200文字SS


 突然の豪雨は容赦なく服も鞄も買い物袋までも濡らした。このご時世にしては珍しいシャッターのしまった風情を感じるタバコ屋の一角で雨宿りをさせてもらいながら、絞れんばかりにびしょびしょになってしまったTシャツの裾をぱたぱたと仰いだ。
 地面を叩きつける雨音は浮き足立っていた俺の心を嘲笑うように響いている。悲鳴染みた声が四方八方から飛び交い、俺たちの目の前を体を丸めながら数人が走っていった。

「めっちゃ濡れたね」
「ですね」

 困ったように柳眉を垂らす先輩は、その澄んだ双眸で曇天を見据えている。

「袋も濡れちゃったね。テーピングとか大丈夫かな?」
「箱は濡れたかもしれないですけど、本体は大丈夫だと思いますよ」
「そっかぁ……」

 良かった。と、分かりやすいように安堵する先輩は袋の中に腕を入れるとテーピング、伸縮テープ、ボトルを洗う時のためのスポンジなど、ひとつひとつ確認をしていた。釣られて俺も袋の中を目視する。
 俺が持つ袋の中はコールドスプレーやポカリの粉末などが入っている。おかげで、雨が浸透するようなものは無かった。
先輩も確認し終わったのだろうか、悲しい表情をしていないのできっと無事だったんだと思う。

「買い物、別の日にすればよかったかも」
「そうですね。でもゲリラ豪雨の予測は難しいですし」

 木兎さんによく似たしょぼくれモードを発揮する先輩へフォローをしつつ、自分にも言い聞かてみる。
 先程までカンカンと晴れていても急に降り出すことなんてよくある話だ。それでも大事なマネージャーであり、ひっそりと想いを寄せている相手がこんな顔をするならば折りたたみ傘の1つや2つくらい持ってくればよかったと内省する。

「赤葦、誘っちゃってごめんね?」
「いえ。この量を1人で持つのは大変でしょうし、俺たちのために買ってくれてるんですから手伝うのは当たり前です」

 だなんて格好つけてみるけど本当は下心も混ざっていたり。「赤葦は本当に優しいね」と口許を緩めて天使のような笑みを見せてくれる先輩には申し訳ないが、先輩に声をかけられた時嬉しくて仕方なかったのだ。それこそ傘を忘れるくらいには。
 もちろん俺たち選手のために色々としてくれる先輩含めたマネージャー陣には感謝してもしきれないし、学年問わず手伝うべきだと思っているので言った言葉に嘘はない。ただ下心ももれなく着いてくるだけ。

「でも赤葦は大事な選手なのに風邪引いたら困るよ……」
「そう簡単に引きませんよ」

 元々感情の起伏が激しい先輩ではあるが、今日はいつにも増してしょぼくれモードだ。しまいには今にも泣いてしまいそうだ。未だに申し訳なさそうな顔をしている先輩に向き合って、名前を呼ぶ。「どうかしましたか?」

「怒らない?」
「え? 怒りませんよ」

 未だかつて彼女に怒ったことはあっただろうか。いや、ない、ないはずだ。それなのにどうしていきなり。悪いことをして親の前で怯えた子供のような顔をするのだろうか。
口許を一瞬きつく結んでなにかを思案した先輩は、おずおずと口を開いた。

「赤葦を誘ったのは荷物持ちが欲しいとかじゃなくて、」
「ん?」
「本当は赤葦と一緒にお買い物がしたかったからで、」
「えっ、せんぱ」
「今も、赤葦と一緒に雨宿りできてラッキーとか思っちゃってたり……。赤葦は風邪引いたらダメなのに……」
「……」
「ダメだって分かってるのに嬉しいとか思ってしまったのが申し訳ない……です……」

 まるで爆弾発言。どこか気まずそうに、決して俺と視線を合わせないように話していく先輩は、最終的にぷいっと顔を背けてしまった。

「先輩、あの……」

 もしここで俺の下心の答え合わせをしたら、彼女の顔は晴れるだろうか。髪の間から見える真っ赤な耳に語りかける。

 太陽のような笑顔を向けてくれますように。