しかしこの子からの返答は、何だかおかしなモノだった。 その子供は私をしっかり覚えてたらしく「はい・いいえ」、ではなくこう言ってきたのだ。 「あの時は世話になった」と。 ついでに私には剣術より譜術を教授してほしいとまで頼まれてしまった。戦場での邂逅(魔術乱舞)がそう判断させたのだろうか。 まあ、私はクラスとしては剣士<格闘家<魔術師(譜術士)+治癒術師+音律士(ややこしい)だからその方が助かるというもの。 剣にも慣れてはきたもののやっぱり長年の人生経験故に拳の方が先に飛ぶ。体術も含むダアト式譜術をイオンのためマスターせざるを得なかった身としては、更にその傾向を助長させる結果にもなっていた。 感謝されるのはやっぱり嬉しいもんだし、年端もいかぬ子供のお願いを無下にするのもいかがなものか、というより先に声をかけたのはそもそも私の方。 よって、毎日は無理だけどタイミングが合った時は一緒に頑張ろうじゃないかと二つ返事で了承したのだった。 それからお互い自己紹介をして、私はそのコの名と容姿が忘れかけの記憶の一部に引っ掛かり、頭は真っ白、悶絶するハメに(言葉の綾ってヤツで流石に気絶はしなかったが)陥ったのだが。 彼はといえば王族の証たる翡翠の双眸(キムラスカの歴史も教団でそこそこかじった)で、年齢故かきょとんと不思議そうに見てきたが。そりゃあそうなるわな。 だけど、何か常に怒鳴ってた印象しか覚えてなかったしイオンとはまた違ったタイプ・一言で言うなればカッコイイ、とっても整ったおカオをお持ちなのもあり、不覚にも可愛く思え庇護欲を掻き立てられてしまったのだった。 …何か最近の私、イオンの面倒を見てきたせいか自分の中の平穏に過ごすための警戒心が薄れてきてる。…ような気がする。 まさかの覆轍と薄氷を同時に踏むという失態。しかし後悔先に立たず。 当時の私12歳、アッシュ10歳。 イオンが導師に就任する数ヶ月前の出来事だった。 この時から、私達はちょくちょく鍛練(結局譜術剣術両方やってたりする)を共にしていたのだった。 「――ってワケで、譜術を見る感じでいつの間にかかなりの付き合いに」 「…名前しか聞いてなかったんだけど」 「だってイオンいつもちょー忙しそうだったし、何も彼に限った事じゃなかったりして」 「…まあナマエが色んな兵士に頼られてるのは知ってたけどね」 「何でこうなったのやら」 「永遠の謎…と言いたいけどナマエが要領よく捌くからじゃない? …まあそれはさておき、僕もそろそろ言おうと思ってた事があるんだ」 「アリエッタ?ちゃんの事?」 「それもあるけど、」 《――失礼します導師イオン。今宜しいでしょうか》 「あ、丁度良かった。入ってきて、 ――『ヴァン』」 ノック音の後「ご歓談中失礼します」(私達の声が外まで聞こえてたんだろう)と廊下からイオンの私室に新たに登場した人物に、私は自身の喉がヒュッと音を立てるのを止められなかった。しかも、口から情けなくも僅かにヒッと呻き声のオプション付き。肩も震えた。後退りはイオンやアッシュにあからさまに不審がられるだろうから、何とか抑えたが。 しかし私の一番近くにいたアッシュにだけは聞こえたのだろう、どうしたのかと目で訊かれたけれど。 しかしそれどころではなくて(ごめんアッシュ!)、 「アッシュ、ここにいたのか」 「……ヴァン」 「ヴァン、紹介するよ。彼女が前から話してた僕の師であり、導師守護役でもあるナマエだ」 「おお、これはこれは。導師イオンから貴女のお話はよく伺っておりますよ。私は主席総長を務めておりますヴァン・グランツ謡将です。以後お見知り置きを」 「(イオッ…!よりによってラスボスにィィ!?)おっ…お初にお目にかかりますご紹介に与りました、導師守護役所属ナマエ謡手であります。こちらこそ宜しくお願いいたしマス…」 ヒギャアアイオンンン!!アナタ自身はいつか立場上ラスボスと接触するんだろうとは思ってたけど、私の!何を!!ポロリしちゃったってのさ!? とにもかくにも、今では日本式挨拶・お辞儀より先に出(せ)るようになった教団式の構えを咄嗟に取り、動揺を悟られないように必死で笑顔を繕う。…口の端がピクピクしそうだったけど。いや、多分してた。 構えは腕を眼前で組むのだからその際、教団服の袖で口許は隠れるようにしたので特に変な目で見られたりはしなかったが。 イオンに用があるのだろうしきっと大事な話かもしれんと、私とアッシュは退室するべき(私に至っては脱出したい)かとイオンに一声かけ行動しようとした。 アリエッタちゃんはまだ言葉がわからないらしいし、大丈夫だろう。そもそもイオンから離れなそうだし。 …と予想したんだけど。 「待って、ナマエと……アッシュ。出ていかなくていいよ。一緒に聞いていて。 ヴァン、アリエッタの事なんだけど、僕とナマエで育てたいんだ。それでゆくゆくは導師守護役になってもらおうかと思って。連れてきたのはヴァンだけど…いいよね」 「…丁度その事をお訊ねしようと参った次第です。 私は宜しいかと存じます。聞けばナマエ殿は優秀だと神託の盾兵達の間でももっぱらの噂ですし、加えて現役の導師守護役でもある。これ以上の適任はいないでしょう」 「よくわかってるね。よし、じゃあ決まり…って事だから。任せたよ、ナマエ」 既に噂が耳に入ってるだと。しかもラスボスに印象残すだ…と…。 風の噂か直で彼にチクったヤツがいるのか…ダメだ、何にしても人の口に戸は立てられないとこの苦節10年(教団生活歴)、よくわかってるじゃないかァ私ー(何てったって一時とは言え呼び名フェアリーとかあったんだぞ?)。 …案外、イオンが発端だったり?うっわありえそうあれ、胃が痛いな。 で、此度は、未来の六神将の教育、“その2=アリエッタちゃん(その1=アッシュ然り)”とか。 ラスボスに訊いときながら疑問系じゃないイオン流石です。 続々と…誰か回避方法を教えてたもれでないと私の胃が持たないよ?風穴開いちゃうよ?ドカンと!一部自分のせいだがな! 「導師ノ御心ノママニ…」 「じゃあ早速手続きしないとね。とりあえずナマエ、アリエッタに教団服用意してあげて。いつまでもワンピース一枚で教団内をうろうろさせるのも目立って可哀想だしね。あと絵本とか簡単な勉強道具その他諸々も」 「イエッサー…」 「(普段から時折死んだ目付きになるのが謎だったが…こうしてナマエは干からびていくのか)」 ケヘヘ私に拒否権はナイんだよね、ねー…ってあれ何か昔にもこんな…デジャヴ? 私の様子を見て、アッシュが何やら納得していた現実は、私としてはあんまり知りたくないトコロである。 ところで、話は終わったからとラスボスが去った後にイオンから聞いたんだけど彼の話によると、ヴァンって実は面白い考え持ってるんだけど最近よく僕に接触してくるんだよね、だけど何か油断ならないカンジがするからナマエも気を付けて、というありがたーい忠告だった。 …面白い考えって、預言云々レプリカ云々だよね? アッシュからのラスボス評価も、実力は申し分ないがやらかす時はやらかすから尊敬はすれども信頼は置けないそうで何でも以前身に沁みたとの事、ナマエも疑ってかかれと、こちらもまたもやありがたーい忠告だった。 …やらかすって、誘拐云々やっぱりレプリカ云々だよね? てか二人とも用心深すぎないかまだ10歳と13歳だろ教団にいるとこうも子供らしくなくなるのか。 …アリエッタちゃんに期待しよう。 私の目下の目標は、この教え子達(アリエッタちゃんはこれからになるけども)をラスボスに洗脳されないようにする事だろうか。 …あ、お腹も痛いや。 |