【翔と灰】(翔がパーティー加入時のお話)



俺一人だけだと思っていた空間に、響く足音。その音を聞いて、小さく溜息を吐いた。

振り向かなくても誰だか分かった。
こんな所にやってくる物好きなんて、一人しか思いつかなかった。


「あんた、また来たの?」

「あれ? 起きてたんだ。てっきり寝てんのかと思ったから驚いちゃった」


嘘つけ。

けらけらと笑いながらもしっかりと俺の目に視線を合わせながらそんな風に言ってくる奴に、俺は心の中で悪態をつく。


「あんたって暇人? なんで態々こんなところに何回も足運んでるわけ?」

「やだなー。こんなところを拠点にしてる君には言われたくないよ」

「………」


最近言葉を交わすようになって気づいたのだが、此奴は見た目の割に口が悪い。というか皮肉が強烈だ。


「それで、今日は何?」

「珍しいね。話し聞いてくれるんだ」

「聞かないと、お前は何時までもここにいるだろ」

「まあそうだけどさ。君、最初の頃に比べると随分と丸くなったよね」


今度はくすくすと笑う。

何がおかしいのか分らない俺は、ギロりと此奴を睨みつける。


「だって、あった途端に技打ってきたじゃん。流石の俺でも怪我するかと思った」

「……怪我、させる気で打ったからな」

「ひっどいなー」


会話が途切れて続く沈黙の時間も、不思議と不愉快に思うようなものではなくて。そよぐ風が気持ちいいとさえ思えるなんて。


俺も毒されたな。


そう思っても、やっぱりこの空間は居心地のいいもので。


「届くと信じてたんだ」

「……何に?」


思わず、唐突に発してしまった言葉に、此奴は条件反射の如く返答してきた。

そして、己が考え無しに返答した事にか、それとも他の何かに対してか、僅かに顔をしかめて俺を見ている。


「我慢すれば、耐えていれば、何時の日か太陽に届くと」

「……へえ、」


端的に纏めればそういうことを、考えていた。

目を細めて俺の言った意味を考えて言葉にしようとしたそいつが言葉を発するより先に、更に自分の言葉を重ねる。


「実に幼稚だったよ。その思想こそが愚かだと何度も打ち消そうとしたんだけど」


そう、本当に何度も。
頭が割れてしまいそうなくらい、何度も何度も何度も何度も。しつこいくらいに、何度も。

打ち消すたびに何かが消えていった。それはまるで何かを警告するかのように胸の奥がジクジクと痛んだ。


俺は必死にその痛みに気づかないふりをしていた。


「ずっと、ずっと。愚かなまでに想っていた。そんな愚かな自分を誰にも勘づかれたくないから笑顔を取り繕って、惑わせて。
気がつけば無意識のうちに嘘でも笑っているようになっていた。

まるで、道化のようだろ。情け無いよな。本当に、」


滑稽だ。

そう、一言を口にして、全身の力が抜けた。八つ当たりしたくなる位にふかふかとした草に身体を沈めながら頭の上で広がる景色に視線を移す。
今日も変わらず苦々しいほどの光を放っている。こんな灰色の世界に光なんて無駄なだけだと言うのに。


一人で壊れた機械のように話し続けているにも関わらず、未だ何も言葉を発してこないそいつに、何故だか少しだけ救われた様な気がした。
そして、俺はもう一度口を開く。


「近づきたくて、鉄格子の中から精一杯手を伸ばしていた。
どんなに辛いことがあっても、手を伸ばせば救われるような気持ちが芽生えてくるんだよ。不思議な事に。
まあ、直ぐにそんな幻想は直ぐに消えてしまったけど」

「……」

「俺が幾ら求めた所で事態は一向に変化を見せなかった。兆候さえも、ね。それどころか、更に悪化の一途を辿ってた。
何故救ってくれないのか、何故助けてくれないのか。
そんな風にこの世で俺以上に不幸な存在なんか在りはしないと悲劇の主人公ぶってたら、地面に叩き落とされた」

「……」


雲がかかってほの暗い光を発しているこの感情の元凶を憎々しく睨み付けている。感情の揺れ動きが皆無に等しかったそいつの表情が僅かに動いたのを視界の端で見た。


「それは、当たり前の事だった。圧倒的なあの存在に近づこうなんて、実に烏滸がましい事だから」

「……なるほどなるほど。けど、それは誰でも同じだ。皆、眩しいんだよ。あまりにも眩しすぎるから、」

「支配したいとでも言うのか?」

「違う。そうじゃない。近づくことで、安心したいんだ。あれは、すべてを赦し、受け入れてくれる存在だから」

「そんなものただの詭弁だろ」

「そう? うん。確かにそうかもね。俺もそう思う。俺の言ってる事は詭弁だろうね。だけど、どんなに言葉を重ねて否定しても、どう抗っても求めずにはいられないものだろ」


だって、あの存在だけは誰もに平等に愛してくれるんだからな。勿論、こんな人間の中でも最低の分類に入るような最悪な人間の俺にさえ。


そう己を皮肉るように嘲るように言いながら薄く、淡く笑う彼から目が離せなかった。

俺のような道化なんかではなく、違う生き物のように綺麗に微笑むそいつに目を瞠る。


「君が望むならかかってる雲を払ってやるよ。よし。それじゃあ、カッコつけて最後の意思確認と行ってみようか。

お前、俺と来ないか?」


先ほどと違って、鮮やかな金色の瞳を猫のように細めて不適な笑みを浮かべたそいつ。
一体どこから来るのか、自信に溢れたその表情。そんな顔を見ていたら、俺は思わず頷いていた。


そして、伸ばされた手を自分の意志で強く握った。






俺にとっての太陽は、きっと


 
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