【フロウとアネラ】



ガツン

そんな木と木のぶつかりあう鈍い音を立てて自身と鍔迫り合いとなった相手を、フロウどこか面白く感じながら向き合っていた。
隊の稽古をつけるのは久々だった。どうも自分が稽古に出ない間で隊士は随分と成長しているようだ。

我が子の成長を思う親のような心境になりながら、虫でも払うような若干雑な大ぶりで向き合っていた隊士を木刀で弾く。
自分の怪力をある程度はセーブできたとは思ったのだが、どうも久々で出力を間違えたらしく、隊士は宙を舞うことになった。

地に落ちてなんの動作もないことに流石に慌てて、片手で構えていた木刀をその場に放り出して駆け寄る。


「っと、悪い! 大丈夫か!?」


打ちどころが悪かったのかと近寄って様子を見るが、どうも自分が少しの時間とはいえ空を飛んだことに驚いただけらしい。
手を差し出し、助け起こす。


「ぱっと見たところ、怪我はないようだが……。ちょっとでも痛いって思ったら医務室行っとけ。あと、悪かったな」


ハンデとして片手のみでの模擬戦としていたのだが、それでもどうやら足りなかったらしい。


久々とはいえ力のセーブができないのはまずいな。もう少し稽古に顔を出すようにしよう。


これからの稽古について考えていると、ふと話し声が聞こえてきて上を見る。声の出ところを見ると、誰かと話しているアネラを見つけた。
その姿はやけに凛としていて、話相手らしい男よりも大きく見えた。


「……フロウ隊長?」


不思議そうに名前を呼ばれて、意識を戻す。


「あー、悪い。俺ちょっと抜けるわ。あと副隊長さんに任せといてくれ」


それだけ言ってちらりと上に視線を投げると、それだけで俺がどこに向かうのかを察したらしく、言われた隊士は苦笑をこぼしながらも頷いて見せた。


もう一度しっかりと見上げて彼女のいる階に見当をつける。

全力で走りながら建物に入り、階段を駆け上がる。

目標であるアネラのもとに、全力疾走で向かう。


「フロウ? そんなに急いで、どうしたんだい?」


走りこんできたのを声をかけられ、視線をそちらに向ける。当たり前だが、声の主はアネラだった。

少し荒れた息を整えながら周りを見渡す。
隣にいたはずの人物は見当たらない。会話は終わっていたらしい。先ほど窓から見えた凛とした表情はすでに消えていた。

俺の姿を認めて、ゆっくりと歩み寄ってくるアネラの姿に、安心する。
そこにいたのはいつものアネラの姿だった。


「……なんだ。やっぱり小さいままかよ、」

「……顔を見た、第一声がそれとは。喧嘩を売られたととっていいかな?」

「いや、」


男所帯の騎士団内でトップを担っている彼女にそういった言葉の類はエヌジーワードだったらしい。
むっとした表情のまま軽く足を蹴られるが、見下ろすことができるうなじの愛らしさにそっと微笑む。


「身長では勝ってたいっていう健気な男心だ」


珍しく、油断したようなぽかんとした間の抜けた表情を作り出すアネラの頭を片手で優しく撫でた。


「えっと……?」

「ま、お前はいつも小さくって間の抜けた笑顔しとけばいいんだってことだな」

「……ねえ、どういう意味」

「悪い意味ではねえよ」

「……」


拗ねたように俯きながらも手を撥ね退けないでくれる彼女の優しさに甘えて、彼女の髪を梳く。
そうして、ふと、昔聞いた話を思い出し、見えない角度で髪に口づけを落とす。


「フロウ? どうした?」

「……いや、なんもねえよ?」


気付かないでいい。そのまま、何も知らないでいればいい。そうして何も知らないまま、その小さな背を俺に守らせてくれ。
お前が俺を呼ぶその声も姿も、俺にとってのすべてだから。


「……フロウ? 本当に大丈夫か? 何かあったなら聞くよ?」

「へえ、やっさしいね。でも、一兵にそこまで心を砕いてたら、辛くねえ?」

「何言ってるんだ。お前は私の大切な親友だから、心配くらいする」

「……、ありがとさん」


手を伸ばせば届く距離を保ったまま、二人並んで廊下を進む。

守りたいと思うのは大切な親友で、組織の核となっている人物だから。
そんな彼女に認められているのは知っている。頼られていることも知っている。親友と公言出来るし、されていい距離をつかめている。

これ以上望むつもりもないし、望むようなことがない最高の距離感だ。

自分の中では親友という項目でアネラとの距離は処理されているはずだったのに、ちくりと、どこかが痛む音がした。






手を伸ばせば届くのに、気が遠くなるくらいに遠い距離




小さく痛むのは俺の欠片の破片であって、俺自身は全く痛むことなんてないのです。想いは厳重にしまいこみました。


 
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