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9.昼下がりの過ごし方




「こーんにーちはー!」

明るい声がいつものように住宅街の路地に響く。

「天馬!蘭丸さん!」
「いらっしゃい、ふたりとも」
「お邪魔するよ」

抜け出しが日常化した王女姉妹が町の知り合いの家を訪ねるようになってしばらく。

「お土産。もらい物のクッキーだ、紅茶に良くあうぞ」
「それはいいな、どの紅茶がいいかな」
「あー、あの銀色の蓋の茶葉がいいな」
「じゃあそうしよう」
拓人が台所に向かい、それに蘭丸も付いていく。手伝う様子はもうとっくに馴染んでいる。

「もう随分手馴れたね、蘭丸さん」
「ね。もう結構来てるからかな」
「ていうか、二人ともしょっちゅうここに来るけどさ、学校とか行ってないの?」
「俺たちは家庭教師に教えてもらってるんだ、学校は行ったことないよ。だからこんな真昼間っから遊びに出かけられるんだ」
「それもそうかぁ・・・僕も拓人さんも、大人の人が勉強を見てくれる」
「へぇ、確かに学校に行ってる気配はないと思ったら」
「僕たちこの国出身じゃないから・・今も事情で一時移住みたいな感じだし」
「そうなの?どこの国出身?」
「僕たちはすぐ隣の国だよ」

その言葉を聴いた瞬間、天馬の顔が僅かに、―本当に僅かに、凍りついた。
でもすぐそれを隠し、いつもの顔に戻る。

「へぇ、そっか・・・・あのさ、信助。俺たち実は内緒で遊びに出てるんだ。両親には二人みたいにあまり外に出るなって言われてる。いつも家を抜け出してるんだ」
「え!?そ、それってまずくないの?」
「まずいけど・・・まあここに遊びに来るくらいはね。息が詰まっちゃうからさ、姉様なんか俺よりも抜け出す回数多いんだよ」
「意外だなぁ、天馬より蘭丸さんのほうが行動的なの?」
「まあ、脱走に関してはね。ってことで、このことはなるべく内密にしといてね」
「僕たち、一緒に住んでる大人の人に天馬たちのこと言っちゃった」
「だからこれ以上はさ」
「うん、わかった。アシがついたらまずいもんね」
「あはは・・・」

そこに、蘭丸がクッキーを手に持ち、台所から戻ってきた。
「すぐ紅茶も入るからな」
「ありがとうございまーす、クッキー美味しそうだね!」
「うん、それに紅茶のいい香り・・でもこれどこかで嗅いだことあるな、信助、茶葉どこで買ってるの?」
「ちゃんとしたとこで買ってるよ、大通りから一本入ったところにあるあの・・・確か『Sun−Garden』っていう紅茶専門店だったかな・・・」
「あ、なるほど嗅いだことあるわけだ、うちも茶葉そこで買ってるから」
「なるほどー」
「紅茶、入ったぞ」
拓人も4つのカップを持ち、テーブルにやってくる。
カップから香る紅茶はアールグレイの香りがした。


夕暮れの大通りを、蘭丸と天馬が歩く。
「あのクッキー、王宮でも食べたな」
「そうですね、あれは残ったものを包んできましたから」
「・・・・王宮で食べたときより、ずっと美味しいと感じなかったか?」
「はい、きっと拓人さんたちと食べたからですよ」
「そう・・・だよな」

蘭丸は、地面を見つめて、それから顔を天馬に向けた。

「黙って食べるものより、楽しく話しながら食べるものの方が美味しいなんてわかりきってるのにな」

萎縮した空気のなかで、馬鹿みたいに長いテーブルで、両親や妹がいても親戚がいても、楽しい会話なんて出来ないままの食事をしてきた。
使用人や天や来訪者と話しながらお茶を過ごすことはあったけれど。

「町にあるものが、王宮にはないんだな」
「今更、ですよ」
「もうそれがわかったから充分だ」
「そうですか」
天馬がくすくすと笑う。蘭丸が訝しげな顔でなんだ、と尋ねると天馬は何でもありません、とまた笑った。


「倉間、開けてくれ」
「お帰りなさいませ、脱走王女姉妹」
声をかけられた倉間は一度ため息をついてから、姉妹を睨んだ。
「そう睨むなよ」
「睨みたくもなります」
「ごめんなさい、倉間さん」
「天王女・・・これっぽっちも悪いと思ってないでしょう」
「そ、そんなことないですよぉー・・・」
門をくぐり王宮の中に入ろうとする二人に倉間が思い出したように振り返り、声をかけた。
「そうだ、お二人、速水から伝言です。『お洗濯物はお部屋の籠に出して、お風呂に入ってください』とのことです」
「わかった。そうするよ」
感謝の意を込めて手を振ると、軽い一礼を返される。
そのまま二人は自分の部屋に向かった。

浴室の脱衣所の扉を開けると、またいつかのように速水が働いていた。
「あ・・・お帰りなさいませ王女」
「ただいま。準備もうできてるか?」
「もう入れます。あの・・・天王女と一緒にご入浴されますか・・・?」
「待たせるのも悪いしな、別にかまわないから」
「わかりました・・・・あの、王女」
「なんだ?」
速水は言おうかどうしようか迷いながら、ゆっくりと言葉を発していった。
「最近また抜け出す回数が増えてるのは今更ですが・・・・誰か、その・・・気になるお方でもできましたか?」
「え、・・・・なんで」
「あの・・・最近、なんだかまるで・・・・恋をしていらっしゃるような表情を時折しているような気がして・・・・」
「恋、って」
「あ、出すぎた真似をすみません、俺の勘違いかもしれないんでお気になさらず・・・!」
「いや、別にそんな恐縮しなくても大丈夫だけど」
「うぅ・・・はい」
そこでまた扉が開いた。
「失礼します、姉様?速水さん?」
「天」
「姉様、一緒にお風呂入ってもいいですか?」
「かまわないぞ。・・・・それじゃ速水、俺・・・」
「あ、わかりました・・・変なこといってすみませんでした、失礼します」
「こっちこそなんだかごめん。じゃあ」
そういって、蘭はバスルームのドアを開け、蒸気に紛れていった。

ぺたり、ぺたりと水にぬれた足音が近づく。
バスタブに浸かった蘭は近づいてくる天に声をかけた。
「なんだ、天。一緒に浸かるか?」
「あ、じゃあ失礼します・・・・あの、姉様」
「さっきのことか?」
「はい、どうしたのかなって」
やっぱりこいつは真正面から訊ねてくるな、と心の中で苦笑いをする。
蘭が目を閉じてふう、と息を吐いてから答えた。
「速水に言われた。最近恋をしてるみたいな表情をするって」
「え、恋、ですか」
「別にそんなことないのになぁ・・するような相手もいないじゃないか」
「何言ってるんです、いるじゃないですか!」
「は・・・・まさか、拓人か?」
天はバスタブの湯の水面をぱしゃんとたたき、少しオーバーに反応した。
「まさかって、拓人さんしかいないじゃないですか!しかも最近なんて!!」
「わ、わかったわかった、落ち着けよ・・でも、拓人を多分俺はそういう対象で見てないぞ?きっと拓人もそうだろ」
「そんなのわかんないじゃないですか!拓人さんなんかすごく蘭姉様のこと気に入ってますし・・・」
「それはありがたいが・・・」
蘭の表情が一転、曇り顔になる。

「例え恋をしたとしても・・・叶わないんだよなぁ、どうせさ」
「姉様・・・」
「というか、そもそも拓人は恩人だし・・・大事な友達だ」
「そうですかねー?」
「そうだよっ」

何だつまらない、と口には出さなくても表情で読み取れる。
それ以上何か言うとまた突っつかれそうなので、蘭はそれから口を閉じた。



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