山吹さんちのイーブイさん※奴良さんじゃない所がミソ…かもしれない | ナノ


▼13ゲット


「お家に帰れます!」とはしゃいでいたのだから真っ先に家に帰るものと思われた名前が向かった先は何故か街の近くの山にある川。まあ水の妖だというからにはその近辺かあるいはそのものが住み処…いや巣か?…なのかもしれない。
だからそれはとりあえず置いておくとして、ここまで来たからにはしばし様子見といくかと名前の丁度背後の辺りの草木に身を潜め暫く観察していると、魚を獲りたかったのか前足や口を使い中々器用に捕まえ始めた。ここまでは普通。しかし最終的に人の形になったのは驚いたものの、妖にはそういう奴もいるからしてやはりそこまで不審に思う事もなかった。
…まあその姿を取れんなら何でさっき取らんかったんかい、と内心突っ込みたい気がしないでもなかったが。

しかし変化後も何やら氷の技も使えるのか(…帰ったら雪女にでもそーゆー妖を知らぬか訊いてみるか?)びく代わりか手製の氷の籠を手から出現させ(まだ許容範囲だろう)あと何かあったかと言えば「コイキングちゃん…は、いるワケないかあ」「お母さん喜んでくれるかなあ」とただただ楽しそうな声が聞こえてくるだけ。
…どう見ても、前のはよくわからんが(新種の妖か?)後のからして母親のためにひたすら一生懸命なだけの、ただの母思いな子供妖怪にしか見えない。

自分の中でもどこかで疑いすぎな気はしていたが、やはりそうだったらしい。
こりゃ杞憂に終わってくれるじゃろうてと安堵のため息を吐いた。…悪い事したな、名前。

だが、踵を返しかけた時だ。
ため息は直ぐ様引っ込んだ。それどころか。


「……乙女、さん?」


息を呑んだ。
帰ろうと…恐らく母親の元へだろう、こちらを振り返った名前の顔、が。
それは淡い空のような髪と深い海のような瞳さえ見なければここ数年愚息、鯉伴が今この時も血眼で江戸中あるいはそれより範囲を拡げてでも捜し続けているであろうかの娘に瓜二つで、


「よ、う…姫――」


しかし奴良組の古株連中等、若い頃の――今は亡き――我が妻を知る者はその顔を通して、気づくのではなかろうか。
ワシからすればそのデタラメともいえる次元で整う要素に一役買っているような気がしてならない、それくらいには残る、面影に。

だが、何故それを持つ妖がいる?

仮に名前が他人の顔を真似るのが得意な妖として、ならばどこで二人…乙女さんと珱姫を見たのか。
それにしては前者はともかく後者の生前、それも年若の頃を知れる程昔から生きてきたとするには、その星霜に比例し自然と培われるであろう貫禄等は感じられなかった。そうとするにはあまりに幼すぎる。
それともあれらの言動は演技だったのか。


「……まさか、」


心当たりが、ない訳ではない。
ただそれは、50年以上経っても恵まれなかった事だった。
だからこそ彼女は自分を責め、消えた。

それに、仮にそうだとするなら計算が合わない。あの子供はどう見ても十は過ぎている。
彼女が消えたのは、三年前。多く見たところで四年弱。


「埒が明かんな…」


わからないのなら訊くしかない。
だがもし、名前が人から姿を奪うような……乙女さんからその姿を奪った妖であるというならば。

追いつめられていたであろう乙女さんになんもしてやれんかった、彼女の舅でもあったワシが、この手で――




だが畏を解き、思わず詰め寄ったのは失敗だった。


「あ――!」


うっかり釣り上げられるくらいだったのだ、加えてあの言動そして今。やはり子供は子供でしかなかったのだろう。
いにしえの妖がこんなドジな訳あるか。

しかし後悔してももう遅い。
ドボン!と派手な水柱を立てて、名前は沈んでいった。
咄嗟に伸ばした手は届かなかった。

そして何故か、すぐに水の中にも深く腕を突っ込んだにも拘わらず、


「いない…?」


手応えどころか、まるで初めからそこには何もいなかったかの如くざあざあと滝に向かう清流のみが広がるばかりであった。
…こんなにも澄んだ川で沈んだ瞬間その淡い浅葱色の長い髪も山吹色の着物も、一瞬にして見失ってしまうものだろうか。

しかし何て運が悪いのだろう。ここは深い上、少し先に滝まである。
水の妖なのだからそこまで心配はしていないが、どうにも抜けている名前の事。あっという間に流されたというなら――


「一応下に降りてみるか…」


流石にこれじゃあ寝覚めが悪すぎる。


◆◆◆


私はそこで息を潜め、注意深く様子を伺っていた。
水の中。

そこはいわば見える見えないの視認度だけで言うならシャワーズの独擅場。緊迫した状況なんだろうなって思ったから、顔を出したりしない限り私が見つからないのは擬人化時でも同じ事、ひたすら沈み浮かばず流されずに専念し息を殺した。

落ちた!と頭が認識した瞬間グレイシアの人型から咄嗟にシャワーズのそれに切り替えた私は今、仰向けで潜水をするかのように川底に沈みながら水面を見上げていた。ぬらりひょんさんが何故目を大きく見開いていたのか、そして何故あんなにも怖い顔をしていたのか、考えていた。

ぬらりひょんさんの豹変の理由がわからない以上、立ち去ってくれるのが望ましい。
私何か悪い事しちゃったのかなああれかな人型になるとこ見られてたっぽいしやっぱり黙ってたのがいけなかったのかなあ等と落胆しつつ、ぬらりひょんさんがいなくなるのを待っていると、思ったより早くあの特徴的な白髪が川から遠ざかっていったのがわかった。
シャワーズの目だから見間違える事なんてない。

ここは水ポケでもなければ恐怖を感じる程には深く、少し下ると滝もある。
嫌な想像だけど、きっと私の生を諦めたか、もしかしたら滝の下に捜しに向かってくれたのかもしれない。…後者だとしたら、それも糾弾とかではなく純粋に助けようとしてくれてたのだとしたら悪い事しちゃったなあと思う。


「ただいまー…」


そんな事を考えてる時点で私は触らぬ妖さんに祟りなしって事でさっさと帰宅しちゃってる訳なんだけど。
これまた予想通り、カゴごと放り出しパアにした二度目の魚を流石の三度目の正直、そそくさと新たに捕らえ終えた私はようやっと本日のお夕飯をお母さんに届けていた。

当然ずぶ濡れなままである私にお母さんはいくら水タイプになれるようになったからって風邪を引きやしないかとか何があったのと慌てていたけれど、何かを察してくれたのか頭を一撫でして夕飯の支度に取りかかってくれただけだった。

街での事は繰り返すようだけど伏せておく、けれど川での事は言っても良かったのかもしれない。けどあんまそんな気になれなくて、黙ってた。
何より『全く見知らぬ』妖が迫ってきたと言ったら嘘になっちゃうし、上手くぬらりひょんさんとの出会いを誤魔化しつつ言ったところでお母さんは心配して今度こそ私を外に出してくれなくなるかもしれない。
私は江戸の街に繰り出す事以外にお母さんに嘘をつく気はないし、無駄に心配させたくもない。

お母さんの焼いてくれたお魚はおいしかった筈なのに、あんまりおいしいと思えなかった。
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