深淵 | ナノ


あ、これは『○ー○ー○ーさん』とか、そういう……。



19.おみまいにはメロンを、おまじないにはホーリィボトルを



イオンが治癒術を受けてくれるようになって早くも数週間が経っている。その間イオンやアリエッタはよく――とは言ってもイオンはお見舞いというより私の治癒術を受けるためだけど――お見舞いに来てくれたし音律士や剣術仲間等の今は勿論かつての同僚までもが姿を見られる訳にいかないイオンのいない時に顔を見せてくれた。多分イオンがこっそりと私が寂しくないように上手く間接的になるよう部下に通達させる等して手回ししてくれたんだと思う。
あと私にはイオンにより彼の治療が終わるまで変わるコトのない個人+基本人払い仕様のお部屋がご提供されていた。つか私が目覚めた部屋がそれだった。嗚呼権力ってスバラシ…あれ昔もどっかでこんなノリなかったっけ…。

しかし何故か、そのお見舞い陣にイオン(マイチャイルドその1)とアリエッタ(マイ略その2)の次くらいに私と親しい筈のアッシュが含まれてなかったのに私は首を傾げていた。自意識過剰かもしれないが彼の心根は優しいのを原作でも実際の友人(でもう良いよね、うん)としても知ってるから、きっとどんなに任務が忙しくとも合間を縫って来てくれんじゃないかとちょっぴり期待していたのだ。イオンは譜陣を駆使してここまで来るには来るんだけどやっぱり他の人の目についちゃマズいからってんで夜から深夜が多い上、アリエッタも最近何やら導師守護役としての訓練を終えた後も忙しくしてるみたいだし、そしてその他の人達だってけして暇人ではない。よって一人ぽつんと一日の大半を過ごす日も少なくない。
音機関で開発されてないんだろう、ここオールドラントにはゲームもなければパソコンもない。いやね?本、(仮にもオタクなので)お絵描き用にこの世界の主流な紙(羊な皮)&ペン(羽根)だってあるにはあるけど……うん、要するに誰かがいないと入院生活ってすんげー寂しいって話なんだよォ!

そして今日も今日とて寂しく読書に耽るかと、イオンに頼む訳にもいかなかったのでアリエッタ経由で教会の図書室から持ってきてもらった過去にも何度か読んだ事のある(だって神託の盾生活苦節11年)その名も『創生オールドラント』『プラネットストーム』その他等、第七音素について詳しく載ってるモノのみをベッドに取り付けられてる簡易テーブルの上に積み重ねた。…ギシッとか呻いたけどま、まあ大丈夫だろう。…うん。
かの偉大なユリアさんが稀少な第七音譜術士で未来視に長けてたってのはこの世界でも私の世界のファンの間でも有名な話だけど、ゲームに描かれない現地ならではって事で何かすげー治癒術とか編み出してらっしゃらないかと期待に胸を躍らせ読み漁るのが最近の日課(暇潰しとも言う)となりつつあるからだ。

第七音譜術士として鳴らした天才譜術士。大量の第七音素の呼び込みに事欠かなかったであろうししかもそれ自体なローレライとも仲良しだったっぽいユリアさんなら、治癒術じゃないにしても譜術の…まあ私だと魔術だけど、術の効果を底上げしてくれるような、当時の人間の誰も考え付かない最強の譜とかゼロから構築するのもお茶の子さいさいだったんじゃなかろうか。上に上げたタイトルで基礎を見直しつつまだ読んだ事のなかったその他で彼女の偉業を洗えば見えてくるモンもありそうじゃない?治癒術と長い付き合いのある私も早くイオンに元気になってほしいその気持ちに嘘はないのに彼の病気は重くてどうしたって時間がかかるからなるべくその期間を縮めていきたいと言いますか。だからヒントくれよユリア様ってワケ。
本来ここでは治癒術に病気を治す力はないとされるけれど私の治癒術は…まあ、エルフだの天使だのからしてその定義からは外れてるし、しかし都合の良い事に世界から第七音素と認識されてる(といつからかは忘れたがそう思う事にした)からこうして頼る価値は多いにある、ハズ……なのに。
拝察繰り広げたところで世の中ンな甘かねーYO!って話で今のところ成果ナシ。彼女が弟子達と悉く普請したとされる譜業や現代譜術士なら普通に使えなきゃ名折れだろって譜術ならバンバン見付かるけどコレ!ってのがね。
よってすぐ飽きる(そしてこれも日課)。

そりゃしいて言うならユリアの譜歌とかファンなら憧れだろうけどあれ彼女の血脈を襲う人間にのみ許された財産でお株だもんね。人外云々はここより前なので除外するとして今更だけどもトリップ(しかも転生モノ)特典とかダアト式譜術は謎だらけで微妙なトコなため生殺し状態だしかといってそれ以外はなんの特殊能力も付加してもらえなかったデクのモブ・ナマエ。
ただのモブがお株を奪えるワケがない!

そして今日も今日とてその2何の収穫も得られずしょんぼりしながらメモ用に用意した羊皮紙が(なんか味あるよね)年月で風化されつつある私の可哀想な記憶で描かれた仮にもモチーフがモチーフなのでどこの女神デスカ?って程ムダに美化されたデコられたコトがじゃなくて腕前のせいでこれまた可哀想なユリア様画で埋もれてきた頃。

唐突にアッシュ不在の謎が、イオンのDr.ナマエ診療所通院生活1ヶ月となろう本日、全て解ける事と相成った。

脈絡なく廊下を写したドアから現れた赤毛が不意打ちすぎてマイ鶏(狙ってない)心臓がエリアルジャンプした。
ユリア様の微笑みがニヤけ顔になった。Oh。


「ぐっ……ッナマエ、大丈夫か?」

「一番いい病人食をく……れじゃないよキミの方が大丈夫かァ!?何!何でそんなアッシュ死んでるワケ!?な、ナースコール!?」


むしろナースでございナース!?(さぶい!)。…あーでも使ってる治癒術師この世界で見たコトないからやめた方が吉だな、うん。

訓練や任務でですらそんなんなったコトなくね?ってくらいボロボロなアッシュがついに私の病室へお見舞いに来た。
…のは良いんですがねそれじゃ君新患だよ。私とアッシュどっちがケガ人でしょーか!って訊いたら10人が10人アッシュを指差すぞ。何これ私ベッド貸した方が良いの?私今結構手持ち無沙汰だからその内君の長髪弄くり始めて三つ編み四つ編み大量にこさえちゃうと思うけどそれでもいい?

…なーんて、こんなふざけてられんのはボロボロとは言っても掠り傷等は一応あるにはあるけど血塗れとかそんな危険な状態ではなく悄然としてるだけだからで。ただ少々行きすぎてぐったりしてるけど。
…だがしかしいやはや…さながら真っ赤なボロ雑巾に見えるんだけどまさしく鮮血を拭いたとしか思えないくらいにいやマジで。ひどい例えでごめんアッシュでもそうとしか…そしてまずはそのおぐし梳かせてもらってもいいですか…。

開きっぱなしだったドアは何とかそれだけはという風にのそりと一応閉めてくれたものの、ベッド脇の椅子に座っても尚腐っている。
まーいつもはあげてる前髪が下りかけてるせいである意味危険な状態ではあると思うけどねーバチカルのとある貴族に激似とか見た目的な意味で。
(アチラさんの顔を知ってる人間が果たして教団にどれだけいるかは謎だけど)。


「で、来てくれたのはすっごく嬉しいんだけど…ホントにアッシュの方がキツそうだよ『キュア』。よし、これで大丈夫かな。…それで、一体何があったの?」

「…悪い。実は……って、馬鹿かお前は!怪我人のくせに何あっさり治癒術なんざ使ってんだ!」

「せ、正論だけに言い返せない!――じゃなくて。ええと、これには深い訳が…」


心配だからってつい回復させちゃったは良いけど復活したおかげで死んだ目から一気にぎゅんと大の男もビビる眼力で睨まれただけでなくサンダーブレードかよって勢いでアッシュの雷が落ちた。怖ッ!
あー…でもそれもそうだよね私まだアッシュの中では長らく任務(嘘)から戻ってこなかったどころか帰ってきたらきたでハイ大怪我しましたーだもんね。私も逆の立場ならそうするわ。チキン(小心者)にしてツンもヤンもクーだって付かないただのデレデレ(甘い)でもあるナマエさんは弊害としてかあんま人を怒るのは得意じゃないけども。

実はイオンの事は完治するまで二人の秘密って事で話は落ち着いてたりする。だから当然アッシュに言う訳にもいかないし私の馬鹿力ならぬ治癒力(ぢから)をいつもの事ではあるけどイオンにすら誤魔化したんだから正直に説明とか論外だよなーって訳で、怪我はもう治って命になんら別状はないものの過労が抜けなくて中々担当の先生から退院のゴーサインが出ないという設定で話してみた。
生き血で身体の疲れだって目覚めた頃には既に飛んでっちゃってたけど幸い私は教会を飛び出す前激務で死んでたからこれはあながち荒唐無稽でもない。…あれこれ幸いですか?

ところで、アッシュが返事はするがただの屍っぽいものになってた原因は私の病室への道中にあったそうで。
何故か度重なる妨害(トラップと言い換えても良いって)に遭ったらしい。そのせいで私の病室というゴールに着く前にいつも気付けば深夜、その日は断念、ってのを繰り返しここに来るのにひと月もかかったそうだ。そうして本日、ついに突破して辿り着けたんだとか。
秘預言を知るコトの出来るレベルな階級の人間ならやろうと思えば出来るから……譜陣も考えもんだよねコレ(行き先がグチャグチャに操作されてたらしい)。
…何かごめんアッシュいや私そのバグなんも関与してないけど。

つかなんでいつの間にそんな悪質なダンジョンになってんだよ神託の盾本部+教会。
おかげでお見舞いの品を最初は用意したものの抱えたまま障害を乗り越えるのは無謀だとアッシュは判断したとかで持ってこられなかったらしい。勿論嬉しかったから気持ちだけ受け取っておくねって返したんだけど手荷物を放棄せざるを得なくなる程のトラップって一体…。

一応は元気になったハズなのにアッシュは何故かまたうなだれた。机を目の前に置いたらそのままめり込むと思う。1万ガルドかけてもよいぞ。


「一体導師は俺に何の怨みが…」

「!?」


出歩いちゃマズいのに何やっちゃってるのイオン。


「いや、あくまで兵士達の噂で目撃者はいないからそうと決まった訳じゃねぇが…」

「……で、ですよね」


流石にイオンの姿は目撃されちゃないらしい。良かった。や、良くないな。アッシュ犠牲になってんじゃん。
イオン曰く、この病室にいない時は教会の天上、上層部限定上の階、かつて幼少期を過ごした探すとなるとお宝探し並に最難関な隠れ家に身を隠してるらしいから、私と同じく手持ち無沙汰で何か新しい趣味でも開拓してしまったのだろうか。何そのアッシュ限定の嫌がらせという名のサブイベント。何度もチャレンジ可能なハズのミニゲームがどんなに頑張ったところでアッシュが泣く称号しか手に入らないとはどういう事だ。
聞くところによるとアッシュばかりが床や天井等そこここに蔓延る罠にハマったらしいし。どんなトラップ。いや譜術?
イオンてばあまりにもヒマすぎて新たなるまさかの『イオン式譜術ー!』とか何とか編み出しちゃったりしてるの?


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