職員室A



急いで上に被さる太刀洗を押し上げるが、真央の手から逃れるように腰元を滑る金糸。
頭を下げて脱がされた腹部に舌を這わされると、ぬるりとした感触に肩が跳ね上がる。
それを目にした太刀洗が満足げに口角を引き上げた。
「可愛い反応するじゃねえか。ええ?真、央、ちゃ、ん」
「このっ…!」
あからさまな挑発を受け、脳に針を突き刺されたような不快感が広がる。
これ以上からかわれて溜まるものか、とみぞおち目掛けて右ひざを振り上げるが、渾身の蹴り上げも難なく上から押さえ込まれ腕に抱えられてしまう。
机上に押し倒され且つ片足を抱きこまれた己の状態は余りに間抜けすぎ、頬に散った赤みが更に濃度を増した。
上げた口角はそのままに突き出された舌は腰の脇を通り、腹筋の割れ目に辿っていく。濡れた熱を感じる肌が僅かな歓喜を示し、ひくひくと引き攣った。
何故この俺がネコの真似事をしなければならない、とばかりに奥歯を噛み締めるが気を抜くと甘い吐息が歯の隙間から零れ落ちてしまいそうだ。それだけはするものかと躍起になればなるほど、その姿は太刀洗を魅了した。抵抗しながら固く眼を閉じ、薄く男らしい唇を食い縛り、嫌だ嫌だとむずがる光景は一層男を煽るという事に真央は気付かない。
触発された舌の動きは大胆なものへと変わっていく。ぴちゃぴちゃと水音を鳴らすそれは意図を持って真央を翻弄していた。
埃っぽい資料室に粘着質な音と衣服の擦れあう音のみが響く。しかし筋を這う舌が腹部の奥まった孔を突いたとき、その淫蕩な静寂はあっけなく崩れ去った。
「ふ…っ、!」
力強く押し込まれた刺激は腹の奥に到達し、そのまま下部へと流れ行く。下腹の先がカッと熱くなり、眼に生理的な涙が浮かんだ。
こんな事で快感を拾ってしまった、と屈辱を覚えながら潤む視界を太刀洗に向けると、彼は彼で此方を見つめて目を剥き、ぽかんとしている。あれだけ執拗に苛んでいた舌を止め何かを食い入るように見つめていた。その意味する所を理解する直前、太刀洗が拘束していた手を離して一気に顔の距離を狭める。
鼻先に迫る太刀洗の表情に、ぎくりとした。
鬼気迫るそれは何故だか見続けてはいけないという気にさせる。みるな、みるな、と必死に視線を逸らそうとしても、ぎらついた碧眼が真央を掴んで離さない。みるみる内に近づいてくる唇に、胸の高鳴りが早鐘を打つ。もうこうなったら、と一種の諦観を胸に収めた。口元に互いの息が触れ、重なり合うかどうかという距離に達した時。
「たち…あらい…」
真央の甘い呟きにスカイブルーのそれが限界まで開かれる。キスをしてしまいそうな至近距離まで接近した顔が慌てて離れていった。はくはくと魚のように息継ぎしながら混乱している様子の太刀洗を不審げに見やる真央に気付き、何かを伝えようと口を開くが言葉は発せられず、ひゅうひゅうとした音が抜けるだけだ。
ますます眉を顰める真央から体を退けて後ずさった太刀洗は、何か言いたげだったが悔恨を表情に乗せてそのまま資料室を逃げるように後にした。
一人、半裸の状態のまま取り残された真央は暫く呆然とその様子を見届けていたが時が経つに連れ、じわじわと憤怒を身に纏わせていく。
「…あの、…野郎…ッ…!」
腹の底から湧き上がる声音は地獄の淵から這い上がるそれだ。体を支える腕が壮絶な怒りで痙攣を引き起こす。濡れた腹部が空気に触れて、自身の惨めさを増長させた。
轟々と燃え上がる漆黒の瞳を、くわっと開いて身に渦巻く苛立ちを解き放った。
「太刀洗のクソッ垂れ!あそこまで手出したんなら最後までやりやがれ!!この俺があれだけ譲歩してやったんだぞ!!恋人になってから2ヶ月経ってんのにキス一つ満足に出来ねえなんざ、ふざけるにも程があるだろうが!!」
静かな資料室に真央の絶叫と拳を打ち込まれた机の悲鳴が響き渡る。悲しいかな、それを聞いているのは叫んだ本人しかおらず、向けられた当の太刀洗に届く事はなかった。

「委員長って…馬鹿なんですね…幾ら虐めっ子時代が肌に染み付いているからって、恋人になっても素直にキスできないなんて…馬鹿なんですね…」
「…うるせえよ…馬鹿って2回言ってるぞ…ううっ…真央…まお…」
太刀洗の自室では寝室で枕を抱えて沈み込む彼と、それを呆れたように慰める木戸の姿があった。
もう我慢ならん、こうなったら俺が太刀洗を犯してやる…と意気込んだ真央が部屋に殴りこみ、涙を流す太刀洗とその髪を撫でる木戸を目撃してしまい更にひと悶着起こすのは、残り僅か数分後の事だった。



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