序章 | ナノ


庇護の元にあった頃が懐かしくて視界がぼやけたのは秘密である。



序章3.暫くさよなら、最近の住み処



「ざけんなあの野郎!覚えてろよ!」


はい、どごぞの負け犬風セリフを吐きました流浪の民なりかけの半悪魔天使な私です。…周りに誰もいなくて良かった。

魔界からこの空間に出るまで洗濯機にぶち込まれたかの様なぐるぐる回される感覚が何時間も続き。こちらに着いた瞬間2、3mくらいの高さから落とされたわけだが、とりあえず受け身はきちんと取った。スタッて効果音が似合った。昔だったら床に顔面から落っこちていたに違いない。

というかですね、薄暗いここは一体…建物の構造からしてどこかの学校の廊下なのはわかったんだけども。
何故に学校。

ついさっきまで魔界にいた私、だけどただ今地上、つまりは人間界にいるわけで。
神様がやらかす時は大体突然なのは経験上わかっているし仕方ないと諦めてはいるけれどどうも釈然としない。せめて質問くらい受け付けてくれたっていいじゃないか。

それでも魔界から人間界にぶっ飛ばす瞬間、一応移動時にかかる負荷を減らしてくれたのはありがたかった(あ、でも原因はヤツだ)。身体は少々痛いけど動けるし。
あれくらいのシェイクどうって事はないけれど、一応少しくらい休憩しておかないと後に響くので座って考える事にした。

しかし、髪や服が全然乱れていないのが謎だ。神様が何かしたんだろうな。一応修業の最中だったし。…ったく、そんなトコに気を回すくらいなら質問に充てさせろよちくしょうめ。




ところで天界もしくは魔界から人間界に行くのは簡単に言えば物凄く疲れる、つまり負荷が半端じゃない。


「(あーあ、なんか視点低いと思ったんだよね、手足短いし腹もぽんぽこ…。メタボ的ではないけど)」


そう、神様の助力を得てなお、私の姿が赤ん坊サイズに縮小してしまう程に。

…ほんとマジ周りに人がいなくて助かった。まあ周りは既に夜の帳が落ちていた、そんな明るさからして下校時間は疾うに過ぎている。生徒はみな帰宅したのだろう。

しかし困った。場所はわかってもこんな姿だ。のっけからピンチじゃないか、私。

そもそもなぜこんな事態に陥っているかというと。

天界は人間界から見て遙か上空、言葉通り雲の上に存在しており、魔界は遙か地中の地殻に覆われたところにある。人間界はその中間程に位置する。
天界と魔界を行き来する上での問題点は、距離があり時間がかかる+筋肉痛になるくらいなものだが、実は人間界に行くには距離は半分程度にも拘わらず、身体にもの凄い負荷がかかるので並大抵の力では辿り着けないようにされているのだ。魔界から地上ならロッククライムを、天界からならば底の見えない階段をひたすら降り続ける感覚を何日も続ける感じとでもいえばよいのだろうか。

…まあ、そうでもしないといたずらに人間界へ天使や悪魔が遊びに行ったり悪い奴は悪事を働くから。だから人間界に行く場合は、きちんと天使なら神様、悪魔なら魔王様に許可(正当な理由付き)を取り、尚且つ移動するための力を借りてから行うのが天界と魔界での常識だ。破るとそれなりの罰もある。

加えて神様や魔王様はないだろうが天使と悪魔が天界と魔界以外に行った場合、環境の違いから天使は太陽が沈んでいる間、悪魔は月の光が弱まる時間帯は身体が年齢にかかわらず縮んでしまうから厄介だ。
理由として、天使は陽の光を、悪魔は月の光を浴びてエネルギーを補給するので人間界の時間軸によってはどうしてもそうなるのだ。(天界は常に太陽がお目見え状態、魔界は月の輝く常闇である)。日本でなら単純に前者は夕方から夜中そして早朝まで、後者は逆に残りの早朝から夕方までである。
さながら電卓の様だと思う。光が当たらなくなった途端数字消えちゃうアレ。

それと、身体が弱った時も往々にして縮みがちになる。これは個人(実力)差や衰弱具合にもよるんだけど。
私にも半々ではあるが身体は結局悪魔と天使なので残念ながら適用される。

因みに天界と魔界では普段の姿を『元の姿』呼び、それに対し今の状態は『仮の姿』と言われている。

あと、この姿の時は普段の半分程度の力しか出せないので注意が必要だ。
身体もほとんど重さがなくなる。元々天使も悪魔も飛びやすくするためか異常に軽い生き物なので、縮めば尚更である。

そこで、今の私の姿に繋が……らないよね本来なら私、縮まずにピンピンしてるはず。いきなり過ぎて力を渡しきれなかったな、あのアホ神め。マジで何がしたいんだ。
一応アイツ自身が言ってきた事だから許可云々は心配してないけどさ。

やはりそれなりの負荷の影響だ、動けるといってもこれじゃあ力の半分さえも出ないだろう。

しかしこの姿、頭デッカチで漫画風にデフォルメされた二頭身キャラクターな見た目ときたもんだ。身体ちっちゃい。おめ目もよっぽど元々の目付きが悪くない限りつぶらになってしまう。せめて自然な赤ん坊体型ならまだマシなんだが。
…どちらにしてもハイハイ移動じゃなく二足歩行するから赤ちゃんにしては不自然過ぎるけど。しかしこの姿になったからといって今更ハイハイ移動なんぞしようものなら、私の精神に大ダメージだ。

尤も、実力があればずっとそのままでいられるから私も多分明日には体力は回復すると思うし元の姿に戻れるのだろうが、そういえば私はどちらかと言うと悪魔寄りだから(しかも吸血鬼も昼…というか太陽は苦手だし)、昼に縮むのか。

え、仮の姿のままじゃ外歩けなくね?…地上でとりあえず百歩譲って夜寝る時以外、ずっと元の姿でいられるくらいの実力がついている事を明日まで祈るしかない。

まあ最悪、エルフの力でも何でも使って姿を誤魔化すしかない。
エルフは魔術系統が得意だからね(私は非常に苦労したけど…だってクォーター以下の血しか入ってないもの)。これでも攻撃魔術に加え幻術呪術等も修業の一部として鍛練したんだ、今では幻術を掛けるのも解くのも朝飯前ってやつ。やばい私ホント人間らしさ残ってない。




ここで本題。結局ここはいつどこなのだろう。
学校なのはわかるが、だからといって根本的な解決にはならない。

神様は最初の人生がどうとか吐かしてたけれど、あれはどういう意味なのか。

とにかく情報収集だ。薄暗いといっても夜目には自信がある。吸血鬼は総じて夜に強い生き物だし今の私は半分悪魔だ。周りの暗さは全くもって問題ない。まあでもここは廊下の窓から差し込む月明かりもあるので、普通の人でもそこそこ見える暗さだけど。
と、そこでちょうど発見した壁に貼ってあるポスターの文字を確認してみた。

…うん日本語だ、助かった。そういえば横にある教室のドアの上には、“理科室”とある。
ラッキーな事に何かイベントの告知らしく日付(今は4月らしい)も書いてあり、私の最初の人生とあまり変わらない時代なのもわかった。
…神様の言っていたのはこの事だったのか。
その時。

ちょっと安心していたのがまずかったのか。


「――そこで何をしているの?」


今は当然知る由も無かったのだけれども、ここから既に、私の災難は始まってたんだと思う。
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