山吹さんちのイーブイさん※奴良さんじゃない所がミソ…かもしれない | ナノ


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てゆかね、知ってて近づいてきたんだって。それもその筈。


「山、か……ってこたぁかなり家、遠いんじゃねぇか?なら名前、これから暫く夕方、家まで送ってってやるよ。昨日みてぇな事になったら大変だろ?オレも火は得意分野だからな、何だったら修業に付き合ってやってもいい。自分の身もそうだし、何よりお袋さんにゃおめぇしかいねぇんだろう?彼女を守れるのはおめぇだけなんだ、強くなっといて損はねぇだろう」


何とまあ鯉さんてば、ここら一帯が庭みたいなもんだそうでしっかりと私の事件をご存知だったのだ。

後ろ姿を、見たのだという。だから私の髪の変化(へんか)も知っている。バレてるなら今更隠しても無意味なため、私はもうポケモンだの私という不思議妖怪についてだの、訊かれりゃ普通に答える姿勢である。

しかもあいつらをとっちめてくれたのも、彼。
まあ正確にいうと彼の仲間達も手伝ってくれたそうだけど……やばいよね私、どんだけ迷惑かけてんの。いつになるかわかんないのが正直なとこ現実だけど、いつかみなさんまとめてお詫び案件だよねこれ。
…かき氷くらいなら何とかなるんだけどな、うん。それか料理で行くならお母さんのお手伝いも勿論するから(身体年齢的にあんまやらせてもらえないけど)はっぱで大量に食材切ったりくらいは出来るんだけど…微妙だな、ことごとく。どの進化後を用いるかはたぶん皆様のご想像で合ってると思う。

あと、いくら身を守るためだったからとはいえ、…あの乱闘後私のせいでボヤ騒ぎになってしまったのも治めてくれたのも――何かもうね、ここまで頭上がんないの人生ならぬ妖生は疎か、ポケ生としてすら初めてではないかとね、わたしゃ思う訳ですよ…。名前さん撃沈。もう彼の言う事は何でも聞いちゃう勢いだ。いや聞こう。聞くべきだ。

まさかあの火がそんな事になってたとは。これは完全に私の考えが足りなかった。別のタイプなんて、ことに私にはいくらでもあったのに。大火にならなくて本当によかった。ここは前世と違って木造の家が基本だから、そんな事になったら被害は計り知れない事になってしまう。
――人を沢山死なせてしまったら、きっと私は生きていけないだろう。だって私はポケモンで、それも人が好きなポケモンだから。

因みに証拠はあまりに詳しいあの変態どもの姿描写だった。『名前にこの話は酷かもしれねぇが……こういう奴等が六人、いたんだろう?』
疑う余地もない。

このように、火を操るだとか怖いくらい私の事を知る理由はそこにあった。いわば妖世界のジュンサーさん。それが鯉さんだった。
組織名は聞いてないけれどここ江戸で起こる問題や災禍を見過ごせないそうだから同じようなものだろう。

さながらマジだった。あの男達に名は聞いたにしても、少ない手がかりで私まで辿り着いたのだから。それでいて、こんな小娘一人のために二度とこんな事が起きないようって事か様子を見にきてくれたんだし。
鯉さんが近くにいるのを見れば大抵の妖は恐れおののくらしいから。ジュンサーさんだもんね、そらわかるわ。現に鯉さんと一緒に行動し始めてから今まで感じていた視線の類いは一度も感じていない。あの悪意…というよりは妙な好意がチラチラ混ざるねばねばな視線。シャワーズだからこそ(?)背筋は凍りそうでした。危うくシャワーズはグレイシアになるトコでした。

このお皿のはもうすぐ食べ終わりそう。申し出に、最後から二番目の葛餅一口をつっついてた私は、それを取り落としていた。あまりのタイミングの良さに。渡りに船である事に。

だってこの人はきっと強い。


「…じゃあ、お言葉に甘えさせてもらっちゃってもいいですか?…あ、でも修業は折角なんですが保留にして頂いてもよろしいでしょうか、…ごめんなさい」


いかんせん時間がない。
あと、


「お迎えの事、なんですけど。山の麓まで…という事でお願い出来ますか?…あっ、お礼は勿論いつか致しますので!」

「おいおい、礼なんざ要らねぇさ。オレがしたくてやってるだけなんだからよ。江戸の治安の事もあるが、何より名前が心配なもんでな。いかんせんその顔だ、さぞかし今まで付け狙われた事だろう。おめぇは確かに別嬪だからな。オレが保証するぜ」

「…そ、それは、どうも…」


何故鯉さん的思考が保証に繋がるのかは謎だけどもあまりにさらっと放られた単語はお礼のみで勿論スルー。どうしてくれんのお母さんの顔だから、ってのが考えだから辛うじて多少で済むとはいえシャワーズなのにブースターになってまうでないの。顔らへん。


「あー…コホン。それで麓までって話、ですけど。私、その……さっきもこっそりとか言いましたけど、本当母に黙って出てきてるので。鯉さんと一緒にいるの、見られるとお母さん大噴火なんです。怖いです。まさに怒髪衝天」


「わ、わかった」と些かたじろいだ鯉さん。しかし一応は頷いてくれた。「大噴火…?」とか何とか呟いてたけど。ええそう。ぶっちゃけ私のブースターなんてメじゃないからね。普段優しいからかすんげぇこえーの、お母さんの本気で怒り狂った時の顔。美人だからなの?私に例えたら弱点両方のタイプつっつかれた並、まさかの4倍ダメージもいいとこよ。まあ私は単一なのしか今んとこなれないからありえないんだけども。
(ポケモンとは二つのタイプを持つ場合、両方の弱点を突かれるとタイプ一個なら2倍のダメージで済むところがタイプ二個だと…まあお察しってやつだ)。
きっと鯉さんも正座させられちゃうんだから。

けどまさかだったよね。そんな都合のいい話なんてって、思ってた筈なんだけどなあ。

――“強く”て、事件を聞いて見ず知らずの私の様子を見にきてくれちゃうくらいには“優しい”人が、ボディーガードになってくれるなんて、さ。


◆◆◆


逃げられちまう可能性、危険性がある以上何が名前の琴線をぶった切るかわかったもんじゃねぇから、気になりゃ即出るオレが柄にもなく様子を伺うしかなかった。こんな慎重になるなんて山ン本ん時以来じゃねぇか?いや流石にそれは大袈裟か…?いやでも…。
まして焦ったからといってあんなどう考えても初対面の相手に取る行動にしては些かぶっ飛んだ手段に出ちまった訳だし。甘味に感動してあっさり水に流してくれたみてぇだからそれはまあ良かったんだが。単純という言葉が頭ん中に輝いたのは気のせいだろう。が、しかし今思えば逃げられずに済んだのは奇跡だった気すらする。

…しかしながら咄嗟に詫びるには、と甘味処に飛び込んだのはオレなのだが、名前のその危機感の無さにオレは些か心配になった。あとついでに懐。さっき女将ん所でやっちまったからな…恐らく頼るであろうテに名前の信用は地に墜ちる未来を店に入ったばかりだというのに既に感じていた。

そして話す事暫く。いきなり威圧的に出るんでなく平和にやり取りしている間に、それは聞こえた。

――『お母さん』、と。

元々明るいやつなのだろうと思っていたのだ。人見知りもあまりしねぇのかもしれない。話してる内にオレに慣れてきたんだろう、いざ話に花が咲き始めると、名前の言葉の端々に混ざり始めた事からわかった。

その存在が余程名前という妖の根幹を為しているらしい、事が。

まず母を呼ぶ時の名前の声色や瞳からして柔らかいのだ。
(その代わりお父さんと口にした瞬間、一瞬とはいえ何でだか目から元より少ない光が消えたように見えたが……)。

しかし山か……盲点だった。
――あいつ一人じゃそんな苦境で生きていける筈がねぇと、完全に心当たりから除外していた。

そうやって、薄々、オレは希望のような何かに気づいていたのかもしれない。
名前が食べ終わり暫く談笑しそして店を出て(畏使用)、「ちょおお!?お店が違うからいいってもんじゃないんですけどォォ!?」とやっぱりの無銭飲食に騒ぐ名前を何とか宥めつつ件の山の麓まで送り届けて最後、

オレは、勝負に出た。


◆◆◆


私は途方に暮れていた。

お父さんのは疎か、お母さんのすらも知らない事に。
知らなかったのだ、二つとも。

別れの間際、鯉さんは言ったのだ。

でも、だって今は見た目が違うけど私生粋…ではないけども、今生に於てはまだ三歳だもん。もうすぐ四歳だからって、子供は皆そんなもんじゃないだろうか。お母さんはお母さんなのであって、気にした事すらなくって、だからまだ知らない子がいても、何らおかしい事ではないのではなかろうか。




「なあ名前。おめぇのお袋さん、――名前、何ていうんだ?」


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