山吹さんちのイーブイさん※奴良さんじゃない所がミソ…かもしれない | ナノ


▼最終ゲット


身体を揺さぶられる。鼻の利く私にはわかってしまう、お母さんのとはちょっと違うけど、だけど今では二番目に好きなお料理達が柔らかく鼻腔を刺激する。くんくんと、しかし眠さには勝てずに布団から鼻だけを出すと「ほら!早く人型になってよ!『見た目が14歳から変わらなかったから!』って今度こそ一緒の学校に行きたいって駄々こねたのは誰!?」と騒ぐ声がする。何でも優等生で通してるらしいから遅刻は彼的にはありえないらしい。優等生も何も、まだ彼初日なのにな。

ああでも可愛い彼を困らせる訳にはいかない。慌ただしく部屋を出ていった彼に続いて飛び起きて、ボフンと黒髪の少女に直ぐ様変化する。これが一番それっぽいから。だけどこの姿を取るって事はイコール。ああカラコンも入れなきゃいけないのに。まさかの黒の。『なるべくなら切らないでいてくれ』と乞われて相変わらず、今では、今の時代では些か長すぎる髪を適当に整える。お母さんと、頼んだ人物が見たら苦笑しそうだなと少し笑った。お母さんが手を離せない時は昔は赤目の彼女がよく整えてくれた。あの髪飾り達は今から行く場所には付けていけないから、こういう日は決まってお母さんに預けるの。一年着たとはいえまだまだ新しい服に袖を通す。勝手の全く違う服にももう慣れた。

口々に挨拶をしてくれる人――ではないけれど、その彼等に挨拶を返しながら廊下を走る。今は人型だから誰とでも通じるからいいけど、元の姿だと動物的な姿を持つ方でないとそれすらもままならないのは今でも変わらなかった。そう“獣”姿の人。私がそういう種族だからだろう。だってカラスな親子さん達とはお話出来なかったのに、おっきな彼は勿論、その息子さんともいけたから。だからきっと、かつての意思疏通の答えはそれなのだ。

居間に殆ど転がり込むのなんてまいどありーで、結局未だに直んなくて、周りは「わああまた半分転ん――でかしたァ!…いやでかしてねェ!」なんて慌ててくれる。温かな家。どうも靴下で走るとつるつるしちゃってやらかしがちな私を留めてくれるのは大抵がお酒に弱いイケメンな彼。「いただきまーす!」と叫んで、折角のご飯をお味噌汁で殆ど流し込むようにして平らげて「ごちそうさまー!」とまた叫ぶ。「お粗末様ーでもいつも言ってるけど、あんまりかまないで食べちゃダメよー名前ー」と奥からのんびりとした声が聞こえてくる。実はちょっとつまらせかけてた。いつの間にかよくわかってくれてる。
あなたも、私好きよ。

とある部屋に走る。これだけは忘れないし、欠かさない。欠かせない。
『妾には、過ぎた幸せだったわ』――私を産むまでたくさんたくさん、悲しい思いをしてきたのだと思う。だけど、“残りの時”はいつも幸せそうだった。私だけでは、引き出せなかった笑顔だった。それを悲しく思ったり、まして悔しく思ったりなどした事はない。むしろ、お母さんに本当の笑顔が戻って良かったとすら思ったものだった。
本当なら、とっくに命を落としていてもおかしくなかった。だけど、適切な治療と献身的な看病を受けて、お母さんはその限界を極限まで延ばした。

楽しい日々だった。
愛しい日々だった。

そして、たくさんの人達に見守られながら、……。

それから百年以上が経った。最初、周りは私が一番反対すると思っていたらしい。確かに本音を言えばずっと彼女を一番に好きでいてほしかった。けれど、百年もお母さんを忘れないでいてくれたのだから、もう良いんじゃないかとも思った。それにそうなったからといってお母さんが二番目になる訳でも、忘れられちゃう訳でもない。きっと同じに好きでいてくれる。何より、“彼”に笑顔を戻したのは、その人だったのだから。
笑ってくれない訳じゃなかったけど。でもね、私じゃね、やっぱりちょっと違うんだよ。

それを見た時、初めて会わせてもらった時、ああ間に合わなかったんだなあと思ったのを覚えている。
この家のそれと負けないくらい、見事なもう一つの置かれた部屋の襖を開ける。

今日も時間ないから粗雑なやり方だけど、どうか許してね。ああきっと、今頃笑ってるんだろうなあ……。
入り口から「行ってきます!」と今日も元気に声をかけて襖を閉める。

チラリと見えたそこは、新しい花が飾られていた。ああ、変えてくれたんだと思った。
本音を言えばたまには私がって思うんだけど、それなのに私がとろいせいでいつも先越されちゃってて、でもそれでいいのかなとも思ってる。

そこの持ち主と同じ名を持つ、花。
それは鮮やかな、濃き黄――

ここは、“彼”の部屋。





「もー遅れちゃうよ!」

「ごめんごめん、じゃあ行こっか」


後ろからついてこようとしてる二つの気配に、この可愛いすぎる生命体が気づくのはいつかなーとニコニコ笑う。
私は無駄に感覚が良いから。かつて視線に関しては色々あった訳だし。だからすぐ気づいちゃった。でも二人はこっそり写真に写ったりして楽しそうだから、いつか二人がねたばれしない限りは私から言うつもりはない。
「何で言ってくれなかったの!?」って憤慨するさまも可愛いんだろうなあ、なんて今からでれでれしている私は既に末期である。
……そういえば、向こうの、可愛いとはちょっと違うどちらかと言えばカッコいい彼には一度きりで長らく会ってないなあ。いやまあ目の中へ入れてもー、って意味ならどっちも私にとっては等しく可愛いんだけれども。

玄関。自家用タクシーなそれに「是非に!」と周りはオススメするけれど、申し訳ないが彼の努力が無駄になっちゃうから今日も走っていくんだ。まあいざとなったら私が紫電を迸らせながらとげとげのお背中に乗っけてっちゃうけど。拒否られる未来が今から目に見えてるけど。


「ちょっ、早く靴履いて!ほんとに遅刻しちゃうってば!」

「あっ鞄忘れた」

「何しに行くの!?」





「ほら、居間に忘れてたぜ」


どうも根っこがアレなせいか、今は人間の手だってのに靴紐をたまにだんごにしちゃう私。手こずってると、すっと顔の横から差し出される目的のそれ。「あっ、ありがとう!」と見上げると、頭を撫でられる。日課だ。

結局微妙に曲がった蝶結びになっちゃったけど走れない事はない。肩に鞄を引っかけて、外で待つ可愛い可愛い彼――

弟の隣へと、私は勢いよく飛び出した。

居間に置き去りにされた鞄に気づききちんと持ってきてもくれたのだ。ああ、何か苦笑する姿が目に浮かぶようだ。
然り気なく見送りに来てくれるつもりだったのだろう。だっていつもそうだから。――“おじいちゃん”と違って、彼は私達にどちらの道にもゆけるよう、学校にこれといって反対はしていないから。

そして弟は今日、晴れて中学生となる。

二人で振り返る。
彼も私達を見て応えるように、眩しそうに目を細めた。

弟は無論最初からだからいいんだけど、私は当然そう呼ぶのに慣れるまで暫く時間がかかったものだ。
姉弟の後ろに佇む今日も粋なひとに、私達は揃って声を張り上げた。


「行ってきます!――お父さん!」
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