山吹さんちのイーブイさん※奴良さんじゃない所がミソ…かもしれない | ナノ


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「ぶい」

「…犬?」


あの人の元から去ってもう九箇月。
気づいた時、人は今更ではないかと言うかもしれないが妾(わたし)には絶対に、当たり前なのだけれどもそうは思えなくて、けれども嬉しさに溢れ零るる涙は慟哭なのも事実だった。こんなにも惜しい事はないとよく裏手の山吹に囲まれた地で、腹を抱き締めるようにして一人泣きじゃくったものだった。

勝手に出てきた身だ、今更戻れなどしない。
嗚呼、気づくのがあと僅かでも早ければ、と……。


「ぶっ!?ぶいぶい、ぶい!」

「っ!あ、ああ…ごめんね、犬…子犬じゃなかったのかしら?でも……」


沈思が、そんな事ありはしない筈なのに。
まるでこちらの問いに応えたかのような泣き声…否、鳴き声に中断する。

とてもそんな場に相応しくなかったけれど、自業自得とはいえひとりぼっちの自分にまともな住み処なんて見つけられなくて。だけどどこからあの人に話が行くかわからないから誰にも頼れなくて。
だけど後者はいなくて良かったのかもしれないと思う。どうであっても覚悟のあった自分はまだいいけれど、確実に気味悪がられただろうから。たとい妖でも妾からして、これでは些か面妖に過ぎるだろう。
正直自分も最初はぎょっとしなかったといえば嘘になる。…ともすると呪いの類いかと疑ってしまいかねない程に。

でも、やっとだから。妾は精一杯やり遂げてみせる。何かあったら妾がいついかなる時も抱き締めてあげよう。いいえ、抱き締めてあげる。
妾だけじゃない。きっとあの人だってそうするに決まっている。

あの人がくれた己の名に因んだ花が庭に数多咲いている事だけが唯一の慰めとなっていた、吹けば飛ぶようなとあるあばら家の一室。
最後の最後。あの古歌を詠う事で逆に奇跡でも呼び込んだかのように、ついに授かる事の出来た、今。


「妾とあの人のやや子なのに……どうして獣姿の妖なのかしら……」


“待ちかねた”その存在を手に、妾は放心していたのであった。


◆◆◆


私達ポケモンはそう簡単に死ぬ事はない。あるとすればジョーイさん(人の世界でいう女医さんみたいな人の事)の手にすら負えないような致命傷やそんなポケモン同士による怪我ではなく殺傷目的の人為的なモノか、寿命か。

まだまだ若かった自分。つまり早すぎたから前の二つのいずれかだったんだろうけど、コロッと逝った筈の私がいつの間にか、ポケモンでありながら人間の基準は周りを見てたから何となくわかるんだけれど多分かなりいい方なんじゃないかという美人さんにぷらーんと、それこそこの人が言ったように犬か何かを持つみたいに目の前で掲げられていたのだから危うく心臓が口から飛び出すかと思った。いやまあ、お出ましついでに抗議しちゃったけど。
しかも私の事……えっ私人のポケモンになる前でつまり野生で終わっちゃったんですけど!?ってのもあったけど、それより。


『犬!?ちょっとそこの美人さんってばッ私どっからどー見ても犬ポケモンじゃあないでショ!?耳デカ!首ふさふさ!!…ってあれあのふわもこ襟巻き激減してる!?』


ていうか全身ハゲ!?


「っ!あ、ああ…ごめんね、犬…子犬じゃなかったのかしら?でも……」


ポケモンと人間。通じないとわかってる筈なのに言葉を返してくれるどころかまるで通じたかの如く謝ってくれる辺り、優しい人なんだろうなと思うけれども。
もし仕えるならこんなトレーナーがいい。トレーナーはポケモンを七匹以上は連れ歩けないそうだから、もしも手持ちに空きがあるのなら是非そこに、仲間に入れてもらえたら…。

だけどそれは望み薄だった。
何故って美人さん…いやお姉さん……いやお母さん?は続けて言うのだ。「妾とあの人のやや子」と。
私の身体は死んだ時に比べてノミ並…は流石に大袈裟だけどお姉さんの手からちょっとはみ出るのがやっとこさな小ささだし。ついさっきの事、彼女から私は誕生したばかりだそうだし。

確かに全身の毛は消失していた。生まれたての如く。それでも「んなバカな!」と思う。
…でも…。


「漸く成せた子ですもの……どんな姿だって、妾は気にしないわ」


人間である筈の彼女からこんなけったいなモノが生まれたというのに私を撫でる手付きは、


「どう?お湯、熱くないかしら?なんて…ふふ」


生まれたばかりだからと洗ってくれる手付きは、あまりに優しすぎた。

だからさ、


「ぶいっ!――ぶい、(だいじょぶだよ!――お母さん、)」


…そんなんされちゃあ、信じるしかないっしょ。

むかーし昔、人と愛し合ったポケモンがおりました、なんて童話は聞いた事があった気がしなくもないけれど。私、種族名『イーブイ』がお母さん、人間かと思いきや――そういえばお母さんもそれがどうとか言っていたからつまりはそういう事だったのだけども――『アヤカシ』とやららしいしかし見ただけじゃわからんような外見ほぼ人のお母さんから、ほんとに生まれちゃったのだった。


「それにしてもこの子…『犬?』って言った時もそうだったけど……もしかして妾の言葉、わかっているのかしら?見付きもそうだけど何よりまだ赤ちゃんなのに…」


…いや、どうやら前世の記憶が残っているおかげで人間の言葉を生まれた途端に理解出来ている辺り、生まれ変わったと言った方が正しいのかもしれないけれども。
それもアヤカシ…妖、なんて人ともポケモンとも違うよくわからないモノがそれこそ人やポケモンお互いからすればお互い並にどこかしらには生息している、確実に前世とは違うっぽい世界に。

だってこの後すぐわかった事だったんだけど、私以外に妖としての仲間はたくさんいても誰一人…いや誰一匹?としてポケモンとしての仲間は、いなかったのだから。


「そういえば…お義母様は人間でいらっしゃるから、あなたは妾なんかに比べれば流石、お義父様やあの人の血を引いているだけあって妖気も強いし殆ど妖なのでしょうけれど、少しだけ人間って事にもなるのよね…?全く見えないけれど…」


こうして私は、ポケモン・イーブイでありながらお母さん曰くおばあちゃんがそうらしいので、つまりは四分の一だけ人間になったのである。まあ後々お母さんから妖とは何ぞやって講義を聞くところによると血の強さ多さ等の傾倒具合からしてほぼ妖みたいなんだけど。
…それにしても、ふむ。私妖気とやらが強いのか。音の響きからして妖としての力の事だろうか。…ポケモンだからってポケ気とかポケ力とかは言わないけども。

前世じゃ、進化してからならともかく私達イーブイってぶっちゃけ大して強くもない種族だし。私なんてバトル(トレーナーがいない野生でもお互い切磋琢磨してるのもいる)より木の実食べてる方が幸せだったから貧弱って言葉がぴったりだったってのに。

っていうかおじいちゃんやお父さんてば…もしかしなくとも強かったりするんだろか。
お、おおお…まだご対面してないけどなんかカッコイイぞ!




だけど、母が私を洗い終わりおくるみに包んでくれながら呟いた数分後の事だった。

“ある意味”での、進化というか、変化が訪れたのは。
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