200文字SS
研磨

10月16日の夜。100×195の2人で寝るには明らかに狭いシングルベッドにて、今日も今日とて身を寄せ合い羽毛布団に包まっている。腕枕をしたりとか抱き合ったりはせず、研磨くんの腕がさりげなく私の腰を引き寄せているだけ。
「狭くないの?」と訊けば、狭い。と正直な答えが返ってきたので、スペースを確保するために少しだけ身を離そうとすると研磨くんの腕はそれを許さないとでも言いだけに少しだけ力が込められた。
「ずっとこのままでいいよ」
「ずっと?」
「うん、ずっと」
「ずーっと?」
「うん」
さりげなく約束された未来に思わず口許が緩んだ。あまりにしつこく訊きすぎて、最後は「うるさい、早く寝て」って言われたけれど、今日はいい夢が見られそうだ。



黒尾

初めて作ったのは中学時の家庭科での調理実習。確かその時も今日のような秋の終わりだったはずだ。同じ班に料理がすごく上手な女の子がいて、班のメンバーもその子の手際の良さに感服していたため、足を引っ張らないようにサポートしていた気がする。
結局その子が、ほとんどを作り上げてしまった。今考えると彼女の家系はそういう歴史がある由緒正しき家柄なのかもしれない。私も足を引っ張らないようにしていた1人だったのだけれど、秋刀魚の塩焼きだけはどうしてもやらせて欲しいと拝んだ。私の気持ちを知っていた彼女は快く受け入れてくれた。しかも完璧なる指導付き。本当にありがたい。
そして今日が2回目。焼いた秋刀魚をお皿に乗せて、あの日のように箸とご飯も並べる。
「いただきます」
「はいどーぞ」
昔と同じような会話をして、今日も少しだけ鼓動を早めながら言葉を待った。
「うん、すっげぇ上手い。ほんと、嫁に欲しいわ」
そして、あの時と同じ笑顔と言葉に同じように笑った。「つーことで……。嫁に来て欲しいです。俺のために毎日秋刀魚焼いてください」
ただ、今日はあの時とは違った言葉も着いてくる。




赤葦

12月5日。東京のこの時期にしては珍しく1桁の気温を観測する寒い夜で、悴んだ掌を温めるために口許を覆った掌に息を吹きかけた。こんなにも寒い日に手袋を忘れてしまうなんてとんだ失敗だ。しっかりと鞄を確認してくればよかったと嘆いてももう遅い。後悔先に立たずとは言い得て妙。いつも家を出る前に京治が「手袋持った?」と確認してくれるのだけれど、今日はそういえば無かった気がする。
立派な責任転嫁だが、敗因を思い出して隣を歩く京治を一瞥すれば、しっかりと手は温かそうな手袋に包まれていた。ずるい。
「手袋いる?」
「……うん、ありがとう」
そんな私に気づいた京治がわざわざ手袋を脱いで渡してくれたので、有難く甘受することにした。掌返しとも言う。未だに体温が残る手袋を嵌めた時、ふと掌に触れたのは硬い何か。取り出して見てみると、プリンセスカットのダイヤが一面に輝く指輪で。
「俺と結婚してください」
込み上げてきた形容しがたい感情が、双眸に膜を張る。