200文字SS


佐久早

週始め。体育館点検のために朝練がない今日はいつもの早朝の電車とは違って通勤ラッシュに巻き込まれる。ホームの時点でごった返す人の波に憂鬱になりながらも、息巻いて電車に乗るが後ろから押し寄せるサラリーマンの鞄に押されてどんどん端へと追いやられる。そしてドンッと壁にぶつかり痛む額を撫でながら前を向くと、そこには壁ではなくずっと片想いをしていた佐久早先輩がいて。
「っ、」
と呼吸を止めて後に下がろうと身を引くが満員ゆえに全く動かない周囲。すみません、とか細い声で謝ると上から舌打ちが聞こえるけれど、今だけはどうかこの大きく響く心臓の音が聞こえませんようにと願う。





木兎

朝練がないために気が抜けたのか起きると遅刻ギリギリで、必死に走り叩きつけるようにICカードを押し付けて改札を潜り階段を駆け下りれば、見慣れた電車が停まっており酷く安堵しながら乗り込む。
「あ! マネちゃーん!」
突如聴こえた声はいつも聞いている声で、辿るように振り向けば満面の笑みで手を振る木兎先輩。こっちこっち、と招く相貌は小学生のようで可愛らしい。お言葉に甘えてそちらまで行き挨拶をすれば大きな掌でくしゃくしゃと頭を撫でてくれた。
「朝からマネちゃんに会えるとか超ラッキー!」
その言葉の真意に気づいた時には恋に落ちている。




赤葦

いつもは朝練でこんなにも混んでいる電車を体感する日は少ない。だからこそ、駅ごとに人の波が動きぎゅうっと圧迫される瞬間は得意ではない。暑いのも苦しいのもあるけれど、何より怖い。今だって申し訳ないことに私のカバンが当たっている横にいるサラリーマンがこちらをねめつけている。一先ず謝らなくては、と口を開こうとした時だった。
「すみません」
私の代わりに聞こえてきたテノールは私の心を代弁するようにサラリーマンへと向けられる。そして、腰に回る温もりとグッと寄せられる衝撃。とん、と額に当たったのはシャツの繊維で。
「俺にくっついていてください」
耳元で聞こえた声に一言投じたい。とてもありがたいけれど、君は私の好きな人なので死んでしまいそうです。





研磨と黒尾

満員電車は嫌いだ。苦しいし誰かのカバンが当たったら痛いし。けれど、
「ほら、お前らきちんとくっつけ」
と寄りかかる私には胸筋を貸して、寄りかかる研磨には背中を貸すクロとのやり取りが好きだから我慢出来る。
「やべっ、まだ混むのかよ……」
「雨だからね」
雨は嫌いだ。濡れるし髪の毛もペタってするし。けれど、
「お前俺と研磨の間に入れ」
幾分混み合う電車を懸念し、私を抱えながらクルッと向きを変えるクロ。すると研磨も私の方を向いて、私のお腹に手を回しながら肩に顎を乗せてゲームを再開する。私が流されないようにクロも私を抱きしめたまま。満員電車は嫌いだ。けれど、大事な幼馴染に挟まれる満員電車は大好きだ。