復活 | ナノ


ついに両手にトンファーを構えた雲雀さん。
ええ、うわまじ本気ですか流石並盛の歩く秩序、校則とか並々ならぬ拘りでも持ってんだろかそうなんですね。しかしカラコンと、そう来たか。昨日の朝私が使おうと考え無一文に撃沈した手だよ(マイホームどころか家族までいたからお金の心配はなくなったわけだけど)。

…、あれで殴られようモンなら、打撲通り越して血が出るよな。鮮血がさ、プシューッと景気よく、そして私の今一番欲するところのソレ――、

欲しい。
目の前にとっても美味しそうな人間が、一匹。ロックオンしていい?

怪我する自分を想像し、それと呼応する様に発作が再度起き始めたのがわかる。
こうなったら、適当にあしらって隙をついて捕まえ…じゃないよ逃げるしかない。何一匹って餌認定してんの私お一人様だろ失礼だろそしてうっかり手なんか出したら私末代まで追いかけられそう。それこそトンファーの錆にされるまで。ぐちゃみどろコースようこそまっしぐら!…明るく言ってもわ、笑えんがな…!

しかし悲しいかな、菓子折りを渡すまでは雲雀さんとの関係は続くから、私から攻撃を加えては駄目なんだ。あくまで穏便に。


「僕は女だからって容赦はしない。…僕の眼前で違反した自分の愚かさを呪いなよ」


だろうね女子供だからとか関係ないってヤツね嗚呼中学生じゃないよねこのコの殺気何なのコワすぎる。何でちゃんと気配探んなかったの数分前の自分を呪術だって鍛えた私は盛大に呪うよ。

雲雀さんが、目の前に迫る。あああこんな場面じゃなきゃそのお美しい顔面を思う存分楽しめただろうに。切れ長の涼しい目許ステキっすね現在獲物を狩る獰猛な目付きに染まってるけど。でも薄ら笑いを浮かべてるトコがまた何とも。

足に力を込め横に飛んでトンファーを避ける。まだ傷の塞がらない膝に激痛が走った。地面にポタポタと大事すぎる生き血が一滴また一滴とサヨナラしてく。

しかしこれくらいで躊躇している暇はない。目指すは屋上の出口だ。扉目掛けて走り出そうと――


「ワオ、逃げる気?敵に背を向けるなんて…そんなに僕に咬み殺されたいのかい」

「わっ私はっあなたと戦う理由なんて、ありません!」


できなかった。銀色が行く手を阻む。


「僕にはあるよ。カラコンもそうだけど…折角の昼寝を邪魔されたからね。腹の虫が収まらないんだ」

「やっぱり根に持ってるじゃないですか!?」


次から次へと飛んでくる攻撃に邪魔されて、しかも膝から滴り落ちる血のせいで頭がクラクラして避けるだけで精一杯だった。
加えて3時間目終了後、正午に近いであろう今の時間、真上から元気に絶賛大活躍中、吸血鬼や悪魔にとって天敵のお天道様最強タイム。頭から湯気出そう。今私から現在進行形で出されてんのは紅い液体状の水分だけど。

仕方ない。こうなりゃヤケだ。


「雲雀さん!」


攻撃を全て避け(会話しながらってムダに疲れる)、構えを取る。
彼も私の雰囲気が変わったのに気付いたのか、面白そうにこちらを見てきた。一瞬動きが止まったが、また鋭い攻撃を繰り出してくる。

一撃、そう一撃だけ。これで隙を作ってやる。


「やっとやる気になったみたいだね。それでこそ肉食…」

「ごめんなさい!」

「…!…ぐっ」


セリフ遮ったのもごめんよ雲雀さん!

謝罪と共に片手を肉眼じゃ絶対に捉えられないであろうスピードで、彼の攻撃を掻い潜りつつ(そして本来の目的をポロリしないよう)前へ思い切り突き出した。

パーの、形で。

結果的に、私はその場を脱出できたのだった。


***


グーで殴って肋骨粉砕とか内臓損傷とかになったらそれこそ目も当てられないので、雲雀さんのお腹の辺りを強く押して彼を突き飛ばして逃げてきた。受け身はきちんと取っただろうからほぼ無傷だろう。
やあ、いいモン触らせてもらいました。…これじゃただの変態じゃないか。

一応吸血衝動は女子トイレに入り、自分の血を舐めて何とか抑える事にした。両目も普段の色に戻っている。膝の傷も塞がり既に完治してしまったので、幻術で包帯を巻いている様に見せかけた。あくまで幻覚だから触れば偽物だとすぐわかっちゃうけど。
…何でもっと早くトイレの存在を思い出さなかった、自分。並中の構造はまだまだ覚えてないとはいえ、学校といえば廊下のはじっことかに設置されてるだろうに。飢えると頭も回りにくいからしょうがなかったと言えばそこまでなんだが。

因みにボールは、屋上を飛び出しさあ逃げろと言わんばかりにヘンに走り回ったせいと前述の通りで道に迷いまくりながらだけどちゃんと倉庫に戻してきた。ホント、途中でボールを落っことさなかった私を誰か誉めてくれ。
それにしてもたったそれだけのために一仕事終えた気分になった。ムダに疲弊した。
そして折角道順を教えてくれた京子ちゃん花ちゃんごめんだった。

教室に帰還すると京子ちゃん花ちゃん含む何人かの女子が怪我は大丈夫か、とか遅かったねと声をかけてくれたが、ボール探しに手間取ったと誤魔化しておいた。…雲雀さんに遭遇したなんて言えるワケがない。まあ1年4月の現段階で彼の恐ろしさをみながどれだけ把握してるかはわからんがわざわざ明かすコトでもない。

それはそうと実は今、既に昼休みだったりする。雲雀さんとのやり取りやらトイレ事情やらで4時間目までもが終わってしまったからだ。

そして現在、中庭らしき場所の木陰で一人寂しくお弁当を食べている最中。
京子ちゃん花ちゃんに一緒にどうかと誘われたが、ずるずる行くと仲良しの部類に発展しそうなので、心苦しいが用事があると嘘をついて断ったからだ。罪悪感が半端じゃないが、暫くこれで通そうと思う。そうすれば二人もその内私に声をかけなくなるだろう。そもそも、何で私に親切にしてくれるのか…やっぱ行方不明設定のせいなんだろうな。何コレクソ神のせいなのそれとも何らかの不可抗力なの?ぐぬぬ。




さて、本日最後の大仕事、菓子折り大作戦について思考してみる。
絶対会った途端トンファー確実だろ。でもこれで最後だ、いっそ一発くらい我慢してくらっとく?…いや、再起不能なまでにグチャグチャにされるよぶっ飛ばした事には変わりないのだから。いくら治癒術があるといってもそれはちょっと…いやいや、殴られたそばから異常なスピードで治っていくからそれはそれで駄目だ。ハイ却下。ちぇっ。
もういっか、幻術でも使えば何とかなるか、一発でも二発でも受けて軽く血でも流してるフリでも見せよう。何かここ何日かの私こんなんばっかだな超投げやり。でも今の私にはこの手しかないからどうしようもないのが現実。

そういえば、雲雀さんは今はどこで執務をしているのか。応接室使い始めたのってもっと後だったような?や、記憶曖昧だから確かではないけど。
もういっそ渡すのは諦めるか?いやでも礼儀だし後で行く宣言しちゃったし…、

そんな事をつらつら考えている内に昼休みは終わり、午後の授業は普通に受け(そしてわからなくて絶望)…ついに放課後がやってきてしまった。

一体全体雲雀さんはどこにいるんだ。鞄と菓子折りを持ち廊下で項垂れる。
とりあえず、渡したらすぐ(逃げ)帰られるよう下校準備はバッチリだけどさ。

一応さっきリーゼントな不良さんにたまたま会ったので(怖かったけど雲雀さんに比べれば可愛いもんよ)彼の居場所を訊いてみたのだが、どうやら今は群れを咬み殺してるとかで辺りを移動しているらしいのだ。
偶然バッタリ!は、期待しない方が良い、か…。

捜すのに手間取りそうなので、あまり気は進まないが彼の魂を追跡しようと思う。また人外能力に頼る事になるが使える物はなんとやらって事で。
悪魔は人間の魂が好物。故にどこに何の魂があるのかを察知するのに長けている。かなり広い範囲まで魂の気配を探れるから、どこに誰が何人いるかわかるという、戦いではこの上なく頼りになる能力。何てズルいとも思わなくもないが、その血を身に流された以上はフルに活用しようと目論みます。
まあそれでも、特定の人物を捜す場合は一度対象に会って魂の波動を確認しないと無理だけど。知らない人のはわからないから探りようもない。因みに写真とか見ればイケそうではある、しかしその手は使えなかったりする。最新技術だって波動までは流石に写さんよ。
雲雀さんとは既に二回会ってるから勿論条件クリアだ。
つまり――廊下で誰が見てるとも知れなかっただとか、そして屋上でも一回はそれを満たしてたのだから無理をしてでもこの力に頼れば良かったと、そういうワケだったのだ。

さてさて波動追跡開始、かの魂サマは…お、そう遠くないぞ。外にいらっしゃる…校庭か。

下駄箱で靴に履き替え、たったかそこへと向かう。おっと早速隅の方にいるのを発見。やや、何やら血腥さ(あんま美味しくなさそう)…げっ聞いてた通りってか、人咬み殺してる最中だった。
仕方ない、終わるまで離れて見てよう。フツーに見物出来ちゃう非日常に慣れきった自分の精神これ如何とす。
いやーにしてもこの若さでよくここまで強くなったモンだよな。やってる事は凶暴極まりないけど、カッコイイからサマになってるというか…あ、相手白目剥いちゃった。南無。

よし、行くか。逝くはヤなので、トンファーはナシの方向でお願いします。


「すみませーん…」

「ん?ああ、君か。屋上では世話になったね」

「(とりあえず出会い頭はセーフ!)ヒィィすみませんでしたちょっと手が滑りまして…じゃなくて!
あの、行方不明の時は大変お世話になりました。お騒がせして申し訳ありません。お詫びと言ってはなんですが…これ、良かったら風紀委員の皆様方……(あーいや、群れギライだからありえんか)で、召し上がって下さい」

「(何今の間)ふうん…この件には僕は直接関わったわけじゃないけどね。まあこれは貰っておくよ。
ただ――並盛の風紀を乱した誘拐犯を咬み殺してやりたいところなんだ。君、犯人の顔は覚えてないのかい?」

「え?いやあの、まだ誘拐と決まったわけじゃ…でも、それが私にもよくわからないんです。いつの間にかどこかの山奥に移動してたとしか」

「君って役立たずだね」

「うっ(まあ、嘘だし)…すみません」

「本当は君も咬み殺したいところだけど、風紀の仕事があるからね。カラコンも外したみたいだし、今は見逃してあげるよ」

「(あらま、儲けた)あ、ありがとうございます…?それじゃ、失礼します」


うはー寿命が(ないようなモンだけど)縮まるかと思った。しかし助かった。何においても風紀を優先する彼のタチに九死に一生を得たようなものだけど何でもいいやこれで任務達成、おさらばなんだから。

…帰ろ。
それにしても、恐ろしく長い1日だったと言わざるを得ん。まだこれさあ…初日なのに。
今の私に出来る最善策は、前途多難の幕開けでないコトをひたすら願うばかりだ。

だから、雲雀さんは今は、とか言ってたからもうこれからは彼の魂の波動を感じたら全力で回れ右しようそうしよう。今日この日が最初で最後の私的前途多難な日。
グッバイイケメン。眼福でしたご馳走様です。

(あと…制服のワイシャツ越しでもわかってしまった隠れた、腹筋)。


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