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7.もう一組の姉妹



彼らの家は住宅街の少し奥まった場所にあるようで、未だに来たことの無い知らない道を進んだ。
しばらくして足が止まり、一枚の木製のドアを少年が軽くノックする。
「ただいま戻りました、拓人さん!お客さんですよ!」

どく、と心臓がなる。

「おかえり・・・客?」
「ほら、昨日崩れてきた木箱から助けたあのピンクの髪の!」
「な・・・・!?」
「お、お邪魔しまぁす・・・」

入るタイミングを微妙に掴み損ねておずおずと顔を覗かせる。
昨日聞いたばかりの声がする。やはり昨日の栗毛の少年だ。「拓人」という名も間違いない。
彼だ。

「い・・・いらっしゃい」
「・・・・お邪魔します」

「そんじゃ、こちらにどうぞー」
「ありがとう」
「紅茶でいいか?今コーヒーは切らしていて・・・」
「紅茶がいいです、コーヒー苦手で・・・・」

「・・まさか、こんな形でまた会うとは思わなかった」
「俺もだよ。まあ少し気になってはいたんだが・・・」
「あの時は本当に助かった。もう一回礼を言おうと思っていたんだ、ありがとう」
「いや、反射で助けただけだからいいんだ、例には及ばないよ。それより、また会えたことが嬉しい」
「・・・そ、れは俺もだけど・・・」
「姉様、顔真っ赤ですよ」
「うるさい」

にこりと笑った彼に反応してしまい、自分でも顔が火照るのがわかったがそれを指摘した天に蘭は半ば八つ当たりで反論した。

「そういえば、お二人はなんて名前なんです?まだ聞いてませんでしたよね」
茶菓子の用意をしていたあの水色のバンダナの少年が尋ねてきて、蘭も天も面食らう。
今まで名前を尋ねられることなどなかったのだ。訪ねられる機会を回避していたとも言える。
ここで正直に答えては王宮の人間、この国の王女姉妹だということがばれてしまうだろう。何せ姉も妹も同じ性別、同じ名前では偶然とは考え難い。
蘭は怪しまれないような間で、頭をフル回転させた。

不自然ではない偽名を―・・・

「・・・俺は、蘭丸。妹は、天馬だ」

本名の字を加えた、別の名前。口に出した瞬間、慌てて考えた出任せに近いものなのに、妙にしっくりきていると感じる。
「蘭丸と、天馬・・・わかった。俺は拓人。こっちは信助。よろしくな」
「よろしくおねがいしまーす!」
「あ、こちらこそ!よろしくね、信助、拓人さん」
「よろしく、二人とも」

そう言ってあいさつをしあい、『蘭丸』は一息ついてカップを持ち上げ、紅茶を啜った。
小さな危機を乗り越えた直後だからか、動悸はいつもより幾ばくか早い。
だがそれでも、ふと視線を上げて見やった拓人と目が合い、尚更動悸が早まる自分自身には気付きもしないのであった。


「え、じゃあ拓人さんと信助は兄弟じゃあないの?一緒に住んでるのに」
「違うよー、ちょっと事情があって僕と拓人さんと後もう一人、今は仕事探してていないけど大人の人と三人で住んでるけど、僕ら皆血縁関係はないんだ」
「へえー・・そうなんだ」
「それを言うならさ、蘭丸さんと天馬は姉妹なんでしょ?さっきから気になってたんだけどなんで天馬は敬語なの?」
「うーん、昔からの癖かな。両親が小さい頃からそう呼べって言ってきたものだから」
「珍しいね」
「はは、確かに・・・・」

話が弾んで随分長いこと話している気がする。特に口数が多いのは天馬と信助だ。この二人は同い年だということが判明し、拓人と蘭丸が同い年だということも判明した。
楽しそうにきゃいきゃい話しまくる二人を、にこにことこれまた楽しそうに眺める拓人に蘭丸が若干遠慮がちに尋ねた。

「ごめん煩くて・・・ずっと笑ってるけど、お前そんなに楽しいか?」
拓人はきょとんとした顔を一瞬して、ああ、と頷いた。
「買出し以外はあまり外に出ないように言われているからな。家の中に居るのも最近飽きてきたところだから。」
「あまり外に行けないのか?なんで?」
「さっき信助が言っていた大人の人の言いつけだ。・・・でも、外には出てはいけないけど、知り合いが尋ねてきて話し相手になってくれる分には、問題ないだろう?」
「・・・・っはは、そうだな!」
言い訳がましい屁理屈を言うような口ぶりが少しおかしくて、噴出した蘭丸に拓人があ、と反応した。
「笑った」
「へ?」
「今笑ったけどさ、あまり笑わないな、って思ってたんだ、ずっと。なんか構えてる表情だった」
「そうなのか?」
「ああ。・・・笑ってるほうがいいと思う。あと、楽しくないのかな、ってちょっと不安だった」
「そんなことない!楽しいよ、こんなこと初めてだし・・・」
慌てて否定すると、彼はまた笑う。蘭丸は自分は笑ってないと言われたが、拓人は逆によく笑うな、と思う。
「それなら良かった。・・・良ければこれからも此処に来ればいい。信助も基本出かけられないから俺以外の話し相手がいると楽しそうだし、俺も楽しい。お前たちならいつでも歓迎するよ」

そう言われて、純粋に嬉しかった。王女の蘭と天としてではなく、何者でもないただの町人として見られた蘭丸と天馬を、好いてくれたということが。
それでも一瞬、これ以上関わっていいのかと迷う心を見つけたが、友人と呼べる相手が出来たという喜びに勝るほどの力はない。

「・・・ああ、時間があれば寄るよ。ありがとう拓人」
「また紅茶でも飲もう。あ、コーヒーもあるぞ?」
「天馬はコーヒーは苦手だ。俺はどっちでも飲めるけどな」
「わかった」
「もう暗くなりそうだから、今日はお暇する。明日か明後日か、また近いうちに来る」
「そうか、気をつけて帰れよ」

席を立つと、拓人も続いて席を立つ。
「天馬、そろそろ行くぞ。倉間が怒る」
未だに信助と話している天馬に声をかけて、ドアを押す。
「じゃあ、また」
「お邪魔しましたー」
「またねー天馬!蘭丸さん!」
「またおいで、気をつけて帰れよ」

手を振って別れを告げ、もと来た道を辿る。少しだけ暗い道ではあるが帰るのにそれほど時間はかからないだろう。
蘭丸も天馬も、王宮に帰る足取りが軽いと感じた。

「姉様、嬉しいですね」
「そうだな」
「楽しかったですね」
「ああ」
「また行きましょう」
「当然だ、天馬」
「はい、蘭丸姉様」

そういって笑い合う。
町にいる間自分たちは『蘭丸』と『天馬』だ。王宮の自分とはまるで違う町人の自分。本当の自分に名前をつけたみたいだと思った。

ざわめく通りの音の洪水と、日暮れの所為で紫になった空気の町並みと行き交う人ごみに、町人たちは紛れて姿を消した。




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