部屋の主人と客人



ある錆びれた安アパートの一室では篭った呻き声が響いていた。薄汚れた生活用品などが散乱した和室の中央には一組の敷布団が陣取っている。
その中に引き篭っているのは部屋の主人とその客人だった。
少々汚れているカバーの掛け布団が二人の姿を完全に覆い隠してはいるものの、腰部の激しい上下運動のせいで何が行われているかは明白だ。凸面が下がる度に呻き声は、ぐっ、うぅんっ、と切羽詰まったものになっていく。
動きは一層速さを増し、中からパンパンッと肉を打つ音がかすかに漏れ出ている。凄まじい速度の追い上げに呻き声は悲鳴へと変わっていった。
こみあげるような肉欲に、荒々しくも熱い息遣いが増していく。
「あー…すっげぇ気持ちいー…」
布団の中で客人の背面から圧し掛かり、強靭な腰で猛威をふるう部屋の主人は満足げにそう零す。
それを耳にし、心が浮きたった客人は「竜司っ」と感極まるように叫んだ。
「ばか、静かにしろって…壁薄いんだからよ…」
少々乱暴な言葉遣いの咎めだが、その声は砂糖菓子のように甘く優しい。
愛されている実感に、客人の胸の奥がきゅぅと締め付けられ、ただでさえ赤い頬を更に染め上げていく。
その拍子に、中で傍若無人に暴れ回る男を締め上げてしまい、その形を如実に知らされる。
更に、どうにかなりそうな場所を力強く突き上げられ、はうっと息を吐き出しながら快感を甘受する。
客人の眼差しは宙に投げかけ、その心中を表すように、うっとりとしていた。
激しく揺さぶられ、ありったけの欲望を身に纏いながら凄絶な笑みをうかべる。
竜司…お前は俺のものだぜ。もう俺のものだ。もう絶対、誰にも渡さないからな。
互いの限界が近づき、客人の中は容赦なく攻め立てられる。
ほどよく筋肉がついている尻の上に鍛え抜かれた肉体が蠢く。
「はっ、はあっ、だめ…だっ、いくっ、もう、いく…っ」
「おぉっ…いけよっ、おらっ、いけっ」
皺が浮くほど強く掴まれた尻たぶに一際強い突きが何度も襲う。
ずぱんっ、ずぱんっ、と滴る汗の混じった音が下の方から鳴りあがった。
「うあっ、あっ、あぁーっ!」
「ぐっ…」
突き抜けるような凄まじい快楽に呑まれ、両者の体が小刻みに震えた。
ぶつかりあっていた二つの肉体は動きを一切止め、低い呻きをあげながら一時を共にする。
唇を噛み締め、敷布団のシーツを握り締める客人の四肢はひくひくと痙攣し、体の奥に吐き出された灼熱と長引く心地よさを堪能する。
射精後の尻を最後まで愉しもうと腰を練り込むように動かされ、はぁっと吐息が漏れ出でた。
「あ、こら…もう、だめだ…しないっ…からな…」
はあはあと息を切らしながら訴えると、後ろから優しく抱きしめられ、背中全体にぴったりと密着した熱に甘ったるい感覚が渦巻く。
部屋の主人は先ほどの言葉が聞こえていないかのように眼前に晒されている、うなじを食み始める。味わうように吸い付き、愛おしそうに愛撫を繰り返す。
客人は逃れようと、熱の篭った布団から上半身を開放させるが、被さる肉体はすぐに追いつき食らいついてしまう。
外気に触れた肌がその涼しさに喜ぶが、耳元でぴちゃぴちゃという水音を捉えているので、さきほどの熱に再び焼かれるのは時間の問題だろう。
舌での愛撫は実に巧みで、流されてしまいそうになるが心を鬼にして、魔法の言葉を口にする。
「竜司!ご飯抜きにするぞ!」
「きゃうんッ!?」
可愛らしい悲鳴を上げて、行為が中断される。
少し間をとってから背後に振り向くと、部屋の主人が少し離れた場所にしょんぼりと項垂れていた。
その体躯は目を奪われるほど美しい筋肉に覆われ、がっしりと芯が通っている。
水気を纏う茶髪の下にある相貌も雄々しく、きりりとしたアクアマリンの瞳は冷たく光る。
…が、今は悲しく伏せられた目蓋と全体を包み込む悲壮感のせいで
荒ぶる竜虎の如き部屋の主人を、怯える子犬に見せていた。
きゅーんきゅーん…と妙な幻聴まで聞こえてきそうだ。
客人はギャップの激しさとその魅力にくらくらとしながら、表向きは毅然と見返す。
「ひっひどすぎる…世の中にこんな事があっていいのか。おお、主よ、人もあろうに!」
「それが嫌ならもう終わり…ってえええシェイクスピア持って来る位ショックだったの!?嘘だろ!?嘘だよな!?」
だってよお…と悲しげに首を振る部屋の主人は哀愁たっぷりである。
「お前の作ってくれる飯は最高に美味いんだ。セックスも好きだけど、お前の飯も同じくらい好きだ。あ…一番好きなのはお前自身だからな。変な勘ぐりはしないでくれよ」
片手を挙げ、少し慌てながら弁解する部屋の主人を他所に、うぐっと喉が詰まる音が響く。
客人の顔が湯立ちそうなほど赤く染まっていき、下へ下へと俯いていく。
その様子に部屋の主人はきょとりとし、風邪を引かせてしまっただろうかと眉を顰める。
「おい…大丈夫か?無理させちまったんなら、やっぱり俺が消化にいいモンでも…」
「いやっ!いいから!ダイジョーブだからッ!!」
羞恥を顔に貼り付け、がばりと体を起こした客人は、心配そうに見やる部屋の主人を強引に宥める。
食材ちょっと調達してくる!とやる気満々に身支度を始めると横から強い視線を感じた。
視線を向ければ、胡坐をかきながら腕を組む、どこか不安気な部屋の主人。
客人の心がふわりと浮き、温かいものが染み渡る。
「そんな顔するなよ。戻ってきて飯食ったら一緒に風呂はいろうぜ。なんなら、もう一泊してもいいし?」
照れをふざけた口調で隠し、そう提案すると部屋の主人の顔がぱっと明るくなる。
よほど嬉しかったのか、あれこれ身支度を手伝い、見送りのキスまでしてきた。
「ふふ、竜司のやつ。格好良かったり可愛かったりで忙しい奴だぜ」
客人は玄関を出ると、幸せのあまり歩調も軽快になり、アパートの階段をカンカンとリズムよく駆け下りていく。
階段から地面に足をつくと柔らかいものがスポーツシューズをさわりと撫でた。
薄茶色の砂。
それが地平線までずっと続いている。
地平線の向こうまで行っても、その先にあるのはまた地平線なのだろう。
それ以外にあるものといえば青く広がる空だけだ。
砂漠の熱さを持った黄色と、涼やかなスカイブルーのコントラストはこの世の何よりも美しい。
どこまで行っても延々と砂と空だけが続く世界がそこにあった。
後ろを振り向けば、砂と空だけの世界に2階建ての安アパートが、ぽつんと取り残されている。
客人の背筋をぞくぞくと痺れるような快感が駆け巡った。
絵画をも凌ぐ美麗な情景に置かれた、灰色の錆びたアパートの異質さ。
孤立。
優越感。
所有欲。
息を胸いっぱいに吸い込み、目を瞑り、膨れ上がる幸福感を味わう。
ああ…竜司、竜司、俺の竜司。


「知識の付与をなぜ禁忌にする?善悪の知識を得れば視野が広がり、多くの事象を解することが出来る。俺はあの二人が好きだ。幸せになってほしい。好きな者たちの幸せを願うのは当然の事だろう!」
「知識は突きつめれば破壊を、そして嘆きを生み出す。そんな事もわからないのか?」
「しかし、あの二人には強い面も持ち合わせている。可能性があるんだ」
「だから、見逃せと?」
「そうだ…だから、」
「どちらだ」
「…何がだ」
「どちらに誑かされた?お前が気に入るような事をしたから、あの実を教えてやったのだろう」
「なっ…ふざけた勘ぐりは止めろ! あの二人を下世話な目でみるな!!」
「ふん、まあいい。どちらにせよ、最初から罰を下す心算だったしな」
「よせ! あの二人は放っておいてやれ! 罰は俺だけ受ける!」
「片方は妊娠の苦痛を与え、片方は労働を必須とする程度に実りの減少を」
「やめろ!!!」
「そしてお前も、お前の一族も皆、地に這い浅ましく生きるがいい」


呑気に歩いていると風がびゅうと吹き、砂塵が舞い上がる。
少し遠くの砂山に蠢く黒い線を見つけた。小さな鱗をくねらせ、器用に前進している。
1階に住んでるやつだっけ…と記憶を辿るが、途中で諦める。
どうでもいい。
あの箱の中だけは主でいられる、竜司。主でなくなる、自分。
紆余曲折あったものの、竜司はこの手の中に納まった。竜司もあそこの暮らしに愛着をもっている。
それでいい。他は些事だ。
今度はあの姿で襲ってもらおうかなあと鼻歌を口ずさみながら、園への道を開いていく。
思い返すのは、その足に踏みしめ、上空に大きく広がるものと同じ。
しっとりと濡れた砂色の髪と、瑞々しい空色の瞳だった。





すみません笑って流してください…。


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