第7話 うさぎと吸血鬼のダンス

『スッゴいニュースあるから!皆公園に集合!』

 そう愛一好から電話があったのは数分前の事だ。タツキ達は急いで古びた公園に向かった。
 公園に着くと、愛一好と跳兎がいた。1分程遅れてマチと陽も走って来た。陽はデジモンだとバレないように、マチとお揃いの厚手の裾が長いコートとサイズが大きいニット帽を着用していた。因みにクラリネは猫の振り、村正はタツキの防具用バッグの中に入ったりなどして周囲の目を誤魔化していた。

「フッフッフ……よく来たな諸君」

 愛一好が何かを企んでいそうな怪しい笑みを浮かべている。

「何すか愛一好さん。悪知恵働かせて何か思い付いたんですか?」

 タツキはおちょくりの意味を込めてそう言った。

「『敵にバレないように頭に生卵を落とす機械』が出来たんですか〜?」

「それとも『兄貴にバレないように家から出るための3つのステップ』を思い付いたんですか?」

 マチと陽も口々に言う。

「ノンノン。…………皆私を何だと思ってる?」

 愛一好は腕組みしていたのを止めた。

「変な人!」

「つーかお前自分で言ってたじゃねえか。何だっけ? 『犯罪だと思われないように証拠を残さず煙幕を張る方法』だっけ? 何に使うんだよ」

 村正どころかクラリネにまで言われたことに、少なからずショックを受けているようだ。

「まあ、メイちゃんの奇行は置いといて」

 この話題になる前の愛一好と同じようにどや顔で腕組みをしていた跳兎にさえそう言われてしまい、少し落ち込んでいた愛一好だが、気を取り直して鞄からスマートフォンを取り出した。

「まさか!」

「ついにうさちゃんも……?」

 驚くタツキ達の眼前で、愛一好はあるアプリを起動させる。その瞬間、跳兎の身体は見覚えのある、あの強い光に包まれた。

「ルナモン進化! レキスモン!」

 跳兎の丸っこくて小さかった手は、グローブをはめた5本の指を持つ手に変化し、顔つきも本物の兎に近いものになっている。最も大きく変化したのは体つきで、人と獣両方の特徴…所謂獣人のそれへと変化した。データの組み換えが完了して光が収束すると、跳兎は筋肉のついた足で2回キックを披露した。

「じゃ〜ん!これがはねうさぴょんのNew styleでーす!」

「おー!!」

 観客から歓声が上がる。

「わぁ……いいな……」

「すごい! 強そう!」

「これで〜、進化出来る仲間が増えた〜♪」

 口々に褒められて跳兎は少々天狗になっている。

「うさと一緒にサンドバッグの兄貴で修業した甲斐があっ……」

「サンドバッグの兄貴ぃ!?」

「間違えた。兄貴のサンドバッグ」

 恐ろしい間違いである。

「所で聖次とヴェロニカは?」

 タツキは最近自分達のチームに加入した者達がいない事に気付き、辺りをきょろきょろと見渡している。

「あ、忘れてた。まあいいべ。県外だからどうせ来れないべ」

「んな、適当な……」

 その頃、某県では……。

「ぶぁあっっくしょい! ちくしょー!」

「そんなおっさん臭いくしゃみしないの。昨日、お風呂の後に体も拭かずに牛乳一気飲みなんてしたから湯冷めしたんじゃない?」

「ふ、風呂上がりの牛乳を否定するとは……人間の所業じゃねえ……!」

「私デジモンよ。後、人間にも風呂上がりの牛乳を良しとしない人はいるんじゃないかしら」

「こいつ、俺の言葉の隙を突きやがって……」


「ってな訳で、今からデジタルワールドに行って、この力を見せつけたいと思います」

「は? いきなり?」

 タツキ達は今までの話し合いで、デジモン達の戦闘力が向上するまではデジタルワールドで魔王の手下とは戦ってはいけない事になっていた。デジタルワールドには人間界に迷い込んでくる者より強力なデジモンがいるからだ。そのため、デジタルワールドでは走り込み等の基礎的なトレーニングや善いデジモンの好意に免じたちょっとした手合わせ等しか行って来なかった。跳兎が進化出来るようになり、自身も戦闘に参加出来る事から愛一好は敵と戦っても大丈夫だと判断したのだろう。

「大丈夫なんですか? そもそも丁度良く魔王の手下がいるんですか?」

「いざとなったら人間界にワープする! 相手はそこら辺のテキトーな奴をぶっ飛ばせば良いんじゃね?」

「愛一好さん。それ魔王達とやってる事変わらないと思います」

 どうも愛一好の思考は物騒である。愛一好はおもむろにスマホをいじり出す。

「実は既に私の綿密な調査とうさの直感により、良さげな場所を見つけておいたのだ」

「その通り。正確にはうさの調査とメイちゃんの直感だけど」

 両者の言い分が食い違っている。恐らく二人の直感で選んだ場所だろうとタツキは睨んだ。

「では、いざ行かん! デジタルワールドへ!」

 愛一好がスマホの画面をタップする。すると足元に魔法陣が現れ、彼女らを異世界へと誘っていった。



 「ここが我らの新天地……『草原』だ」

 愛一好がいった通り、草原である。遠くに木々がまばらに見える、青々とした草原である。

「……草原っすね。草っ原っすね」

 いつまでもどや顔をしている愛一好と跳兎が苛立たしかったので、冷めた目でそう言い放った。

「後ろを見るがよい。あれがこの地の名物『崖』だ」

 そう言われて後ろを見ると、確かに崖があった。あまり高い崖ではないが、上の方は森になっており、こちらからは様子が見えない。

(愛一好さんはここでアクション映画でも撮りたいんだろうか。ってかこれはウケ狙いなのか格好良いと思ってやってるのか……)

 皆がそんなことを考えているとは露知らず、愛一好と跳兎はこの『崖』に勝手に付けた設定を延々と話し続けている。

「そういえばデジモンが見当たらないけど、ここで何かあったのかな?」

 愛一好の話を軽く聞き流していた陽が気付いた。確かに、と皆が頷く。

「まさか、悪のデジモンにやられちゃったんじゃ……」

 心配性の陽は最悪の事態を想像してしまい、顔が青ざめている。

「もしそうだったらボクとメイちゃんがはったおすよ」

 レキスモンに進化したままの跳兎が言った。

「お前一人称統一しろよ。つーか悪者がいるとは限らねえだろうが」

 村正は冷めた態度で跳兎にわざと聞こえるように言った。

「もしそうだったらまっさんをボコるよ。後、この口調はうさのアイデ……アイデ……ンティ?何とかだ」

 村正は跳兎を恐ろしい形相で睨んだが、いかんせん目しか見えないため、恐ろしいとは感じない。

「(アイデンティティーって言いたかったのかな?)……誰だ!?」

 跳兎の独自の言語を解析しているタツキの耳に、ガサガサっと草を掻き分ける音が聞こえて来た。タツキの声に合わせて皆がタツキが叫んだ方向を向く。見ると、崖の陰の草むらで何かが蠢いている。再びガサガサと音が鳴ると、その存在が姿を現した。

「人間の……女の子?」

 現したのは、タツキ達と同じ年頃の少女だった。肩より少し上辺りまでの長さの黒髪で、群青色のフレームの眼鏡を掛けている。衣替えの時期ではまだないも関わらず、セーラー服の冬服を着用している。彼女もここで人間に会うとは思ってもみなかったらしく、ひどく驚いているようだった。その目は泳ぎ、怯えている様にも見える。しばらくお互いに無言で見つめ合っていたが、彼女が先に口を開いた。

「こ、こんにちはっ!?」

 因みに『はっ!?』の部分で声が裏返っていた。彼女程ではないが混乱していたタツキ達は挨拶をつい返してしまった。

「こんにちは……」

 彼女は挨拶を返されてやっと自分の行動のおかしさに気付いた。

「え、あ、あ、…………」

 より一層動揺しており、言葉も出なくなっている。

「あの、君は……?」

「あっ、私、か、かじゃ、風峰ゆっ、優香です。よ、あ、えっと、よろしくお願いします」

 素直に自己紹介してくれたので、タツキ達も律儀に名乗り返した。

「君はどうしてこんな所に? 君もセラフィモンに……?」

「いや、その……」

 優香と名乗った少女が返答に困っていたその時、再び草むらが揺れた。そして何者かが草を掻き分けてやって来る。

「優香の吃り具合が面白かったから見ていたが、中々話が進まんから来てしまったぞ」

「あ……」

 そう言って優香の隣に並んだのは、爪を長いピンクの袖で隠している鋭い顔と目の男だった。

「あれは……」

「待ちたまえ陽隊員」

 何故か陽を愛一好が制止する。

「あのデジモンは……そう、あのデジモンは……」

 愛一好は図鑑を取り出しページを捲る。途中で跳兎も加わるが、手掛かりが見た目しか無いので索引で探せず、一ページずつ地道に探している。

「……あれはマタドゥルモン。強い者の血を好む吸血武道家デジモンです」

 痺れを切らした陽が先に言った。

「その通りだ。流石だ陽隊員」

「お前サイテーだな」

 村正の言ったことは無視して愛一好と跳兎は「『未開の地調査隊』の頼れるリーダー」の様に自身を演出している。それをマタドゥルモンは遠目から見て笑っている。

「クックック…中々に賑やかな連中だな」

 優香は確かにその言葉を聞いた筈だった。しかし、隣から感じたのは声の主の気配ではなく、急に吹き抜けた突風だった。

「そもそもだよ? 村正隊員。君はチームの雰囲気というものをだよ? もう少し大切にするべき………………!?」

 跳兎が村正に向かって言った瞬間である。進化して頭の位置が高くなった跳兎の目の前に風圧と共に何者かの足が現れた……いや、跳兎が気配を感じ取るより速くマタドゥルモンが回し蹴りを放ち、跳兎の顔の目の前で寸止めさせたのだ。ある程度離れた所にいる優香の隣から跳兎の前に来るまで、タツキも村正もクラリネもマチも陽も愛一好も、誰も吸血武道家の気配に気付けなかった。数瞬遅れて跳兎の身体は状況に気付いて冷や汗を流す。その汗の冷たさでやっと思考が状況に気付く。相対する武道家は、バランスの悪いその姿勢を崩さずに、風峰優香と話していた時とは別物の低く静かな声で呟く。

「勝負だ」

 跳兎の背にゾクリと悪寒が走る。彼女は慌てて距離を取った。それだけの動きにも関わらず……いや、彼女の運動量とは関係無く心臓が早鐘を打つ。格闘を得意とするレキスモンの勘が、デジタルモンスターとしての本能が、奴は危険だと跳兎に告げている。跳兎が跳び跳ねたのと同時にデジモン達は武器を、人間達はデジヴァイスを構える。跳兎はやっとの事で口を開く。

「……何? 急に襲い掛かったりしてくれちゃってさ。何のつもり?」

「言葉通りの意味だが?」

 マタドゥルモンは長い袖をひらりと翻す。袖が風に踊っている様にも見える。マタドゥルモンは話を続ける。

「そこのコロナモンが言ったではないか。マタドゥルモンという種族は強者の血を欲していると。強者と出会えば手合わせせずにはいられない。当然だろう?」

 何故そんな当たり前の事を聴くとでも言いたげなマタドゥルモン。彼を見て跳兎は確信する。奴は、平和の為に戦う自分達とは、相容れない存在であると。

「ねえ、ここにデジモンがいないのはあんたのせい?」

「いや、私はその問題に関与していない」

 嘘だ。やはりこのデジモンは魔王の仲間なのだろうか。跳兎の考えに同調するように陽を除く仲間のデジモン達も進化する。

「ふむ、全員で掛かって来るか。どうした? 完全体になっても良いぞ?」

 完全体になれない村正達は、挑発に乗りたくても乗れない。特に成熟期にすらなれない陽は怒りと共に焦りも感じている。

「……世の中にはデータ異常で完全体にはなれないデジモンもいるんだよ!」

 タツキがクラリネを庇う様に言う。

「どうやら失言してしまったようだ。その事は謝ろう。だが、パートナーがいるにも関わらず成熟期ばかりとはどういう事だ?」

 ぶち。跳兎の堪忍袋の尾が切れた。

「うるっせえんだよおおおおおお!!!!!!」

 跳兎は驚異的な脚力で飛び上がり、マタドゥルモンの脳天に強力な踵落とし――「ムーンナイトキック」を浴びせようとする。だがマタドゥルモンはそれを後方に宙返りして躱す。

「おお、私好みの格闘家がいるではないか」

 マタドゥルモンはそのままバク転を続けて優香の元まで戻る。

「優香、下がっていろ。奴らがお前を傷付けてしまうかもしれない」

 その言葉からは、自分は彼女を巻き込まないという自信と、それでも敵と対等以上の力で渡り合えるという余裕が感じられる。武道家は優香が返事をする前に地を蹴って飛び上がる。

「ふざけてんのかぁ!」

 跳兎が次は拳を繰り出した。マタドゥルモンはそれを避け、後ろから不意討ちしようとしていた村正の刀をレイピアで受け止め、蹴りでタツキの隣まで吹き飛ばす。

「ぐぅ!」

「村正!」

 飛んでいく村正と入れ違いになったクラリネが額からカースオブクイーンを放とうとする。しかし、それが発射される前にマタドゥルモンはクラリネの頭上まで飛び上がっていた。クラリネの背骨がマタドゥルモンの蹴りで砕かれる。コントロールを失った熱線は誰もいない草原を焼き払った。

「プチプロミネンス!」

 炎を纏った陽が、マタドゥルモンに向かって突進して来る。しかし、マタドゥルモンは飛んで来た火の粉を払う様に裏拳で叩き落とす。

「全く、袖が焦げてしまったではないか」

 マタドゥルモンは不機嫌そうに呟いた。

「陽! 待ってて、今……」

「サウザンドアロー」

 傷付いたパートナーを介抱しようとしていたマチとタツキの周りに無数のレイピアが降り注ぐ。それらは人間を怪我させる事が無く、それでいて身動きを取らせないように足元に突き刺さっていた。

「私は非力な相手と何度も闘うのは好まん。手出ししないで貰おうか」

 タツキ達は焦っていた。まさか完全体との力の差がこれ程までとは思っていなかったからだ。今までは成熟期、しかも知略を用いて戦う種族の割りには頭の弱い相手ばかりと戦っていた。戦闘が得意なデジモンなんてあのデビドラモンぐらいだ。しかもあれは村正の進化による動揺の隙を突いて倒した。パートナーがいて進化すると分かっている、しかもより強い相手との戦いを望んでいる敵はどう対処すれば良いのだろうか。更に奴はパートナー持ち。他の完全体とは一線を画した強さの筈だ。尤も、あちらのパートナーもどうすれば良いのか分からず固まっているのだが。

「パートナーがいるデジモンは通常個体よりも強化されている筈だが……やはり成熟期では役不足だったか。……ん? そうか、私にもパートナーがいるのだったな! 強くなりすぎるのも困り物だな。闘いが楽しめん」

 強い相手と戦えそうにないと感じたのか、マタドゥルモンは益々不機嫌になる。

「ほざけぇ!」

 跳兎は勢い良く跳び蹴りを繰り出す。

「おいおい、さっきから聴いていれば言葉が汚いぞ。おしとやかにしろとは言わんからもう少し丁寧な……!!」

 跳兎以外のデジモンは倒した筈だが、新たに別の気配を感じる。マタドゥルモンは、半歩横に動いて跳兎の脚を片腕で固定すると共に、もう片方の腕で何者かの攻撃を受け止めた。

「残念ながらあんたの敵はデジモンだけじゃない!!」



「なあ、本当に探しに行かなくて良いのか?」

 剣崎勇夜が仲間達に問いかける。

「いくら仲悪いからって探しに行かないのは薄情過ぎるんじゃね?」

 勇夜のパートナーのシグルズが勇夜の意見に同調し、説得しようとする。

「いや、あのコンビなら大丈夫よ」

 表情を変えずに言うのは優香の姉の冷香だ。

「寧ろあのトンガリ頭が消えて清々したぜ」

 そう言ったのは冷香のパートナーのバアルモン。

「いや、そいつはともかく妹の方の風峰は大丈夫じゃねえだろ」

 何故こんな事になってしまったかと言うと、それは愛一好がデジタルワールドへ来ようとする数分前まで遡る。

『ねえ、何で私達森にいんの?』

 摩耶乃摩莉を初めとする一行は、何故か森林の中に出来た道の上を歩いていた。先程までは草原を進んでいたのだ。木々が少しはあったとは言え、確かに草原を歩いていたのだ。しかし、それにも関わらず何故か森にいるのだ。

『俺は間違ってねえからな! こいつにこう行けって書いてあるからな!』

 バアルモンは、皆に戦犯はお前だと言いたげな目で見つめられた為、弁解している。

『いやいや、俺が進化して飛んだ時は森なんか見えなかったぜ?』

ギロリ

『ひぃっ!』

 シグルズはバアルモンに睨まれ、縮み上がる。

『道が出来てるって事は、ここは通り道なんだろ。やっぱその本が正しいんじゃねえのか』

 今の所、バアルモンの味方になってくれるのは勇夜だけである。

『ねえねえ、おいしそうな肉りんごがなってるよ!』

『え、何その相反する二つの食材が混ざってる感じの名前の果物』

 ブラックテイルモンのフレイヤが見つけたのは、人間界には存在しない果物だった。しかし、見た目は普通のりんごと大して変わらない為、摩莉は本当に「肉りんご」なのかを怪しんでいる。

『デジタルワールドには見たこと無い植物が沢山生えてますね゛ッ!?』

 優香がその植物をもっと近くで見ようと草むらに足を踏み出した途端、足場が無くなった。いや、正確には草むらに隠れている急な坂道があり、そこへ足を踏み外してしまったのだ。

『ああああああぁぁぁぁァァァァ』

 優香は止まる事も転ぶ事も出来ず、そのまま勢いで坂の下まで駆け下りてしまった。

『ええ!? ちょっと! 大丈夫なの?』

『はっはっは、目を離した隙に勝手に行ってしまうとは、お茶目さんだな!』

 何故かマタドゥルモンは、優香の後を追うように坂を下りて行ってしまった。坂の下は、草木が邪魔して何があるか全く分からない。

『……アイツ、完全に面白がってたな』

『サイテー』

 この出来事がどう本編に繋がるかを説明する為には、先にこの辺りの地形について説明しなければならない。
 摩莉達は平地を進んでいたつもりだったが、実は緩やかな傾斜を進んでおり、 前述のような坂になっている所もあるのだ。更に坂の麓をぐるりと回って行くと、愛一好達がいる崖が見えて来るのだ。要するに、愛一好が舞台に選んだ「崖」を登って更に進むと、摩莉達が進む道に達するという訳だ。途方に暮れていた優香と面白がっているマタドゥルモンが坂に沿って歩いた結果、馬鹿丸出しで騒ぐ愛一好&跳兎と愉快な仲間達に出会い、今に至るのだ。

「どーせマタドゥルモンに連れられてひょっこり戻って来るんでしょ」

 摩莉は呆れた様に言う。膝の上ではフレイヤが肉りんごを弄んでいる。

「お前らずっとそんな感じなのかよ」

 その様子を見て勇夜も呆れてしまった。彼らはお互いに出会って間も無いにも関わらず、お互いを信頼しているのだ。うんしている。そういう事にしておこう。仲間がいなくなっても戻って来ると確信しているのだ。勇夜とシグルズはそう思う事にした。

「ねえねえ、肉りんご焼いて」

 フレイヤはりんごを転がすのを止めて、シグルズに差し出す。

「え? 何で俺? バアルモンに頼めよ」

 丁度食事の準備をしているバアルモンではなく、何故か自分に依頼してきた事に困惑するシグルズ。

「だってバアルモン『邪魔すんな』って怒るんだもん」

「えー……。勇夜ー、ライター貸してー」

 シグルズは渋々フレイヤの要求を受け入れた。

「…………魔王側の人間……とデジモンがこんな呑気で良いのかよ……」

 勇夜がいくら疑問を持とうとも、このチームはこんなチームなのである。



 マタドゥルモンは二方向から掛かる力を受け止めながら、感嘆の声を上げる。

「ほう! 人間も掛かってくるか! 面白い。可憐な少女、それも二人のお相手を出来る事を光栄に思うぞセニョリータ」

「ウワァァ! キモいキモいキモい!」

 愛一好の腕に鳥肌が立つ。蹴りつけた腕をそのまま足場として、後方に跳んで逃げる。マタドゥルモンがそれに気を取られた隙に跳兎も脱出する。

「はあああああああ!」

 愛一好は1回転して着地すると、再びマタドゥルモンへ飛び掛かる。それとタイミングを合わせ、跳兎は催眠効果のある「ムーンナイトボム」を掌に出現させる。それを投げつけるのではなく、手に握ったままマタドゥルモンを殴ろうとする。

(眠らされる訳にはいかんな)

 そう判断したマタドゥルモンは斜め上に飛び上がり、体操技のムーンサルトのように身体を捻らせながら跳兎に向かって降りていく。踵落としの要領で、回転しながら跳兎を後ろから蹴り飛ばす。

「うひゃあ!!」

 標的が急に射程範囲から消えたので行動を慌ててキャンセルした愛一好と、受け身を取れずに地面を転がる跳兎のそれぞれの声が重なった。

「これでも軽く蹴ったつもりだが……」

 マタドゥルモンは跳兎を蹴ってすぐにふわりと着地し、その足で歩いて跳兎の元へ向かう。

「このっ…………!!」

 傷付いた身体に鞭を打ち、跳兎は再び立ち上がる。

「るああああああああ!!」

 マタドゥルモンに向かって拳を繰り出す。しかし、彼の袖に隠れた手で受け止められてしまう。跳兎は反射的に受け止められた手と同じ側の脚で脇腹を狙う。ちょうど一回転するような形だ。マタドゥルモンはもう片方の手で跳兎の脚を掴む。

「はあっ!」

 マタドゥルモンの両手が塞がった瞬間を見計らい、愛一好がローキックでマタドゥルモンのバランスを崩そうとする。マタドゥルモンは気配だけでそれを察知し、脚を上げてガードする。跳兎は無理矢理腕を引き剥がし、回し蹴りの要領で脚を掴んでいる腕も振り払う。

「すげえ……」

 足元のレイピアを竹刀で払いのけながらタツキは呟いた。跳兎は接近戦を得意とするレキスモンに進化しただけではなく、愛一好の力で脚力、腕力、その他諸々の戦闘能力が村正達に比べて格段に上がっている。同じく格闘を得意とするマタドゥルモンとは相性が良い。更に人間としては驚異の脚力を持つ愛一好も戦いに参加しているため、完全体との戦いでも渡り合えている。タツキとマチは、打撃と防御の応酬を固唾を飲んで見守っている。

(俺もこうしちゃいられない!)

 タツキは自分とマチの足元のレイピアを殆ど凪ぎ払うと、急いでパートナーの元へ向かった。

「村正! クラリネ!」

「ハッ、遅えよ……」


 跳兎が拳で高速のラッシュを叩き込む。マタドゥルモンはそれをひょいひょいと躱していく。攻撃の隙を突き、マタドゥルモンは刃の付いた扁平な靴の先で跳兎を突く。跳兎は後方へ跳ねるように躱して間合いを取る。

「ちゃんと避けられるようになってきたな」

 戦闘中であるにも関わらず、敵の成長を褒めるような発言をするマタドゥルモン。よく見ると息切れをしている様子も無い。対する跳兎は肩で息をしており、余裕が殆ど無い。

「次の一手はまだか? ならこちらから……ん? 何だ? 急に抱きついて来て」

「黙らないと首絞めるぞこの野郎!」

 背後から忍び寄っていた愛一好が、マタドゥルモンを羽交い締めにする。愛一好はかなりの力を込めて締め上げているつもりだが、マタドゥルモンは苦しそうには見えない。それでも逃げ出さないという事は、次の一手を敢えて受けようという事なのだろうか。

「いけぇ! うさ!」

 マタドゥルモンの前方、即ち跳兎が跳んで行った方向へ向かって愛一好が叫ぶ。そこでは、跳兎が背中から引き抜いた氷の矢をつがえ、マタドゥルモンを狙っていた。

「ティアーアロー!!」

 太陽の光を反射して、きらきらと光る矢を引き放つ。矢は目標を違わず真っ直ぐ翔んで行く。

「格闘戦は不利と見たか……」

「え……ひゃあ!」

 マタドゥルモンは自身を羽交い締めしている愛一好の腕を掴み、背負い投げのようにぐるりと投げ飛ばした。

「サウザンドアロー!」

 更に、無数のレイピアを跳兎に向かって飛ばす。レイピアは氷の矢を巻き込み、跳兎へ襲い掛かる。

「ちょっ! どんだけ袖に入ってんの!?」

 タツキ達へ向けて飛ばした分で終わりかと思われていた飛び道具が、まさか自分の矢の本数以上に残されていたとは思わなかった跳兎は度肝を抜かれてしまった。それでもすぐに反応して躱そうとするが、広範囲に放たれた為に避けきれなかったレイピアの内何本かは跳兎の身体に傷を付けていく。傷口からは真っ赤な血液データが吹き出る。

「綺麗な色だ……」

 マタドゥルモンはうっとりしたように呟く。

「デジタルワールドには血の存在を教えてやらないといけない輩ばかりだったが、良い物を見れた。礼を言う」

「……ッ!」

 跳兎は何か言い返す代わりに歯をぎりりと噛みしめながらマタドゥルモンを睨む。だが睨んでばかりもいられない。こうしている間にも自分の血はだらだらと流れるし、それだけならまだしも人間である愛一好の体力はどんどん減っていく。

(決着を付けるには、次の一手しか無い!)

 跳兎と愛一好の視線が交錯する。二人はお互いの意思を確かめ合うように頷いた。

「るああああああああああああ!!」

 二人はマタドゥルモンへ向かって一斉に駆け出した。満身創痍であるにも関わらず、その気迫は段違いだった。

「良いぞ…そのままかかってこい」

 跳兎はマタドゥルモンへある程度近付くと、勢いを殺さずに真上に飛び上がる。

「ムーンナイトキックか」

 マタドゥルモンは、頭上から来るであろう衝撃と、もう一人から加えられるであろう攻撃に備えた。

「はっ!」

 マタドゥルモンの鳩尾に、愛一好の爪先がめり込んだ。敵の一瞬の隙を突ける程の集中力によって成された一撃である。

「むぅ……!」

 その衝撃でマタドゥルモンは前傾姿勢になる。そこを狙うは上空に向かって跳び上がっていた跳兎。

「ムーンナイト……キック!」

 彼女の蹴りは、吸血鬼の首へ直撃した。その後、跳兎は空中で一回転しながら2メートル程離れた地面へ着々し、愛一好は脚を振り抜いて吸血鬼を蹴り飛ばす。

「はぁ、はぁ……どうだ!」

 傷付きながらもタツキ達へ笑顔を見せる。

「すげえ……!」

 それを見てタツキ達も笑顔になる。弱って進化前の姿に戻った村正達も、健闘を称えるように弱々しいが確かな笑みを浮かべる。

「愛一好さんも、うさちゃんも、格好良かった…!」

 マチは目に感動の涙を浮かべている。愛一好と跳兎はマチへピースサインを見せる。タツキも賛辞の言葉を述べようとした時だった。

「ククク……フハハっ! 良いぞ良いぞ……これ程までの成熟期と人間は初めてだ! いや、人間とは初めて闘ったが……良いぞ、調子が出てきたな……さあ、闘いの続きだ! お前達の力を! 全力を見せてくれ!」

「え……」

 鳩尾と首に同時にダメージを喰らったのに何故倒れない? それどころか何故そんなにダメージが少ない? 自分達が傷付いていたから? そもそも人間と成熟期じゃあ完全体には敵わないから? 奴が強すぎるから? どんな理由があれど……
  
           ――実力が   違いすぎる――

「どうした? まさか今のが全力だったのか?…………残念だ」

 今の「残念だ」からは侮蔑の意味など微塵も感じられず、ちいさな子供が「もう遊んでくれないのか」と言うように寂しげな、失望しか感じられなかった。奴は心の底から強敵との戦いを望み、それが叶わなかった事を嘆いているのだ。マタドゥルモンはやれやれと首を振ると、ふわりと優雅に跳び上がる。跳兎と同じように急降下キックで止めを刺すつもりなのだろうか。

「う、うああああああああ!!」

 ここで倒されてたまるかという意地と、底知れぬ力へ対する恐怖で訳が分からなくなった二人は、同時にマタドゥルモンへむかって拳を、脚を繰り出そうとする。

「やれやれ、人間をあまり傷付けずに闘うのは骨が折れるのだ。その苦労に見合った闘いをさせてくれると思ったのだが……」

 マタドゥルモンはその先を言わず、空中で身を翻して自分から落ちていく。

「!!」

 同一線上から同じ標的を狙っていた跳兎と愛一好。標的が消えればその力の矛先と視線が向くのは自らのパートナー。傷付けまいと空中で足掻くが、努力叶わず体当たりのような形で衝突し、もんどりうって地面に墜ちる。

「ぐはッ……!」

 その衝撃で跳兎は小さな兎の姿へ戻り、所詮は人間である愛一好の身体は悲鳴を上げる。骨が折れたのかもしれない。

「次に会うときはお前達がもっと強くなった時だな。それまでに修行しておくんだぞ」 

「へぁ……ぐぇぇ!」

 マタドゥルモンはそう言いながら、呆然としていた優香に駆け寄り、腰の辺りを抱えると(抱えると言うよりはボディーブローだったが)、なんと断崖絶壁を駆け登ってしまった。

「では、さらばだ!」

 マタドゥルモンの姿はみるみるうちに小さくなっていき、崖の頂上に生えた木々の中に消えてしまった。

「……愛一好さん?」

 タツキは震えている愛一好に声を掛ける。よく見ると、彼女の目にはうっすらと悔し涙が浮かんでいる。奴は血を吸わなかった。と言うことは、奴は自分達を戦士…少なくとも強者とは見ていないという事だ。

「…………くっそーーーッ!!!」

 跳兎が丸っこい手で地面を打ち付ける。草と崖以外は何も無い草原に、その叫びが虚しく響いていた。



唐突な次回予告!!!
摩「何かまた茶番劇始まったんだけど。」
ドゥル「オオオオオオオオオオオオオオオ☆▼※◇※∋※◇〒▲▲!!!!」
摩「何こいつキモッ!」
優「おそらく、吸血鬼なのに太陽光を浴びまくったのと、血をしばらく吸ってない事が原因かと思われます。後、最後の崖ダッシュ。」
摩「何でこっち来たのコイツ。」
ドゥル「血が、血が欲しいいい!血が足りないいい!!!!」
摩「メッチャ雑魚っぽい。」
バアル「はっ、いい気味だぜ。…おい、何こっち見てんだ、おい止めろ!来るな!……ぎゃああああ!」
冷「バアルモンが襲われた♂わ。」
摩「別にそういう事何もしてないのに♂つければ面白くなるって思ってるの好きくない。」
勇「これは…!田舎の清純な空気と土壌で育てられた餌を食べて育った豚を、同じ地方で手塩を掛けて育てられたりんごのソースに絡めながら焼いたかのような味!」
シグ「肉りんごの味はまだまだこんな物ではない。名産地で育てられたりんごはまるで自然の喜びを全て凝縮したような味が、品種改良が重ねられたりんごはまるで高名なシェフがこだわり抜いたかのような味がする。更には野生のりんごのような味を求めて品種改良された物、天然物であるにも関わらず家庭の味がする物、肉りんごの奥は深いのじゃ…。」
勇「師匠……!」
摩「登場話数たった2話にして勇夜とシグルズのキャラが崩壊してる!」
フ「ねえねえ、肉りんごおかわり。」
勇&シグ「もっと味わって食えええ!」
次回!デジモントライアングルウォー第8話「炎獅子の咆哮」
優&冷「君もテイマーを目指せ!」
摩「これで目指したいと思う奴はどうかと思う。」


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