頷いたり、熱心に歯科医のやり方を見ている辺り、歯科衛生士か歯科助手か何らかの卵か見習いだろう。
再び椅子が倒され、カカシはまた口の中を弄られることになったわけだが、やり方はだいたいこんなものなのか、この歯科医が独特なのか定かではないが、手法は若干手荒かった。
のっぺりした粘土のようなものを上の歯に押し付けられ、固い器具で押さえられる。
上顎が動きそうになって耐えたが、普通に痛くて、恐らくカカシの顔は致し方なくしかめられているはずだ。

「固まるまでそれを噛んでおとなしくしているように」

歯科医は一言そう言うと、カカシを放置して診療スペースを出て行った。歯科には小さいながら二つほど診療スペースがあり、歯科医はその時々であちこち動きながら治療を進めているようだ。
もう一つの診療スペースで治療を受けているのは先ほどの子供だろう。ややもすると、泣き叫ぶ男の子の声と、それをなだめる母親の声が聞こえてきた。
カカシ側の診療スペースには歯科医が居なくなったことで若き見習いの青年とカカシだけが残されたわけだが、何せカカシは口の中に良く分からない物体を咥えさせられ、口も開けぬ状態だ。
唾液が溜まり、咬まされている為に下顎は痛いし、先ほどの手荒さで上顎も痛い。不快感が強いまま天井を眺めていたが、こころなしか青年の視線を感じるのでカカシは目を瞑った。
会話出来る状態ではないし、目があっても気まずいから、或る種の逃亡だ。
カカシが喋れる状態じゃないのはさすがに分かっているのか青年は話しかけてはこなかったが、しばらくすると歯科医が戻って来てカカシの上の歯に被せていた粘土のようなものを外しにかかった。
これは言わば型を取る為のものだろうが、剥がす時、相当痛く、歯科医も苦戦していて、粘土が中途半端に剥がれたのがカカシにも分かった。
大部分と、上の歯にくっついていた粘土が分離している。

「……これはダメだな。もう一度だ」

「……」

歯科医が口にし、嫌な予感がしていたカカシはそれが現実になったことを知って脱力した。口の中をわざわざ洗浄して、あの手間、あの痛み、あの不快感をまた一から味合わなければならないのかと絶望さえする。時間ももったいない。
この歯医者、あんまり腕よくないんじゃないの……とそこから疑ってかかりたいぐらいだったが、この段階で帰ることも出来ない為、見えない拘束状態だ。
椅子を起こされ、カカシが口の中に残った粘土を水と溜め息と共に吐き出し口を拭って顔を上げると、今度は明確に見習いの青年と目が合った。
青年はカカシの苦境を哀れんでいるのか、少しばかり心配そうな顔をしていた。もしくは、カカシがよほど嫌そうな顔をしていたからだろうか。
違わず、嫌なのである。今から嫌な思いをすると分かっているのに、逃げられず犠牲になる辺りドナドナのようだ。
椅子を倒され、デジャヴのように粘土の上から器具で押さえられ、先ほどの痛みと今の痛みから目を瞑ったカカシは構え、身体の横に添えていた自分の手で思わず拳を作った。
無意識に力んでしまう。
その手に、自分以外の、他人の温もりが触れたのはその時だ。

「大丈夫だって!すぐ終わるってばよ」

まるで手術前の家族にでも言うように言い放ち、固く握っていたカカシの拳を開かせてその手を握ったのは、金髪碧眼の、その青年だった。
カカシは粘土を口に含んでいたから声を出せなかったが、多分そうでなくても声は出なかっただろう。突然のことに、ぽかんとして青年を見つめ返してしまった。
そしてその一寸後には「バカモン!」と叱咤が飛んだ。
患者に何をしてる、と怒鳴ったのは当然歯科医であり、青年は「だって、あんまり痛そうだからつい……」と肩をすくめ、それで歯科医は「つい、で患者の手を握るやつがあるか、寛大に許す人間ばかりじゃないんだぞ!お前ってやつは……」とうんたらかんたらと注意する。
手がカカシの口の中を押さえて埋まっているから説教のみだが、その手が空いているなら一発や二発は殴っていそうな言い方だし、もしかしたらこの青年にはこういったところがたまにあるのかもしれないと思わせる言い方だった。
カカシは歯科医の言う「寛大に許す」方に該当すると言っていいのか否か……とりあえず、突然の青年の言動を決して不愉快には思わず、どちらかというと痛みさえ一瞬忘れるほど驚き、目を奪われたのだった。




ここまで。

個人的にはこの後、先生がナルトを気にするようになり、通ううちににいい感じになればいいなと思いつつ、続きを書く時間がなく…
もしそのうち何かひらめけば書きたいです
ss 2015/06/06 23:33
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