深淵 | ナノ


まあ今の彼とサシなんて逆に今度は違う人物に嫉妬されそうな訳だけど。行き過ぎたらもれなく紙。私ペチャンコの未来は確定だ。

しかしだからといってこのままは何か鼻の奥にツーンと来るモノがある。関わりたくないのが本音とはいえ喋るたんび一々そう腫物に触るようにされちゃ人としてなんか寂しいぞ。
てかね君、別に私違うから。だから今ここではっきり言っておいちゃうよ。

第一さっきも言ったようにね、何気に私達久々の、つまりは折角の再会なんだからさ、もっと気楽に行こうよ。誰かに見られてる訳でもまして誰かが死ぬ訳でもなし。あ、でもバレたら私の身がヤバいのか。
さりげなくチェックしたドアの向こうに人の気配はなく、彼に気づかれぬようこっそり胸を撫で下ろした。

撫で下ろして、今ならこれを言っても大丈夫だろうと口を開いた。誰かが来たら困るどころじゃない。それこそ何故かいない最低でも一人はいる筈の、まだそれの一人であるアリエッタ以外は。
きっとレプリカ関連で総長だかモースだかと話す事でもあったのかもしれない。だから誰も連れてく訳にはいかなかった、と。

ついでに近くの椅子に座らせて頂く。人が来なそうなら逃げる必要もないし良いだろう。許可?勿論ちゃんとOK貰いましたよ。

考えてもみれば繰り返すが彼女も一応はその役職である、そう、導師守護役のいないこの状況はあまりに希少でまたとないチャンスだった。時間もきっと限られていた。

だから私は一気に言った。言い切った。
余談だけど、こう言っちゃ何だが彼の話し方からしてもう普通の人間と相違ないだろうから特に問題もないんだろうと踏んでのマシンガンだった。


「誰に何を言われたかは存じませんが、私達、一度会ってるじゃないですか。しかも……あなたの前で言うのは申し訳ないですけど、あの子……被験者であるイオンが一緒にいたんですからバレる云々は元よりない訳ですし。あ、勿論今日(こんにち)に至るまであなたの身にこれといって何も起こっていないように、」


…起こってないよね?ね!?


「今までがそうであったように今もこの先も私が誰かに勝手にあなたの真実を話すなんて。自分で言うのも何ですがこれでも10年以上母親代わりだったんです。――いくらあなたがレプリカだからといってわざわざ不利になるような事なんてする筈がない」


これは結構本当の事だ。


「むしろどちらかといえば私、あなた達レプリカの味方?みたいなモノというか、元々…あ、いや何でもないです。…が、とにかく偏見はないといいますか。大体嫌悪感があるなら、」


自分にとっての死地に飛び込んでまで取り戻しに行ったりしないし、


「ベッドに運んだり――咄嗟に抱き留めたり、しません」


だからさっきの反応、微妙にショックだったんだよねえ。完全な初対面ならまだしも一度は会ってるんだしましてその中身を知るからこそ。原作のイメージじゃ誰がいきなり会った瞬間Uターンなんてされると思うよ。
今言った内の後者、イオンが連れて(引きずって)きた時つまりは初回に粗相をしたとも…や、廃棄の事聞いてうっちゃっちゃったから微妙だな。…っていやいや、だからといって実際テキトーに横たわらせただけで乱暴にした訳でもなし。やはりそこまで異常なビビり方をされるとは思えない。
別人なのは原作知識は元より独自の透視というか盗視でわかりすぎてて見た目から来るショックはあんまなかったからそこは救いだったけれども。

だからついでに訊いとこうと思って「もし良ければ理由、教えて下さいませんか」と最後に付け加えてから締めくくった。願わくばのちのちに響くような某かに因るモノでない事を祈る。

元々色的にも体調的にも真っ白な彼だったが、私が話し終わると同時に、いや途中から口は開いたり閉じたりを繰り返していた。どうやら齟齬というか、誤解があったらしい。一気に言い切っちゃってごめん。そして良かった。


「違っ、違います、あなたを疑ってなんて――確かに周りからは不用意に導師守護役や、身近な者…特に被験者にはあなたやアリエッタには接触しないようとは言われていましたが、あなたに言うつもりがあったなら今頃僕はここにいないでしょう」

「あ、そうなんですか?なら良かっ…」


オリ……はい?


「イオ…いや、あの子が?アリエッタはともかく、」


まさかのアリエッタがイオン≒イオン様を最早知っている事は勝手にという名の私の独断で明かすべき事ではないだろう。
もし言うんならイオンやアリエッタ本人に菠薐草(報告連絡相談)後。きちんと作戦や対策を練ってから。それにそうじゃなきゃ私のおつむがおつむだから追っつかん。


「あなたを知っている……私にまで?近づくなと?」

「…ええ。それでついあんな……本当にすみませんでした」

「あ、いえ…」


何と、主にイオンの言い付けのせいだったらしい。
(…エ、何のため?)(バレてんのに…?)。

な、謎すぎる。いやだって、あんなにかのイオン様をビビらせるとか……どんだけ厳しく、それもこのイオン様のしかも生まれてそう経ってもいなかったであろう時分に言ったんだよソレ絶対脅し入ってただろイオンのバカヤロー!
心の中で遙か彼方に向かって叫んだ。


「あ…それとその、紛らわしいかもしれませんが呼び捨てと敬称付きとで使い分けて下さってるようですから普段通りで構いませんよ。――あなたにとっては長年呼んできた名の筈ですし」


おおそりゃありがたい。いかんせん10年は呼んできたし。そしてその事実に気づくとは流石。
初対面の時のイオンと私の何気無いやり取りを覚えていたんだろう。


「ありがとうございます。それなら私の事は普通に『ナマエ』って呼んじゃって下さい、仮にも私はイオン様の部下なんですから。言い方は悪いですけど、変に畏まってちゃ他に示しがつきませんし何より私がイオンと長い付き合いだって知ってる人には疑問に思われちゃいますから」

「…それもそうですね」

「ですよーあ、それでイオン様。さっきはイオンの事でびっくりしちゃったんで訊き忘れてたんですけども…」

「?何でしょう」


疑いは晴れてもイオンの事を聞いてもよくわかんない事が一つ。


「最終的には慌ててらっしゃいましたけど、最初…最初だけはその、何だか真逆の顔をされてたような気がするんですが…」


自惚れとするには私の動体視力は…。


「…流石、ですね。そんな些細な変化を拾われてしまうなんて……これがかつて神童と呼ばれた長たる所以、でしょうか」


あ、笑った。そういやちゃんと笑うとこは初めて見たわ。…かわいい。

じゃなくて。


「あ、はは…」


マジ出どころ以下略。


「それで、話を戻しますが――さっき仰っていた事です。僕も言いそびれていたんですが…、」

「と、言いますと?」

「お礼が、言えると思ったんです。漸く言えると。……初めてお会いした際、ナマエにとっては何気ない上他意のない事だったかもしれませんが、僕を抱き留めてくれた事に対して。あの時の僕はお礼の一つも言えない状態でしたから。本日もですが、ありがとうございました」


んな律儀な、てゆか支えたっきり後は床に(放)置いてっちゃったけれどもイオン様、と思ったけれども、イオン様は更に続けていって。


「それに…」


笑って、言った。


「初めてだったんです。あの時生まれたばかりで僕達を冷たく見下ろす人達しかいなかった中、人として扱ってくれた方は。――ナマエが、初めてだったんです」


今日も、最初あんな態度を取った僕が言うのも何ですが正体を知っていても、まして僕はナマエの大事な家族のレプリカだというのにこうして普通に接してくれていますしって。


「ですからその……これはまだ内密の話ですが、僕の正体を知るナマエだからお話しします。……いずれ、導師守護役は入れ替わりに気づかれないよう全員解任する事になると思うんです」


気も安くなってきたのだろう何となく寂しそうというか抑えきれてない期待の残った眼差しでこちらを見ないで頂きたい。


「無論ナマエも例外ではありません。周りがナマエが知っている事を知らない以上ナマエが危険ですから」


じゃなきゃ困るよ!


「ですが、たとえそうなっても。先も言いましたが僕の正体を知る人で、ましてレプリカを人と対等に扱ってくれる方は今のところナマエしか僕は知りません。ですからいつかその日が来ても……こうしてまたお話しして下さると、嬉しいです」


疑いも疑問も晴れたし実は最終的にへにゃんとちょっと照れたように笑ってくれる程度には好意的に思われてたらしいのもわかったのはいいんだけども。


「…あの、イオン様?信用して下さるのは嬉しいですけど……簡単に人を信じちゃ駄目なんですからね?世の中には天使の顔した悪魔だって存在するんですからね?」


リアルで逆もここにいるけどな。半々やけど。


「あはは、流石、お若いのに被験者…あとアリエッタもでしたか、立派に育て上げられただけはあります。知識でしか僕はわかりませんが……これが『お母さん』という事なんでしょうか?」

「ちょっイオン様ってば、笑い事じゃありませんからね?『アメちゃんあげるよー』って言われても知らない人には絶対ついてっちゃ駄目なんですからね?…それにイオン様が言ったら実際はどうであれなんかアレですよ…5つも上なのに」

「あ、そうなんですか?では誕生日は…」

「あっレムデーカンです。レムデーカン・ローレライ・42の日ですよー。因みにND1999年生まれで現在16です」

「…すみません」

「?どうして謝るんです?」

「…被験者は知っていた筈ですから」

「あーそんな事別に気にしないでいいですよ、ていうか覚える事きっと山のようにあるんですよね?ですからわかんない事あったらいつでも訊いて下さい、私で答えられるものなら何でも答えますから」

「…ありがとうございます」


かなり穏やかに談笑を続けていたのだけれども、それは廊下のとたたたという軽い足取りで終わりを告げた。いつぞやのカレー娘いやビーフシチュー娘?いやどっちでもいいんだけどとにかくその子だったからだ。魂を視たから間違いない。

まだこの時期じゃ私の知る程には親しくはないのかもしれんが要らん嫉妬は御免こうむるため、「それでは私はこの辺でー」とか言いながらこの空間には一つしかない窓を失敬して飛び降りた。さりげなくまたを言わない自分ごめん。
質問どんとこいが社交辞令になった瞬間だった。最低ってこういうコトを言うんだね?

一応窓枠を乗り越えつつも手を振ったら控えめに振り返してくれたからモエェ…じゃなくてちょっとほっこりしたんだけれども、1秒も経たない内に飛んできた悲鳴じみた焦り声に癒しは吹き飛んだ。


「ここ何階だと思ってるんですか!?」


あ、そういやここ10階はあったわ。


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