【捏造ED】ひとりぼっちの
青いバラは果てて邪魔者は居なくなった。
私を邪魔するものは何もない。
後は此処を抜けるだけよ。
振り返ってはダメ。もう。そいつはまぶたを開くことも貴方の名前を呼ぶこともない。
だから
早く、はやく、ハヤク!
おいでよ、イヴ…。
黒い階段を駆け下りながら金色の髪を揺らす少女は胸の中で言葉を繰り返す。
イヴと…
二人でこの世界から抜け出してずっと一緒にいるんだから!
お父さんが私たちを生み出した世界で、最も私が憬れていたその場所へ
そう、そこには私の欲しいものが全部揃っている。
だから早く手に入れたい
「ふふふ…。もうすぐなの!モウスグナノ!」
階段を降りて続く廊下を走りきった先は、彼女の仲間達が展示されている黒い黒い美術館。
もう、動くことのない仲間達はただ静かに彼女が旅立つ刻を待っている。
外に出てしまえば関われなくなる作品達に別れの言葉を掛けながら、最後にとある巨大絵画に辿り着いた。
【絵空事の世界】
抽象的に描かれた絵なのにまるで写真のように向こうの世界がはっきりと分かる。
「ここを抜ければ…。」
もうすぐ欲しかった物が皆、手に入る。
そして、あの娘とずっと一緒にいられる。
「先に行ってるね、イヴ。早く追いかけて来てね。」
口元に怪しい笑みを浮かべた彼女は巨大絵画「絵空事の世界」へ飛び込んだ。
「………。」
真っ白な壁に掛けられた絵画たち。
それらを熱心に鑑賞したり、しなかったりする人々。誰も彼女が最初からそこにいたかのように、何も感じず絵画に魅入っている
(私、ようやく出れたんだ…。)
長年の願望とこれからのイヴと一緒に居られる夢が叶った事に思わず大きな声を出して喜びそうになったが、口元を慌てて手で押さえた。
(喜ぶのは後でもいいわ、それより帰ってきたイヴに何の違和感を持たせないように両親と合流しなくっちゃね。)
【絵空事の世界】を後にしてイヴの両親と合流すべく絨毯張りの回廊を一歩踏み出した。
(もしかしてあの人たちかしら?)
無個性の展示スペースの北側の壁に掛けられた絵画の列に上品そうな夫婦がとある絵を鑑賞している。
作品について話をしているのか、時々横顔が覗くとイヴの面影が見えた。
(きっと、この人たちに違いないわ。だって、あの部屋に飾られていた絵そのものなんだもの!)
―灰色の間の一室に飾ってあった絵、それが両親そっくりだと以前イヴが話してくれた―
そして目の前の二人が一致した今、二人の背後に向かって自信満々に声を掛けた。
「パパ!ママ!」
二人には、私がもう娘っていうことになっているはず。
だから、きっと私の名前を呼ぶわ。
「どうしたの、メアリー?」
…って。
「…?」
呼びかけられた二人は振り返ると、不思議そうな顔をしている。
どうしたの?
どうして、メアリーって読んでくれないの?
ほら、もうすぐイヴだって帰ってくるんだから!
私たちずっと一緒に居られるようになるんだから!
だけど二人の口から紡がれた言葉は思いもしなかったものだった。
「お譲ちゃん、迷子かな?」
「はぐれちゃったの?」
「…っ!?」
どうして?
何がどうなっているの?
私は家族になっているはずじゃないの?
それとも冗談?
「え…?なに…いってるの、パパ。何かの冗談なの?ママ…。」
不安を隠しきれなくて声が上擦る。
「…?」
それでも二人は表情を変えずに首を傾げ
そして、母親の方が言いにくそうにこう言った。
「ごめんね。私達に子供はいないのよ。」
「ぅ………嘘。」
子供がいないっていう事はイヴがいない。
そんなの嘘だよ!
だってあの子は私とあの美術館を回っていたんだよ?あの子のバラは本物だった!
最後の一本道だって帰りを邪魔するものは何も無い。それなのに、どうして?
突き付けられた現実は受け入れ難くて、全身の力が抜けその場に座り込む。
「貴女のような可愛い子が欲しかったけどね。」
「僕はこの絵のような大人そうな子もいいと思うよ?」
「絵の大人そうな子…?」
父親の方が言った言葉に一瞬背筋が凍った。
作品の中で自分以外に少女を描いたものはあっただろうか?
まさか。
恐る恐る、目の前の絵画へ目を向ける。
「………!」
次の瞬間に希望が音を立てて崩れ落ちた。
目の前に飾られたその絵は
顔に暗い影を落として眠る青年と、膝元に赤いバラの花弁を散らし自分の手を青年の手に重ね、寄り添って眠る少女が描かれていた。
タイトルを示す下のプレートには
【幸福】
と、刻まれていた。
「そんな…、そんなの嘘だよね?
イヴ………。」
絵に向かって彼女の名前を呼んでも、動くことも目を覚ますこともない。
こちらへ戻ることもなければずっと一緒にいられる訳もない。
「あはっ…あはは、あはははははははははは!」
イヴは私のことキライになっちゃったのかな。
ギャリーにいじわるしたから?
イヴのバラ、わざとちぎったから?
イヴは私が質問したあの時
(メアリーと出る)
って言ってたのに。
あれ嘘だったの?
ねぇイヴ。
謝るから私を一人にしないで…!
初めて目から温かい大粒の涙が零れた。
いつの間にか美術館にはメアリー以外の人影が無くなっていた。
近くにいたイヴの両親だった二人もいない。
陽は傾き室内はだんだん暗くなっていく。
メアリーを迎えに来てくれる者は誰もいない。
彼女はこちらの世界で永遠にひとりぼっち。
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