深淵 | ナノ


お口に注意せよ。



45.事実と、



言い間違いで済ませるには私は明確に言い過ぎた。何気なくも言い過ぎた。
真実だからこそそういう言い方になるものだ。特に私みたいなすぐに顔に出る、嘘の付けないタイプは。

この世的一般人ならもっと盛大にドン引かれ、ともすれば気持ち悪がられた事だろう。下手したら変人扱いもやむなしか。
だからポロリした相手が彼でまだ良かったのかもしれないが、だからといって言っちゃならん系の事を口走ったのは事実。しかも彼はラスボス直通。彼に漏らした話は筒抜けだと思った方がいい。なのに私は。


「ねえ、ここにいながら――いやそんなの関係ないね。預言を一度しか詠んだ事がないって、どういう事」


彼の言い分は尤もだろう。確かにローレライ教団在籍以前にいくら何でも一回は少なすぎる。視線、というか仮面は此方を見据えて離してくれないまま。多分怪しむように見てるのだろう、仮面越しといえども微弱な殺気が教えてくれる。
返答次第ではピタリと止まったからしてその手が次の瞬間にも動きそうで怖い。勿論掃除の続行ではなく。
場所を変えてもらおうと近づきすぎていたのが仇になった。手を伸ばせばお互いすぐ届く距離。これではシンクが何かしようとしてもそれこそ飛び降りでもしない限り逃げられない。あの移動術は無論論外。いや仮に「答えを聞くまでは」とかで腕掴まれたりしても外せるとは思うが彼相手にこんな所で怪力披露とかイヤすぎる。

だから、うやむやにしてしまう方法をまず考えた。
全力で。
(まるで命を優先させる時みたいだ)(ここはどこの死地ですかと問いたい)。

外でズコッという屋根から雪の落ちる音が聞こえた。ああそういえばアリエッタも今日の天気を言っていた。そこで思い付く。自分から生み出したモノでなくとも定義が雪であってくれるなら私みたいなヤツにとっては実は自在。騒ぎに煙に巻いて頂こうかと、一瞬壁を突き破る程に呼び込んでしまおうかとも考えたが、まかり間違って犯人が私だとバレた際謹慎では済まないだろう。十中八九それ以上の罰が来るであろう恐怖に直ぐ様却下した。
丁度目の前のシンクと恐怖の鬼ごっこ発展前、もし爆破なんかしたらどうなるかとか確かそんな事を考えていたような気がする。
何より気が違った人扱いはごめんだった。

死地に臨み続けてきたからか一応一瞬でそこまで考えられたし、この世界での生活もけして短いモノでもなければ就いてた職も職だ。前者は大分皮肉だけど、何とかよりマシな手を思いつく事が出来たと思う。あいや、やっぱどうだろう。でも私は賭けに出た。


「あっ言い忘れてたけど覚えてる限りでは、って話だから!小さい時は母に連れられて詠んだかもだし。紛らわしい言い方してごめんねー」


シンクには合わない表現な気がするがしかし、猛然と何かを言おうとした。まあ当たり前だろう。全く一回という風だったところにこれだもん後付けしたのがバレバレだ。シンクでなくとも突っ込みどころ満載だろう。
「まあまあ、最後まで聞いてよ、ね?」と何とか宥めて続きを繕う。


「でもさ、実のところ全くいない訳でもなくて、例えば仕事に勤しみすぎて頓着しない人もいるらしいじゃん。エンゲーブとか。あそこ長閑だし」

「でもアンタはそこの出じゃない。違う?」

「個人情報流出!?…いや、じゃなくて。何でそんな断定的なの。…もしかしてマジで私の故郷知ってたりする?」

「さあ?」

「…」


くっそう地味にフェアじゃないぞ少年。
犯人は総長かどこかで兵士の証書をチラ見したか。正確な情報といえば履歴書なそれを調べるより他ないからね。今まであんまベラベラすんのも出自的にどうかと思ってきたから身近な人以外の中では私ダアト出身て事になってる(と思う)し。
しかし後者は「いや何で?」って感じだから前者がほぼ答えだろうけど。

まあここまで来ちゃったからにはあと一つや二つ嘯こうがさして変わらんだろうから一気に言っちゃうし行っちゃうけれども。


「…あーゴホン。で、私も何だかんだで走り回ってたからいつもいつも『まあいっか』で済まして、気づけばここまで来ちゃった訳よ」


ウソホントが大乱舞。覚えてる限りはー、ってむしろ胎児から意識あったクセによく言うよ。今なら泥棒街道まっしぐら出来そう。嘘吐きは何たらと言うからね。
母にしてもそうだ。お母さんは予測の子供数の狂いから警戒してか、私を教会や街の礼拝堂に連れていった事はないのだから。ごめんお母さん。

エンゲーブうんたらはイオンの公務についてった際、現場で私の一応一般より聡い聴覚が勝手に拾ってきた何気に雑談による事実だ。あそこは農作業で他事にかかずらってられない人も多いから、中にはそんな人もいるのだろう。
最後は虚実半々といったところか。激務は悲しいくらい本当、しかし「詠まなくてもいい」じゃなくて「詠む気がない」だから。


「てか、そういうシンクはどうなの?もしかして、毎朝預言詠んでもらう派だったりする感じ?」


下手すりゃキレられる。キレられて拳が飛んできてマジでこっから落とされる。いや攻撃のはさておき落下による負傷は私にはありえないワケなんだけども。

しかしながら私はシンクの中で今日この日まで普通に、つまりは12年間という年月(としつき)を生きてきたと、思い込んでいる事になっている。そもそも疑う事すら考えてやしないだろうと、そう思われている筈だ。
だからシンクもそれなりに詠んだり詠まれたりしてなきゃ、異常という事になる。

今は原作前なのだけは確か。それはつまり知識上の彼よりは確実に幼い筈なのだけれども流石、彼は冷静だったのだろう。弱いとはいえポロリした瞬間から殺気はぶつけられっぱなしだったけど。
多少も大分危ないと思うけどそれこそ怒り狂いでもしたらそれこそ不自然だから。先にフってしまった私が言うのも何だって感じだけれども、身丈云々の際音素がはみ出てたのは置いておく。


「別に。……滅多、に詠まないし、詠んでもらってもいない」


滅多の部分とかめちゃめちゃ無理矢理そうに言ってるけど勿論そこは突っ込まない。こっえー、全身からキレてますだけど必死に抑えてますオーラが伝わってくるよ。わなわななんて生易しい、肌が痛い。ホントに(12…いや1年すら経ってなかったよまさかの数ヶ月歳だよ)0歳児かよ。まだそこまで期間的にくぐってないとゆか、修羅場慣れしてないハズなのに何この本場の殺気。ああだから最終的にいや近い内にか?六神将になれちゃうんだねそうなんだね?

滅多だけど、ホントならそれすら付けるのも耐えがたい副詞なんだろうなーだってまず詠む訳がないだろうから。いや推量も要らないか。


「なあんだ、脅かさないでよもー。ならお揃いって事じゃん私達。仲間仲間」

「アンタと仲間になった覚えはないよ」

「同じ神託の盾だよね私達!?」


馴れ合いを嫌う彼に多分に効果的であろう結論というか感想を、なんか使い方間違ってる気がするけどこれまた全力でへらへらしつつ(誤魔化すためにも)口にしてみる。予想通りフラれたけど。

ため息をついた後仮面が外れる。やった。あいや勿論物理的にではなく。私から、視線的なという意味で。
どれだけ聞き入れてくれたのかいやそもそも全体的に聞いていたのかすら仮面もあるしで不明すぎたけど、何とか見逃してもらえたようだ。まあ納得は全くしてないんだろうけど本人からして棚上げになるワケだし、彼としてもこれ以上突っかかるのは得策ではないと考えたんだろう。うんうんいい判断だ。…次の参謀総長は君かな!?(今は当然違う人なんだよねー)。

そのまま踵を返したシンクは、お勧めした音素灯と違う全く明後日の方へとスタスタ歩いていった。っておいいい。

シンクが遠退いたところで呟いた。


「…もうこの際総長でも何でもいいよ…」


中途半端で全然構わないからマジ誰でもいいから引き取りに来てくれ。軽くそれらしい波動が来てないか辺りに神経を巡らせたところで、これは音素を飛ばすでも何でもなく神経を尖らすだけの技でしかないハズなのに、気づけば前を向いていた筈の仮面が此方をじっと見ていてぶっ飛んだ。




どうも私達はソリが合わないというか、…いや、シンクが短気すぎて私が欲望に負けすぎなだけだな、うん。(後半とか我慢しろって感じだがそれはうんまあ何だ)。

例によって私の発(失)言にいつの間にか雑巾の投げ合いにまで発展していた私達。…や、どちらかと言えばはぐらかされた事への憂さ晴らしという名の元、都合良くすり替え反撃に使われた感じか?この様子だと。(この顔での)最初の頃の敬語指摘といい、何気に根に持つっぽいからな彼…。
(でなきゃ原作であそこまで色々を憎悪しないだろう)。

ドッジ雑巾が白熱する中、幼稚園に現れる父母を心待ちにするが如く総長を期待していた私。しかし気づけば背後に「なになに総長は手ぇ離せないの?」(言えたら勇者)なリグレット奏手が立っていた。こめかみに青筋を浮かした状態で。「お前達、よっぽど仕事を増やされたいらしいな」――私達は大目玉を喰らった。いかんせんハンカチで顔を拭きながらのご登場だったため何が起きたのかは想像に難くなかった。これで雑巾の被害者は計3名となった。
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