深淵 | ナノ


あいつ的には中途半端に終わったのだろう救出、自分的には中途半端に見えたトドメ。
その内後者に付随するのが、無い諦めの要素。

諦めとは一種の負けではないだろうか。
そう考えると自然と、面倒と蹴るのも癪である。



46.被救出者。不穏の鬨



『(この女も違う)』

最近では最早作業の如く。しかし半ば意地の如く。

生まれて、否生み出されてから幾らか経つ。しかし初めて見た“異性”があまりに強烈すぎて、それからというものその性に出会う度一度は確認しなければ気が済まないような人生(と言ってもまだ数ヶ月だが)を送ってきた。…いやレプリカ生か。
自嘲が漏れる。

今の自分を突き動かしているモノ。
それは自分を生み出した諸悪の根元、預言延いては第七音素への憎悪と――

とある女の正体を暴く事への異常なまでの、意地。

自分でも馬鹿だと思う。第七音素にまつわるモノ以外なんてほっとけばいいものを、しかしいくら日々厳しい訓練を積もうとも感情の動きまでは制御出来ない。出来なかった。何だかんだ言ってもまだ実年齢が1歳にすら満たないからだろうか。
勝手に答えにくらいつこうとする好奇心に、抗えない。

作られてより刷り込みとやらで然程経たない内に最低限は理解可能な自我に目覚めた自分が初めて見、知覚し、認知した、女。
二番目は確かリグレットだったか。

男は言わずもがなヴァン。いや研究者だったか?はたまたモースか。
ボクを取り上げた音機関により緑めく神託の盾本部に隠される研究室にはそれなりにうじゃうじゃいたから、生まれたてだった事もあって印象に残らなかったのを覚えている。

隣にいた出来損ないも殆ど同じようだった。
(もう一人いた上出来な『イオン』はヴァン…ではなく、何故か被験者にさっさと連れていかれたから知らない)。

だがそれもその筈。ボク達三人を見る目がみな一様に温度がなかったから。まあ欲しい訳でもないけど。だが果たしてそれでは、印象に残るべくもない。
あれはモルモットを見る目だ。ボク達は人間ですらなかった。…ま、確かに生粋の人間じゃないんだろうけどさ。




だから、とでも言うのか。
あの文字通りのような地獄の中、初めて見た性という事もあってか殊更に、奇妙な程にボクの中に残った。

誰にも言った事はない筈なのにヴァンにはそうそうにバレて舌打ちしたのも、早いもので既に数ヶ月前。自我に目覚めていたとはいえボクも流石にはじめの頃はぼんやりする事も多かったから、その時に見抜かれたのだろう。

灼熱の中ボク達を拾いに…いや、いっそ地に叩き落とされた自分達より死にそうな顔をしていたくせに、目だけは(何か左右違う色だった)(…病気?)必死だった事から助けに来たのだろう、一人の人間。――否、人間と呼んでいいのかすら、わからない。

だって嘘みたいなヤツだった。灼熱の地獄…火山、小脇に抱えられたボク達二人の耳に届いた、ありえない音。
羽ばたく黒と白……、

そいつの背中には、本来人間に有ってはならないそれが、くっついていたのだから。

ボクらを助けに来たらしいそれもわざわざザレッホ火山に単身乗り込んできた?――としか思えなかった、不審な女。

神託の盾にいて段々わかってきた事がある。

それはあの女の見目がかなりいい部類に入るであろう事。それこそ頭っから足の先まで、絶世の美女とはあのようなサマを言うのだろう。それ自体には興味はないけれど。見た目なんかどうでもいい。
しかしながら、殆ど神格化されているかのユリアもこういった容姿だったからこそ名声に拍車をかけたのだろうかと預言を、第七音素を憎むボクらしくもなく思考した。

好奇心とは言ったものの自分の今のところの語彙に当てはめてみただけなので、合っているかどうかは知らない。情けない話だが、いくら多少の刷り込みがあるといっても未だ理解出来ない言葉や感情は山程ある。
因みにそんなボクを見たディストが「そういうのを粘着と言うんですよ!」と声高に叫びながらどこからともなくわいて出たのでご自慢の椅子からはたき落としておいた。(だってアンタが言っちゃう訳?ソレ)。

勝手に作っておきながら勝手に捨てられたあの日。あの日一日限りで自分の生き方は大分決まったように思う。
おかげさまで目に映るモノ全てが疎ましいもしくは興味など持てそうにもない訳だが、しかしこれだけは無関心でいられる筈もないだろう。いる訳にもいかない。

何故なら、その女がいなければ、自分は今ここにいなかったのだから。

…ああ、あとついでにもう一人のレプリカも。
――あとからヴァンも来たとはいえ、あの女がいなければ恐らくボク達は間に合わなかったのでは?

恨んでいるのかはわからない。ただ、取捨を繰り返したヴァンにボクは特に反発するでもなく加担している訳だ。(ムカつくけど、今の自分ではヤツの足下にも及ばないというのもある)。
しかしヴァンと違いあの女はボク達を拾ってきただけ。生粋の、ただ単に助けにきただけの人間?にも見えた。

しかもそのこの世のモノとは思われぬ(といっても自分は齢数ヶ月なためまだまだ世界を知らない内に入るのだろうが)一種の作品のような顔に似合わず、間抜け顔ばかり晒していたし。…企みのある人間のする顔ではないだろう。
ヴァンや研究者を見ていたからわかる。

しかも一応あの場から引っ張りあげ、且つ痛みも取り除いてきている。
流石のボクもただ焼け死ぬか、もしくは餓死を待つなんてごめんだったしね。同じ死ぬにしたって楽な方がいいに決まってる。
どうせ死ぬのなら一気に死にたいよ。

しかし、ならば素直に感謝が出来るのかといえば、それもよくわからない。知識を詰め込む毎日、訓練も兼ねてはいるが人間や魔物を無感動に屠る日々。何よりも第七音素を消すためとはいえ、やはり今のところ生まれてきて何か意味があったとは思えない。
とはいえ、世界に復するための命を繋いてくれた事には感謝してやってもいい気もするけどね。流石にボクも死んでしまっては何も出来ない。
まあこんな事を言えばあの美しい顔は歪むのだろうが。短すぎる付き合いだったが何となくわかる。
だって、あんな場所にわざわざ乗り込んでくる程に死に敏感なのだから。

…結局、女に何故ボク達を助けたのかを訊けない事には何も始まらないのだ。
……だけどそれも、ヴァンが女にした事により、……。

だが、信じられない事にその女は譜陣も無しにその場から逃走しているのだ。
致命傷だったと思う。しかしその手妻の如き逃亡のせいで決定打がない。

だからこそ、初見の女が視界に入ると一度はそいつの上に視線を通らせないと、気が済まない。

しかし容姿に特徴は多くとも肝心の居所に関するヒントは無く、生死も不明。
謎の美女探しは実質暗礁に乗り上げているも同然だった。
いや、迷宮入りか。




そんな中現れた、ナマエとかいう導師守護役の長。
(まあもう『元』だけどね)(ご愁傷様)。

一般にあって、それもローレライ教団に属しながら預言を蹴った、蹴ってしまった奴。
余談だが、そもそもヴァンを含む上層部曰く、あの被験者イオンが預言嫌いになったのは少なからずこいつが親代わりだったからなのだとか。

つまりこいつを見逃したのは、完璧な答えでなくとも気まぐれを引き起こす程度にはマシだったからに他ならない。得策でもなかったし。あまり糾弾を続けても不審に思われる。
まあでも、ボク達はともかくそれって一歩間違えれば変人なんだけどね。いや元々変人か…病室での様子からして。

少なくともそこらの預言豚よりは、と思いつつも顔には出さなかった。こいつはボクの顔に弱いらしい事は短い付き合いとはいえ今言った通り、入院時の反応等でわかっている。まあ仮面に素顔の隠れたボクの何が琴線に触れるというのか甚だ謎だけど。ボクの言動に左右された際たまにいやしょっちゅう?壁に頭を打ち付けたりしていた。ヴァンに人種を問うと「流石ナマエ謡手だ」とワケのわからない答えが返ってきた。まあ、曰く気難しかったらしい、ヤツ…被験者イオンを多々笑わせる事の出来た唯一ならぬ唯二の片方なだけはある、という意味らしい。
もう一人は言わずもがなアリエッタである。


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