「ただいま戻りましたァ!」 「…遅い、と言いたいところだけど…1分で戻ってくるなんてどんな方法を使ったんだい? それに、さっきだって随分軽々と書類を持ってきていたみたいだったけど」 「…死ぬ気で頑張ってみました」 「へえ…」 そして舞い戻ってきちゃいましたよ例の風紀委員長待ち構える執務室。 万が一遅れたらと焦った私はついショートカットと空間移動術を使ってしまったワケで。 まあ勿論誰にも見つからんように波動を調べた上でだけど。 書類についてもご尤もな意見を頂いたが、苦し紛れの言い訳をしてみる。…てか死ぬ気て。この世界じゃ意味合いがちゃうがな。 …やっべ、雲雀さん何か嬉しそうな顔してる怖カッコイイけど。新しいイケメンジャンル!とか思った私終わってる。 てか何なんですかその「こいつ面白そう」って表情は!? 「席はそこを使っていいよ。うるさくしたり余計な物に触れたら咬み殺す」 「…わかりました。すみません、それじゃお借りしますね」 部屋の壁に沿って所在なさ気に置かれた長めの机。 風紀委員の書類だろう、端の方にキレイに積み上げられている。きっと、リーゼントが立派な副委員長…あー名前なんだっけ?とにかく、彼が整理整頓しているのかも、と何となく思った。 ちょうど真ん中のスペースが空いている。もしかして雲雀さんが空けておいてくれたのかな、なんて考えながら(想像しにくいので9割妄想で補うしかない)早速理科のテストや教科書、ノート等を並べた。他の科目も大事だが、まずは覚えている内にやるべき内容から。 …勉強中に立てる音もまずいかと思い、気配を完全に断つとさっきの二の舞なので弱める程度に抑え、防御術を私の周りに薄く張り巡らせておいた。 これで気配を残しつつ、音が僅かに漏れるくらいで済む筈。 さて、解けなかった問題から進めるか。…半分以上占めてるけど。 *** どのくらい時間が経過したのか。 集中してたら最悪なコトに、何だかお腹が空いてきてしまった。勿論血の方。またいつぞやのように吸血衝動を起こしたら両目が変化してしまう。このタイミングで紅くなろうものならもう言い訳できなくなる。必殺技名でも叫べば…いやいやいや。 …そういえばここ数日薔薇を吸ってなかった。大事なお小遣いをはたいて買った貴重な薔薇、毎日は吸わないようにしている。…何かさっきから煙草みたいに聞こえる発言である。 いざって時のため屋上の覆轍を踏まないため、鞄の中に何本かケースに入れて保管してはいる、…が、ここで摂取するわけにはいかない。当たり前だ。しかしながらトイレに持っていくとしても怪しすぎる。かといって鞄ごと持てば雲雀さんに帰るのかと勘違いされる。 …幻術で誤魔化す?でも所詮は幻、私の座る場所や腕を乗せる机に触れられたら私がそこにいない事がバレる。雲雀さんは書類が終わったとしても、わざわざ私の所へ呼びに来ないで仕事机からその場で呼びつけそうだけど。…今回は却下した方が無難か。 勉強道具をそのままにしておいて最終奥義・「今日私実は女の子の日なんデス!」を発動すればいけるかな、そうすれば鞄持っていくのも頷けるし。うん、イケそうな気がしてきた。羞恥心より取るべきモノが私にはあるのだから!これでも中身仙人年齢、今更恥じらいもクソもねえ!…。 …しかし、この発言で雲雀さんが僅かでも頬を染めたりなんかしてくれれば少しは可愛げがあるのだがね。んで、きゅんとキちゃうよ確実に。そこら辺は幾つになっても変わりませんよ、ええ。 ――その時。 背後に人の立つ気配を感じた。手許に私の物ではない影がかかる。…ごちゃごちゃ考えていたせいか(邪な考えが殆どジャンとか言わない)、気付くのが遅れた。 振り返り見上げた瞬間、雲雀さんの美人なおカオが間近に迫っていて、思わずシャーペンを落っことした。 嗚呼オタ魂用に描きやすいよう0.3だったのに…確実に折れたなとか頭のどこか理性的な部分はそう思ったけど、本能的な部分は私に彼の首筋を凝視させた。 思わず牙を突き立てたいと欲望が溢れそうになる。 「…それ、どこの国の文字?」 「(顔近ッ!)え?普通の…、 …あり?」 私のノートは、およそ地球語じゃない“ナニか”で真っ黒になっていた。 「理科の勉強じゃなかったのかい」 「(うおわああつい魔術書の内容エルフ語で書き殴ってたァ!)…や、以前勉強した他の科目とたまたま混ざってたみたいですエヘヘ…」 「…見た事もない内容なんだけど」 「…、…てっていうか雲雀さん、ちっ近い、近いですから…!」 ノオォォ!確かに理科と魔術は多少似てるとか言ったけど集中してる間に内容ごと切り替わってただと!あろう事か母国語である日本語差し置いてエルフ語使うとかどんだけ…! …でも、当然と言えば当然とも言えるんだ。最近まで日本どころか地上(むしろ地球)にすら居なかった私、しかも魔術書はエルフ(ハーフエルフもだが)しか読めないようにエルフ文字で書かれてて日本人歴(と言うか人間歴)より遙かに長い年月の間、慣れ親しみ使い込んできた語句なのだから。因みに勉強して読む物ではなく、エルフの血が僅かでも入っている者が初めから読めるのが特徴。便利。…何の設定だよってカンジだよねいや覚えてないけどさ。 今から考えると二回目の人生って本当色んな種族がいたナ…そしてそんな血を複数引く自分は紛う方なき人外。畜生め。 てか雲雀さん本当綺麗な顔してるわな、今は首筋に目がいっちゃうけど。 その白くて少年らしいまだ成長途中だけどでも確実に男のソレに、お腹ペコペコな名前さんは釘付けですよ。 …ゴクリと喉が鳴る。 「……何、今の音」 「(ちょ、自重しろ私ッ!)あ、う、いや喉が渇いただけです深い意味なんてありませんよホホホ」 「…まあ、いいけど。 それにしても…やけに静かだったね。殆ど気配を感じなかったし、おかげで君がいる事を危うく忘れそうになった」 そのまま私の存在ごとキレイサッパリ忘れ去りそして永遠に思い出さないでくれたらどんなにいいか! …そんな失礼な考えが通じてしまったのか。 気付いた時には彼の手が私の顎にかかり、上向かされていた。 ……ホワッツ? 何このちょっと見方によってはピンクい雰囲気に見えなくもない体勢は? 「君って、」 「ちょちょちょっと雲雀さんん!?いきなりどうし…」 「凄い犬歯だね。まるで…架空の生き物――ヴァンパイアみたいだ」 「!!」 ヒエェ!ド、ン、ピ、シャ!しまった微妙に肩強張っちまったこれじゃ肯定してるようなモンだよ何やってんだよ今日の私マヌケにも程があんだろ…! 吸血鬼の名残っていうのもあるけど、悪魔も歯っていうか牙が生えるんだよ犬歯以外もどちらにしても全体的に尖ってるけどな! つーか早く私の顎から手を離してこのなんちゃって二人の世界から脱出させてクレー! こんなシチュは画面の中だけで私ゃ満足だから因みに寂しいとか我慢するとか思ってないから(…クスン)だってそんな私は生前も今も正味オタッキィ! そして先程から校庭が発信源であろう爆発音及び地響きを感じるっていう…あんの二人どんだけ派手にタイムカプセル探してんだよどこの爆弾魔だよ笑えねーよホンマモンだからこそ余計にな! 「い、いやだナァ雲雀さん、私のコレはただの生まれつきですし、こ、これくらい普通ですって! …あ!そうですよ、書類終わりましたか?」 「…まだだけど」 「それに…ほ、ホラ、校庭で何か爆発音みたいな…」 必死に話をそらしつつ、でもまだ離してもらえない手、しかも心なしかさっきよりも近くなった顔と顔。あああよだっヨダレ、が…! ウホッ!イッタダッキマァー…ストップストップだ私ィィ!! そして、これまたお約束といえばいいのかただの偶然か。 「――委員長ッ!!」 廊下に複数の足音がバタバタと響き何だか賑やかだなーとか思っていると、よりによってこの最悪なタイミングでドアを開け放った立派すぎるリーゼント+複数(前述の人と比べれば)小ぶりーゼント。 風紀委員が校庭での騒ぎを聞き付けたのだろう。血相を変えてこの場に飛び込んできた一際目立つ特大ならぬ特長(とくなが)リーゼント所持者、もしかしてアレが噂の副委員長殿か。 他にも何人か風紀委員がドア付近に立ち尽くしている…が、反応はみな似たり寄ったり。一同総ポカン。 ンまー強面だろうと皆見事に固まってるよそりゃそうだ。そして当事者なそんな私も石化魔術くらったわけじゃないのにカッチンコッチンですよどうすればいい。誰か状態異常回復アイテム持ってませんコト?RPGとかで孤立無援だったらこの時点でゲームオーバーですのコトヨ? 「うーわー…」 「しっ失礼いたしました委員ちょぐわぁッ!!」 「そこの君、一体何があったの」 「…ヒィッ!そ、それが、グラウンドで何やら大規模な爆発事件が発生しておりまして…」 「ふうん…僕の学校で随分好き勝手にやってくれてるみたいだね。 …僕も現場に向かうよ。君達、事後処理は任せたから」 「りょ、了解しました!」 「苗字、聞いた通りだ。僕は犯人を咬み殺してくるから。 ……続きはまた後でね」 私の顎をようやく解放した雲雀さん。 何か手つきが意味あり気な感じ――親指で下唇を触りつつ他の四本の指は顎の下をするっと撫でて離れた――がしたのは気のせいだと思いたい。 そして手が離れると同時にトンファーを投げ付けられた副委員長さんドンマイ。 あと、傷口から流れ落ちる私にとってのご馳走を一刻も早く止血して下さると私的には凄くありがたいっす。こう言っちゃ何だが、アナタのも雲雀さん程じゃないかもだけどそれなりに私の飢えを嗅覚って形で刺激してくるんだもの。嗚呼イイか、ほ、り…!…自ッ重私! 雲雀さんはそのまま話をまとめこちらをチラと振り返りつつ私へ、聞きようによってはとんでもない意味になるであろうセリフを残し部屋を去っていった。 …ていうかつまり、まだ帰るなって事か!? それに続いてこれまた私の方をチラチラ見つつしかもお辞儀しまくりながら退室していく風紀委員達。副委員長さんもすぐにリボーンし疑わしそうな目を向けつつも、しっかり私へ向かって一礼してから出ていった。ザ・勘違い嗚呼…。 …私は一人残された部屋で沸騰した頭を抱え、どこで何をどう間違えたのかと悶々と悩むしかなかった。 果たして、あの状況を打破する事件を起こしてくれた沢田君達に感謝するべきなのか。 それとも余計な目撃者を増やしてくれた事を恨めばよいのか。 そしてやはりというか多少なりともドキドキした私は、吸血衝動がその後いつもより派手に起きてしまい貴重な薔薇を一気に三本も消費する羽目になった。 さて、雲雀さんに注意された時より輪に輪をかけて薔薇臭まみれになった今の私は、理科より言い訳の内容を模索するべきなんだろう。…私の嗅覚故にそう感じるだけかもだが。 …もうトンズラこきたい。術(すべ)はあるのに対する御仁の後々の反応がコワすぎて実行出来ない自分は生粋のチキンだと、精気を奪い尽くし枯れ果てた薔薇の残骸をむしゃむしゃそれこそフライドチキンのように貪りながら(実はそこまで吸血鬼にとっては不味いわけでもない)ブーたれるしかなかった。 あ、床汚れた。 |