深淵 | ナノ


傍輩に見えるようで実は、厳密には、違うし、筋書き通りの結末は来てほしくはないとはいえ来たら来たで何にもなりはしないだろうし。だけど万が一があった場合。

どんな顔をして会えばいいのだろう。



24.正体?



『ねーナマエ。ボク、いつまで「緑君」なの?ボクもナマエが「ナマエ」って呼ばれるように、名前、欲しいなあ!』


始まりはそんな尤もな緑君の一言だった。
しかし困った。


「んで、キラキラしたおめめで見つめてきた辺り私に『(つけて)くれよ!』ってコトだよなあ…で、しかもあの様子じゃ私以外の人のじゃ受け取ってくんないんだろうなあ……ハァ」


場所はダアトの教会の一階。
今日は(奇跡的に)完全なる休日なため、図書室で図書館の定番的ミニ机…では小さすぎたのでおっきい方の机の一部をまるまる占領し『古代イスパニア語辞典』に始まり『古代イスパニア語に訊く!名付け大百科〜預言と合わせて読んで最高の名前を赤ちゃんに!《男の子編》〜』とか前者はともかく探せばあるもんだな…、なんて後者を片っ端からおっぴろげてパラパラめくりながら私は頭を抱えていた。…あれ、最近の私こんなんばっかじゃね?
因みに場所が場所なので超小声ですもにょもにょにょあれ最近のわた略…。

緑君の勉強をこっそり見るようになってから幾日か。近い内に来んだろーなーって質問が早速緑君の口から飛び出してきたのが昨日の別れ際の出来事だ。
そして「明日は来てくれないの?」と渋る彼に人には休みが必要というのを(あのテこのテで)ご理解して頂いたため今日はこうして私一人で見事にのんべんだらりしてたりする。つか一緒にいてその辺ウロウロ出来るかってんだゴルァ。

確かに総長から逃げられるか否かって瀬戸際感じてた時は「いっそ私がー」的な事を考えていた事を考えていたような(ややこしい)気がするさ。
だけどもここで微妙に発生する問題が――


「(原作キャラなら)私がつけちゃ、不味いんじゃ…」


これだよね。これに尽きるよね奥さん。

生まれた三人。イオンから。
一人があの菩薩のようなお方でもう一人が数日前チラ見つかチラ視界に入ってきちゃった六神将(仮)。そして残る一人が緑君なワケなのだけども私の苦しい記憶力は前半二人の正体しか捻り出してくれない。おかげでいたかどうかすら定かではない。

イオンと断絶時、私室に不法侵入かました時に私の焦りから決定してしまったこの人数。あの時、私が咄嗟に思い出せないからといってピースマークをイオンに送っていたらと思うと……何というか、ぞっとしない。
緑君は私に対し少々スキンシップって言葉の意味を通り越しちゃってるような状態だけど、基本的には無邪気で良い子だ。そんな子が、私のサイン如きで生まれなかったかもしれないとか考え始めちゃうと…。

三人目が緑君って保証はなかったとはいえ、原作の流れは強大だと思うのだ。私の記憶に現に残ってる事から見ても残らなきゃおかしいって程話に出てきたと思われる二人が、偶然に見えるようで実は必然として生き残っただろう。原作なんていう究極の消去法によって。

……なんて、そんなありもしなかったIF話、もしもを憂えていてもしょうがないんだけどな。
それより名付けだ名付け。

しかし原作に出てくるか出てこなかったかで話は大分変わってくる訳で。
いやマジでどーしたもんかだよねこの状況。


「…預言?」


詠んで、みるべきなのだろうか。
生まれが生まれだから正直(ここで)生まれてこの方詠んだり詠んでもらったりした事は一度たりとてない。
しかしここまで来て今更自分で詠むのは負けた気がするってどんなだよってなカンジの抵抗もあればちょび興味があるってのも実は嘘でもない。と言っても本当に?本当に嘘じゃないのねと弾劾された暁には忽ち白旗あげちゃうくらいの興味度合いでしかないがな。生まれもそうだしそれ以前はこのゲームのファンだし。好印象を持てという方が無理な注文といえよう。
だからこそそんな吹けば飛ぶような興味もならばそれ持てるくらいにはイコールマシかどうかと問われればこうして差し迫った状況にでも追い込まれない内は謹んで辞退させて頂きますと即答する程には微妙であるだがしかし。

無論、そんな私事情に頓着している場合ではなくなってきているのが現状。

まがりなりにも第七音譜術士と世界に認識された私だ。やろうと思えばやれない事もないだろう。
幸い今日は日曜、レムの日ミサの日だ。自分でやりたくないと言うのならばガルドを積めばいい。

……と、言いたいところなんだけども。


「私の事を詠んでもらうってのは…」

「あれ、ナマエ謡手じゃないですか。って、まーた礼拝堂行かないんですか?そんな事言って。折角のレムの日なのに…たまにはあそこで厳かに詠んでもらうのも良いもんですよ」

「ハハハ…」


といったフェイスチャットデスカ?って良すぎるタイミングで会話が読書目的だろうたまたま目が合った教団員の知り合いレベルの方とすら自然発生しちゃうくらい、『普段滅多にナマエ謡手自分の預言詠んでもらわない詠んだとしても自給自足』認識されてるっていうな。少なからず周りの人々の目に私の行動は異色に映っているであろう事は想像に難くない。仮にも私、ここで働く人間だし。そして『実は詠んでないんじゃね?』って選択肢がない辺り流石ダアト。
私は普段礼拝堂は立ち寄るとすれば仕事等狙ってんのかってくらい預言を詠む以外でしかない上に会話にすら「今日私は預言でこう詠まれていたからー」といった話題も悉く混ざらない。そういった何気ない日常が周りにそんな印象を抱かせ定着させた。しかし無理に組み込もうとすれば嘘で塗り隠す通り越して塗り固める事になる。

そう興味云々以前の問題。
小さい頃、お母さんが私を、私の預言のためにしかるべき場所へ連れていかなかった理由。
そして私自身もとっくにそれこそお母さんの許に生まれる前から確信している事。生まれ方で確信せざるを得なかった事。

異世界生命体の預言はどうなっているのか。――答えは、ない。
ないモンで話の種にもネタにも出来る訳がない。

さっき言った通り、このままだと原作だとか実はそうでもないとか以前に緑君は私以外からのモノはどんなに素敵でも蹴っちゃいそうだ。
しかしその場合私が脳味噌絞る前提になってくる訳でとゆかもうやる気マンマン、とは原作ornot原作?なある意味問題児なため口が裂けても言えないけれど、誰しもが必ず持つその人がその人たるために生まれ落ちてまずまっさきに頂くモノそれが名前だと思う訳でして。ミルクとか言うな。
そんな大事な一種の儀式めいた事まして頼み事を、たとえイエス原作でもいつ来るかもわからないその時、名付けの時を手をこまぬくもしくは気が向くまで放置、という訳にはいかないでしょうよ。

そこで私脳味噌絞れ絞り上げろ大作戦大前提で行くとして、今回みたいな原作といういわば未来に関係してくるような嫌でも気にせずにはいられないしかも私自ら絶対に解決しなきゃならない無理が来ようものなら、私の世界にいた頃なら未来の事なんて誰にも知れる筈もなければわかったら良いのになあくらいには思考が楽な方へと逃げる事はあっても普段そう多く考える事ではないだろう。空飛べるとか信じちゃってるチビッコじゃあるまいし。飛べるけど。
しかしここには誘惑があるそれが預言。


「外す訳にはいかない、よなあ…」


ここは頼るべきなんだろうね。私がたかだか名付け如き(って言い方は緑君に悪いけれども)でしくじったせいで原作改変とか嫌すぎる。ついでに私のセンスだけでいざ提案してみて緑君に微妙な顔されんのも嫌すぎる。ステキなお顔しかも純粋な心をもお持ちの子にそんな顔されるとか…。
一応この世界で暮らすようになって久しいから何が男の子用で何が女の子用だとかアリかナシかなんていう名前の基準や法則はわかってるつもりだけども。

しかしそうは言っても私の預言がこんな状態なのだ、私が少しでも係う事あらばその人物の預言は改変だけにとどまらず流転欠損崩壊エトセトラ…何かしらされてそう。あ、なんか鬱。
……考えすぎという事にしておきたい。なんだこの私から醸し出される第一音素手前のどんより空気は。むしろ障気か。もちっと軽めに、大なり小なり矛盾が生じる事は避けられないように思うんだYO!、程度に脳裏に留めておこうレッツ第六音素化。…してるか?

空気もチャラくなったトコで、そこでだ。
私あるいは私に関係する人物――ここでは緑君がそれにあたる――の預言を誰かに詠んでもらうのはどうかって話で。無論ここでのもはや嗜みである美俗、教団員さんの折角のオススメはどうあがいても私にゃムリ。善意なだけに心苦しいがこればかりはどうしようもない。
時計を見ていないから正確な時間はわからなかったけれども、図書室に来て随分になる事からしてミサもそろそろ終わってしまう頃だというのに、言葉を濁すだけで一向に席を立とうとしない私に残念そうに去っていった彼の背中は見ないようにするしかなかった。

しかし滑り込む気があってもなくても結局は同じ事。私が自力でどうにかするしかないのだから。
大体たかが名前されど名前とも言えるしな。

原作とか抜きにしても緑君の一生がかかってる。


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