私の手を取って君は、駆け出す | ナノ


私の手を取って君は、駆け出す



(さも孫♀出会い話)
(三年生が14歳)


学年一の記憶力を持つ彼の能力は、道を覚えることだけを拒否してでもいるのだろうか。
神崎左門、彼の決断力のある方向音痴は傍迷惑この上ない。

この日も、彼は迷子だった。


「ここはどこだー!?」

放課後の校内、友人富松の委員会があると言うのでそれを待っていたのだが、余りに遅いので校内を探し回っていたはずだった。
が、左門は今自分がどこにいるかを見失ってしまったのである。

辺りを見回しても見覚えのある顔はいなかった。いい加減自分の方向音痴を多少は認識する年齢ともなり、知ってる人には頼れと学んでいるのだが知っている人がいないのはどうしようもない。
校内を歩いていけばきっと見覚えのある道には出るだろう、とそんな無鉄砲で彼にとって危険極まりない策をとった時だった。

がさり、と茂みが音を立てる。
風でそよいだ音ではなく、明らかにイキモノの気配を感じさせる音だ。
音のした茂みには生物委員会の札や柵やらが立っていた。恐らく餌の植物やちょっとした放牧を行う場所なのだろうな、と知らないながらも想像がついた。
だが放牧は行われていないようで、脱走か、野生の動物か。
深い草を分けると動くものが見えた。モグラかなにかだろうか、と探ると、鮮やかな赤がするすると地面を滑っていた。

―蛇か。

何故こんなところにいるかはわからない。野生かもしれないが、そういえば同じ学年に爬虫類を愛する女子がいた、と思い出す。
その子が一等愛する蛇も鮮やかな赤い蛇だった。確か、ジュンコという名の。

逃げ出したのだろうか、それならば元の場所に戻してやらねばなるまいか。
ただ蛇の扱いなど知らないし、噛まれるのはやはり怖い。

「ジュンコ、ジュンコだろう?」
するすると這いずる彼女に試しに声をかけると、名前に反応したのか動きを止めた。
後ろの左門を振り返り、金色の目を光らせながら赤い舌をちろちろと見せる。
爬虫類は苦手でも得意でもない。噛まれるなどの恐怖が付きまとうなら積極的に関りあいたいとは今まで思ったことはなかった。

だが、左門はその姿に見とれた。

「美しいな、お前は」

艶も色も生き物なのに絵に描いたように鮮やかだ。模様も目も、動きすらとても美しいと思ったのだ。
やっぱりこの蛇はあの――そうだ伊賀崎孫兵の蛇だ。

「・・・よほど可愛がられているんだな」


ぽつりと、ジュンコに話しかけるような声で言えばこちらに向かってくる。もうあまり怖くない、と思った。
「生物室に帰ろう」
腕を出せば少し間を空けて腕にするり、と絡みついた。体はあまり温かくなかった。



「生物室はどこだーーー!!」
茂みの中を突き進んだりグラウンドを横切ったりしているうちにさっきの場所に戻ってきてしまった。
このままではジュンコが弱るばかりかもしれない。どうすればいいのだろうか。

試行錯誤しているうちに、人の気配がした。

「ジュンコ!」
「・・・・伊賀崎孫兵、か?」

息を切らせて走ってきたらしいその女子と名前は一致した。
女子にしては長身ですらりとした体やそこらのモデルよりも整った顔、間違えるはずが無い。

「茂みの中にいたんだが、こいつは逃げ出したのか?」
「うん、放課後生物室に行ったら、水槽にいなかったんだ」
「良かったなジュンコ、親友が迎えに来たぞ!!」
そう言ってジュンコを孫兵に手渡すと、酷く驚いた顔をされた。

「・・・君は怖くないの?ジュンコも、僕も」
左門は丸い目を更に丸くして一瞬間をおいて答えた。
「怖くないぞ!お前が怖いわけはないし、ジュンコは実に美しいからな。それに賢い」

さっきそのことを実感したから言える。
名前を呼ばれて反応する、帰ろうと言われて従うのなら充分に賢い。
爬虫類を愛する者が怖がられるのもわからない。

人が「違う」と言うことに敏感だからこそだが、左門は怖がる必要を感じないのだ。
彼にとっては当たり前のように存在する論理だったが、孫兵には意外だった。彼女は寧ろ、怖がられないことにあまり慣れていない。

「・・・ありがとう」
二つの意味でのお礼を言うと、左門が笑い返した。
「生物室に行こうとしたんだが見つからなくてな」
「見つからない、って・・・」

そこで孫兵は学年で有名なあの迷子たちの存在を思い出した。

「生物室がわからないのか?」
「場所が何故だか見つからないのだ!」
「・・・・・君の名前は?」
「ああ、自己紹介がまだだったな、神崎左門だ!」

ニカリと笑い、右手を差し出してくる。握手を求められているのだとはわかった。
反射で、少し躊躇する。特別親しい訳でもない人と触れ合うなんてほとんど初めてに等しいのだ。反面、拒否される事は多かった。
遠慮がちに右手をそっと差し出すと、あまり大きくない手がその手を掴んだ。

「よろしくな」
「・・・・うん」

孫兵の体温は低い。手の温度は人並みはずれて冷たい。
高い温度を苦手とする爬虫類のために人が適応したのかもしれない。
嫌いな手ではなかったけれど、それすら人は「違い」として見る。

「冷たくて気持ちのいい手だな」
「神崎・・・くんは、そう思うんだ」
「神崎でいいぞ、僕は子供体温だから熱いだろう」
「温かいよ」

この男は優しいのだろうか。
それともただ真っ直ぐなだけなのだろうか。
どちらにしても、とても笑顔に似合う男だと思う。

孫兵にとって、未知のものだ。


「・・・・ジュンコが」
「ん?」
「ジュンコが、君のことを気に入ったみたいだから。また会ってあげて。」
「ああ!もちろんだ!!そのためには早くジュンコを生物室に戻そう!」
「ちょっ・・・そっち逆・・・・!!」


繋がったままの手が温かい。
もっと知りたいと思う。
もっと関りたいと思う。
人嫌いの孫兵がそう思ったことからひとつ、始まる。


私の手を取って君は、駆け出す





さも孫♀出会い話。自分が方向音痴って事くらい認識してもいいんじゃないかとね。作兵衛はこの後左門を探して校内を駆け回ることでしょう。苦労人作兵衛好きです。怒鳴らせたい。title:銀色懐中時計。






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