【翔と蒼】



「蒼、蒼!」

「なんじゃ。騒々しいのう」


二人がけのソファーを悠々と一人で寝ていた蒼(アオイ)に、かけられた少し高めの元気な声。
基本的に蒼を含めた面々は滅多な事では騒がないような神経の図太い、又はおおらかな方々が多いのでこの声の持ち主は二人しか心当たりが無いのだが。

うっすらと瞳を開く蒼。視界はやはり明るく、思わず目を細めた。

目の前にいたのは予想通り、紫苑(シオン)。もう一つの候補であった煉焔(レンエン)はと言うと、原型で日に当たりながら窓辺で寝ていた。


「あのね、申し訳ないんだけど洗剤のストックなくなっちゃったから買ってきてくれないかな?」

「洗剤? 紫苑、自分で行ったらどうじゃ?」

「うん。私も蒼に任せるのは駄目だとは思ってたんだけど……」

「けど?」


紫苑が区切った言葉に嫌な予感がして上半身をソファーから上げる。


「宵藍(ショウラン)と梓萌(シホウ)が一番暇そうな蒼にやらせろって」

「あやつら……」

「本当にゴメンね! 今日は特売日だから私が絶対に行きたいんだけど、今日に限って他のお店で野菜の安売りやってるの!」

「……所帯じみとるのう」


思わぬところで熱弁されて、宵藍と梓萌に向いていた怒りは奇妙な事に立ち消えた。
それに本当に申し訳なさそうにしている紫苑に怒るほど、性格は悪くないと考えている蒼はとりあえず紫苑の提案に了承した。


「翔と灰、その会話の元である宵藍と梓萌は何をしているのかの? あと、其処でぐっすり寝ている煉焔任せると言う手もあると思うんじゃが」


一応頷いたものの、やはり極力動きたくは無い。そんな思いから個性豊かな面々の名を挙げる。


「えっと、翔は何時もの事だけど朝食と昼食作りを手伝ってもらって、灰と宵藍と梓萌はこの前の特売に付き合ってもらったわ。
煉焔にはお風呂掃除とかの掃除のお手伝いをやってもらったから、」

「何処の店に行けばいいのかのう」


そういえば此処最近家事を手伝った記憶が無かった。
紫苑の言葉を遮るように立ち上がり、軽く身支度を調える。

申し訳なさそうな表情をした紫苑から店のチラシを受け取り、玄関から外へ出る。


「あれ? 蒼ちゃん出かけるの? 僕も途中までで良いから一緒に言って良いかな?」


外は晴天。早くも真後ろにある家が恋しくなった蒼が歩き出そうとした時、声をかけてきた翔(カケル)。
彼の背景に太陽があるから眩しくて目を細める。


「一人で行ってはどうじゃ。儂がお主に付き合わねばなるぬ理由もあるまい」

「僕、寂しいの嫌いなんだ。だから、此処は僕の我侭だと思って付き合ってよ」

「それならば構わないが」

「本当? よかった。僕だけで行くと目的地に着くのが大体十倍くらいかかっちゃうからさ」


本気で笑い事にならないことを笑いながら言って歩き出す翔。蒼は紫苑から借りた大きな鞄を握りなおし、その背を追った。


「ねえ、蒼ちゃんって騒がれるの嫌いでしょ」


話の流れも何もなしにいきなり言われた言葉に戸惑うが、別段間違ってはいないので素直に肯定する。


「ああ」

「あからさまにそうだもんね。そういうのちょっと憧れるよ」


翔に意味がわからない、と言った表情を向けるとその視線に気付いたのか人に好かれる笑顔が蒼に向けられた。


「僕は誰にでもいい顔しちゃう奴だからさ。煉焔君とか、皆みたいに自分の言いたい事言える人とか、蒼ちゃんみたいにサバサバした人に憧れるんだ」

「ほう」

「あーほら、そういう感じ。なんかあっさりしてるところ」

「……変わった奴じゃのう。憧れていると言うならば、そうなれば良い話じゃろ」

「えー無理無理。そういう柄じゃないし、僕がやったところでサマになんないよ」


なれないから憧れる。手に入らない物ほど欲しくなる。子供の時のそういう感情と同じようなものなのだろう。

蒼の目的地に到着し、自然と足は止まった。


「蒼ちゃんは何かに憧れたりしないの?」

「……儂は」


何か、何か。


「特に、興味持つものはないかのう」

「……やっぱり蒼ちゃんってカッコいいね」

「馬鹿にしておるのか」

「褒めてるんだよ」


にこり。向けられた笑みは相変わらずの人好きのする笑みだった。


「あ、蒼ちゃんの目的地は此処か。じゃあここでバイバイだね」

「ああ」

「じゃあまた後でね」

「……ああ」


笑みを浮かべたままひらひらと手を振って通りを更に進んでいく翔が見えなくなるまで見てから、蒼はまた歩き出した。


「……憧れか」


何故か脳裏にはつい先ほどまで近くにいた彼の顔がちらついた。






自分に無い物を持つ者に惹かれるのは、私達の性なのだろうか


 
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