山吹さんちのイーブイさん※奴良さんじゃない所がミソ…かもしれない | ナノ


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知られたのは、運が良かったと思う。




もうすぐ春だ。結局冬中あちこち捜しても見つからなくて、しかもそれは初ではない。
今年こそどっかで凍えちまってるかもしれねぇと思うだけで、どうにかなっちまいそうだってのに。


「……はあ」


だが、そんな時だ。
ある時――確か冬手前辺りだっただろうか――を境に何故か殆どと言っていい程聞く事のなくなった雪麗さんの三味線と、演奏後その演奏者の溜め息を聞いたのは。
溜め息は大きく、音色はどことなく寂しい。

オレぁそこまで楽に詳しい訳じゃねぇから音に関してそれ以上の事はわからなかったが、きっと彼女も落ち込んでいるんだろう。無理もねぇ。
彼女もまた、オレの想い人――そして捜し人でもある山吹と、ここ奴良組の中でも特に親しかったのだから。

縁側に座ってる雪麗さんは角の曲がった所にいたオレには気づいてなかっただろう。今オレがここで出ていっても余計な気を遣わせるだけに違いねぇやと回れ右をしたところで、新たな来訪者。


「おう雪麗、またデッカイ溜め息じゃのう。……やはり今日も収穫ナシじゃったか」

「っ!ぬらりひょん……全く、気配消して現れないでよね」


親父だった。成る程今日はいるらしい。まあオレも人の事は言えねぇんだが。
むしろ三年……もうすぐで四年になる訳だが、一旦家を空けると次に戻るまでのその間隔と言ったら昔の比じゃなくなっちまってる。首無達に言われるまでもねぇさ、流石に自覚はある。
だが、こればかりは仕方ねぇんだ。

皆には世話をかけるが、オレはオレの女を諦めきれねぇ。

それによ、ほんとに街がおかしくなっちまった時はきっちりするさ。
ま、流石にあん時……山ン本ん時程やべぇのは見ないけどねぇ(いたら困るが)。


「収穫がない訳じゃないわ」


二人して言う“収穫”という言葉は気にはなったものの、このままじゃ本格的に盗み聞きだ。
特に予定に変更もなく、それどころか立ち去る足も加速するところで…、


「ただ、方々を当たってる荒鷲一家から名前らしき少女を見たって話はチラホラ舞い込むってのに、結局全てが手応えナシなんだもの」


名前?


「(おいおい、嘘だろ…)」


ちょっと待ってくれよ雪麗さん。
その名……もう何十年も前だが、覚えがある。

山吹と笑い合っていた頃。
……まさかこんな事になっちまうなんてオレも山吹も思いもしていなかっただろう、あの頃。

二人で考えて、オレが惚れたその笑顔で、山吹が『早く会いたい』と囁いたもの。それの、女の方。
偶然か?いや偶然なんだろうが……だが、山吹のいなくなったこの時に?考えすぎか?

思わず息を呑みかけるも二人は気づかなかったみたいだ。危ねぇ危ねぇ、立ち聞きしてる立場だってのにとんだ失態だ。だが念には念を、畏は発動しておく。
当初の焦りは完全に棚上げだった。


「ねえぬらりひょん、やっぱりこれって……言わなくていいの?」

「確証が持てぬ以上、これ以上落ち込ませる事もないじゃろう」

「…いっちょまえにまあ、父親面しちゃって…」

「父親じゃからな」


明るい声色からして笑って言ってるらしい親父に「昔からじゃ考えらんないわ」と中々手厳しく続ける雪麗さん。オレは心の中で彼女に(時分からして伝聞でしかないが)「確かに…」とか同意しつつも、考える。

所々ぼやけてはいるものの、あれらの会話はオレに対してなのだとわかる。……親父がオレを気遣ってなのだとも、わかる。

とりあえず、二人が“何か”を隠してる事はわかった。だが、ここでオレが出ていっちゃあ諸々台無しなんだろう。コソコソされてる事が頭に来ないかといったら、勿論全く思うところがねぇ訳じゃあねぇが――


「…なら、」


ひとまず乗り込む事はせずに充分な距離をおき、呟く。
オレ自身無意識の内に本家の中でも人気のない場所まで来ていたようでとりあえず畏は解いた。遠くから喧騒が聞こえる。このまま出ていけば確実に捕まるだろう。
誰辺りに、とは言わねぇでおくぜ。

親父達に言う気がないってんなら仕方ねぇ。上等だ、オレはオレで好きにやらせてもらうさ。


「敵、じゃねぇと思いたいが……そいつを欺くにはまず味方から、ってか?」


そういや、あん時にもやったっけ。


◆◆◆


最初は気持ち悪い視線だった。
そこから不自然な足音がうしろに増えるのは早かった。

ポケモン界にない、行為(モノ)だった。

私が知らないだけだったかもしれないけど、少なくとも前の世界でそんなコトをやらかしていたポケモンは見た事がない。人は…わかんないけど。しいて言うならナントカ団(いわゆる悪い奴らだ)とやらの暴挙の方がよっぽど聞き覚えがあったくらい。いつもどこかのトレーナーにコテンパンにされてたらしいけど。
でもここでそれは望めない。二回目は、流石にないだろう。

だから、私がやるしかない。


「もう逃がさねぇぞぉ、名前ちゃぁん」

「いっつも逃げられちゃってたからのぅ、でも今日は強力な助っ人もいるから何にしても無駄なあがきだったなぁ?」

「…」


つまり私は、ここ最近(ココでそう呼ぶかは謎だが)いわゆるストーカーってヤツに追い回されていたのだ。

理由は簡単。単にこのお母さんならではの見た目がイイから。前にそんな事をソイツらが言ってきたのを聞いたからまあそうなんだろう。しかも無駄にハァハァしながら。意味がわからん。余談だが、名前を教える訳もないのにバレてしまってるのはお店に出てるからだろう。

とりあえず、私が今でもお母さんとはおらず生粋の野生だったならそんな人間の手持ちにはちょっとなりたくない。間違えた絶対モンスターボールに当たってたまるかだよなりたくない(コレで私達はゲットされちゃうのだ)。


「(周りは壁…)」


そして今、逃れるために入った場所は、たとえ例の秘密兵器で姿をくらませられたとて、人間どもの間を縫うには狭すぎた。

だってはじめの頃は一人だった筈なのに今では周りはニヤニヤと下卑た色を浮かべた人間人間人間。五、六人はいるだろうか。それも全部男。道側は一直線に塞がれてる。つまり囲われてる。さっき思ったみたいに飛行タイプになれるならいざ知らずこのままでは私いわゆる絶体絶命。例えばニンフィアのふわふわリボンでお空でも飛べたらいいのに。だってびよーんて伸ばせば『パタ!フワ!』とかでイケそうじゃない?とりあえず、私ってばモッテモテ、なんてふざけてる余裕はなさそうだ(てかコレ何てデジャヴ?)。
勿論お母さんがいるから気持ちだけ、ってやつになるけれど、イーブイの姿で且つ純粋な気持ちから私というポケモンを欲しがってくれたなら、ポケモンとして少しは嬉しかったかもしれないのにね。

しかも何というイタチごっこのゴング鳴っちゃってるの複数人いる男の中には私の逃げ方を知った上で対処してきたと見えるのが混じってるくさいとか。確かに人にはない気配を纏ってるヤツがチラホラいる、気がする。
多分私と同じ。妖、なんだろう。

これじゃあ逃げられない。
きっと見破られる。


「しっかし、まさかこんなとこでかの芸当が見られるなんてねぇ……アソコの大将の親戚か何かか?」


ホラね。「ホントなんだよ何かいきなり消えちまったりしてよぉ」とか、周りも口々にゲスその1だかその2らへんの、こいつらのリーダー的位置にでもいるのか比較的真ん中に立ってるヤツに訴えてる。多分私よりずっと妖歴は先輩なんだろうなんか本人である私ですらよくわかってないのに真実知っちゃってます風だし。こそあど多すぎて意味わかんないけど。
とはいえこんな状況じゃなければ色々お話聞かせてほしいところだよ。


「…ああもう、仕方ないな!」


「お、何だ諦めたのか?」とか、何の勝利を確信してか知らんけど、舌なめずりでもしそうな顔で笑う男ども。とりあえず、違うから。
お店で働くようになってから特に思ってたけど、たとえこれが本当の私だからといって騒ぎになるからほんとはあんま取りたい手じゃないし取るべき手でもないんだろうなって思ってた。でもそれは時と場合による訳だ。

私が私に戻る事も考えたけど、逆に取り押さえられたら元も子もないし。
そら、ソレやればこいつらも私への興味自体も十中八九失せるとは思うけども。けれども百パーに満たないそれに我が身を懸ける訳にはいかないのであって、取るべき手段はこちらではなかった。


「へっへへ…おらっかかれ!」

「…あっかんべーっだ!」


リーダーな妖さんの号令を合図にいっせいにかかってきた男連中。利き手の人差し指が下の瞼を剥いた時、私は思いきり胸を反らした。布から零れた私の髪が赤く舞う。
私はとっくに水タイプじゃなくなっていた。


「(『ひのこ!』)」


かえんほうしゃもだいもんじも使えぬ我が身のレベルが憎い。
が、全くコントロールが利かない訳でもない。腐ってもポケモンだから。まァ、戦い馴れてなさすぎて巧いとは言えないからあくまで普通レベルだけど。
でも元よりこの技は攻撃力の高い技でもないため私自身が強くならない限りどう頑張っても威力は出ないが、牽制程度なら事足りる。

男どもの目、…では的が小さすぎるので頭の辺りをしかし悉く狙い、私は心の中で技名を叫びつつ口から小さな火の粒をいくつも撒き散らした。さながら火の雨のようだ。


「ギャアアア!」

「目、目がぁ!」


ヘタなてっぽも数撃ちゃ当たる。狙えそうならもっと当たる。

私の火は男どもの目玉をまとめて「ヂッ」と焼いた。目を押さえながらのたうち回ったり、もがきながらあちこちをヨタヨタしている。てかちょ、いいのかそれで。こんなちんちくりん相手に、しかも2対1を軽く飛び越えての5、6対1なのにしてやられちゃってるぞ。いやそれでいいんだけど。


「ふーんだ!自業自得だもんね、ばーかばーか!」


そして、私は勿論そのスキに男らの横を余裕で走り抜けた。大分虚勢だったけど。
情けなくも、家でお母さんに会えるまで震えは止まらなかった。

…てゆかザコ妖マジ助かった。人間の男達と同じくフツーにくらってくれたし。…カッコわるいぞ!

生身の人間に向かってやっていい事ではなかったかもしれない。いや妖なら良いってモンでもないけど。
ましてやポケモンの技だ。タイプや威力によっては怪我では済まされないのも多い。
ポケモンの技はポケモンに向けるモノであって人に向けるモノではないから。私論だけど。

でも今回はどー見ても正当防衛。
だから、割と人間は好きな筈の私だが今回ばかりは特に心を痛める事もなく、捨てゼリフまで吐いてスカッとさせて頂きつつお家に一気に生還した。技じゃないけどこれぞまさにでんこうせっか、そしてどうでもいい事だけどサンダースの原型化までして。

……でも、


「こ、怖かった…!」


お母さんに抱きついて泣きわめいたのは言うまでもない。




お店でそれによってぐつぐつゆだるお料理達をそれこそ帰る前――あのお皿洗いの数刻前――にも眺めていたから頭に浮かびやすかったのかもしれない。つまり、火を選んだのは特に他意のない事だった。
ただ有効そうなのは、って咄嗟に脳裏に閃いたタイプを選んだだけの話だった。

だからあの後、
現場から死に物狂いで逃げた私は私が撒いたあの火によってその後何が起こっていたのかなんて、知らなかった。
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