深淵 | ナノ


小さな親切、大きな違和感。



27.彼女の味、それは延いては



『こっちは頂いたぬいぐるみへのお礼、こっちはアリエッタの分ね。あとこれ、はい、お弁当』


そう言ってナマエママが手渡してくれた大きめのバスケットとアリエッタ用のお弁当箱とピクニックの時とかにも使える小さめのバスケット。ナマエママはアリエッタ以上にお仕事で忙しいからいつもは無理だけど、時間がある時はアリエッタにお弁当を作ってくれる。
でも今日は片方の、バスケットの中身が違う。お弁当じゃなくておやつが入ってる。アリエッタはパメラにぬいぐるみをもらったからそのお礼にって、アリエッタだけじゃどうすればいいかわからなかったけどこうやってたくさん、ナマエママはイチゴ味のお菓子を作ってくれたから。…アニスの好きな果物。アリエッタ、ナマエママに嘘なんてつけないしつきたくなくて、ちゃんと本当の事、訊かれた時アニスの好きな食べ物を答えたから。こんなにたくさんナマエママの手作りのお菓子がアニスの口に入ると思うと……イヤだけどでも、ナマエママが考えて作ってくれたお礼だからここでそんな事しないで!ってアリエッタが止めちゃう訳にはいかなかった。このお礼はアリエッタのためでもあるって、アリエッタわかってたから。アリエッタが台無しにしちゃうなんてもっての外だったの。
でも「パメラさんがアリエッタを喜ばせてくれたなら、私もパメラさんだけでなくその娘さんにも喜んでほしいからねっ!」って、ナマエママものすっごく意気込んでくれてて、アニスへの嫌な気持ちとは別で、嬉しかったのも本当。だけどナマエママ、何だか声裏返ってる…です…。
いつも思うけど、ナマエママってほんとに面白い。こういう人を愉快な人って言うんだって。…イオン様は変人って言ってたけど……でもイオン様、それってあの六神将のディストと同じって事?だって神託の盾の中でも特に頭オカシイ人だって噂、アリエッタも聞いた事あるから……だから、あの、ちょっとそれはナマエママが可哀想、です…イオン様…。

あ、愉快って言い方は目の前にいる人に今、聞いたばかりなの。ナマエママってこんな人なのってお話したら、そう返ってきた。


「クッキービスケットラング・ド・シャ、スコーンにマカロンにストロベリーパイ…アリエッタの二人目の母だというあのナマエ謡手は料理…いや菓子作りか。戦闘だけではなくそういった方面も得手なのだな」

「ううんラルゴ、ナマエママ、料理も得意…お弁当も、もう食べ終わっちゃったからここには無いけど、これもナマエママが作ってくれた」

「そうか」


空のお弁当箱を見せてちょっと胸を張るような気持ちで言うと――目の前の身体はおっきくてもアリエッタとか…あとアニスとかにも、小さいしかも女の子だからってバカになんかしないで(神託の盾にはたまにそういう人もいるの)優しいから全然怖くなんかないその人――六神将のラルゴは、笑ってくれた。

「まあまあまあ!この香りはイチゴかしら!アニスも喜びますわ。ありがとうございます、アリエッタ様。ナマエ様にもよろしくお伝え下さいませ」と笑顔でバスケットを受け取ってくれたパメラを見届けた後。午前中の訓練が終わってお友達のライガの仔二人と中庭でお昼を食べてたら、たまたまラルゴが通りかかって「まるで売り物みたいだな」ってナマエママのお菓子を誉めてくれて嬉しくなったから、勇気を出して一緒に食べようってアリエッタ、誘ってみたの。

俺が食べては不味いのでは?ってラルゴは最初言ったけど、ナマエママもみんなに食べてもらえたら喜ぶと思うって言ったら、隣に腰かけてくれた。

アリエッタはおやつ用にって今日は特別って事でご飯は少なめにナマエママがしてくれたからまだ食べられるけど、お友達はご飯だけでおなかいっぱいになっちゃったみたいだから今はお昼寝中。だから今はアリエッタとラルゴ二人でお話してる。


「まだお部屋にたくさんあるってナマエママ言ってたから、ラルゴ、好きなのどうぞ」

「ありがとうなアリエッタ、じゃあ俺は…」


そう言ってお菓子を一つつまんで食べた瞬間、ラルゴは目を見開いた。

……えっ?


「ラルゴ?」

「!……あ、ああ、いや。何でもないよ」


一瞬どうしたのかなって思ったけど、きっとそれはナマエママのお菓子がただ美味しかったからなんだろうなってすぐにわかったから、アリエッタ、誉められた時みたいに嬉しくなった。

そのあとのラルゴは特に変わったとこもなくて、やっぱり美味しいって思ってくれたみたいでたくさん誉めてくれてた。アリエッタもそれがすごく嬉しくて、楽しくなって、だからこのちょっとしたお茶会はあっという間に終わっちゃった。

今度はお弁当のおかずもあげてみようかな。ラルゴはきっとまた美味しいって言ってくれる。ナマエママのお料理に不味いものなんてないんだから。

――だけど、この事を最初から最後までナマエママに話したら、お弁当のおかずをあげるのは駄目とは言われなかったものの、アリエッタはラルゴの時よりもポカンてなったの。
当たり前だけど、ラルゴよりはナマエママの方がアリエッタにはおかしければ、わかる。だってアリエッタはナマエママをそう呼ぶ一番の理由、お母さんとして好きで一緒に生きてきたから。
確かにね?時間としては、例えばちっちゃい頃から一緒だっていうイオン様と比べるとまだまだちっぽけな月日ではあるんだけど…。

それでも、わかっても、わからなかった。
…笑ったり半泣きだったり死んだような顔だったり忙しい、イオン様曰く一言で言えば能天気で悩みとか無さそうっていういつものナマエママのする顔じゃないって事はわかっても、何がナマエママをそうさせたのかまでは、わからなかった。




――ナマエママまで目を見開いたのは、どうしてだろう。


◆◆◆


また出会えるなどと誰が考えようか。

何故俺が静止したのかなど、簡単な事だった。俺が間違える筈がない。間違えてたまるか。
……とはいえ、まだ一つだけしか喰っていないのだからと偶然の可能性も一応頭に入れ、他の物もアリエッタが勧めてくれる中頂いてはみたが、やはりどれも、口に運べば運ぶ程感じ取れた。
今となってはありえない、二度と会える筈のない、それを。




――何故、ナマエ謡手の手作りだという菓子達から――亡き妻シルヴィアの味が、するのだろう。
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