ジュプ主



相変わらずの闇色一色で染まった世界。そんな中で、一瞬だけだが甘い香りが鼻孔を擽った。


「……花、か?」


時間が止まってしまっている、この世界に?
一瞬だけだが確かに匂いはした。漂った香りの元を探そうと、ユアは辺りを見渡す。


荒れ果てた大地。自分の視力で見渡せる範囲の景色は、岩、そして動かない水滴や木々。
それらばかりが溢れかえるこの世界に、果たしてそんなものが存在するのだろうか。


見てみたい、と微かな希望を胸に仕舞いこんで香りの出所を視線で探す。

暫くすると白と黒で彩られたモノクロに近い景色の中、岩の影に鮮やかな色をしたものが視界に映る。ユアは躊躇いもせずに色を放つそれの元まで小走りに駆け寄った。


「……本物の花だ」


淡い桃色をした花弁を持つそれは、小さいながらも凛としてそこに確かに存在していた。
一体、何という名前の花だろうか。花自体あまり詳しくないユアはその小振りな花の名前を知らない。

近寄って、何の躊躇いもなく彼女は花の前で膝を折った。


「こんな所に、こんな時代に生まれるなんて。お前も中々不運だな」


桃色の花に語りかけながら、ユアはつり目気味の双眸を僅かに細めた。

花は生まれる場所を選べない。こんな荒れ果てた土地にたった一輪ぽつんと咲いた花はどこか淋しげに見えた。


生まれる場所を、時間を、世界を、選べないのは花も人も同じだ。


「……私も、選べなかったんだよ」


何度もこの世界に生まれて生きて行かねばならないことになった自身の運命を呪った。
ここに、こんな世界に、生まれなければどんなに幸せな世界を過ごせたものかと何度思った。


「でも、ね」


今はそんなことを全く、とまでは流石に行かないけれど昔より思わなくなった。
昔の自分があったから、今の自分があるのだ。そう強く思えるようになってすらいた。


きっと、そう思えるようになったのは、あいつの。


「いつまでそうやってるつもりだ」


頭上から少し低めの声が降ってきた。

見上げれば、何処か不機嫌そうな顔をしたジュプトルと目が合った。いや、彼が仏頂面なのはデフォルメか。


「……ユア、お前さっきから何してるんだ?」


態々膝を折り、視線を合わせてくるジュプトルに、ユアは笑みを返した。普段から無表情の彼女にしては珍しい態度で、ジュプトルは目を丸くする。

が、彼女の足元にある小さな花の存在を認めたジュプトルはすぐに納得したような表情をした。


「なるほど。これを見てたのか。 ……お前、花なんか好きだったか?」

「別段好きでもないが、嫌いでもない。けど、こんな風にちゃんと色を持った花は、初めて見たから」

「確かにな。俺も実物は初めてだ」


モノクロの世界で映える桃色をした花に、視線を戻すジュプトル。


彼が放つ色も、黒髪に黒い瞳の私とは大違いで、この世界によく映える緑色。人間の私とは違う事を象徴するような彼の姿に思わず手を伸ばしそうになって、慌てて手を引っ込める。


ジュプトルは、というと花のほうに意識を集中していて幸いな事に彼女の奇怪な行動には気付いていないようだった。


「……ジュプトル」

「……なんだ?」

「行こうか」


こんな事をしていてヤミラミたちに見つかったら面倒だ、と言いつつユアは立ち上がる。そして、合わせて立ち上がったジュプトル。


考えるだけ無駄なんだ。考えれば考えるだけ、私とジュプトルの違いが分かって空しくなるだけだから。
私にとって、ジュプトルは手の届くところに居ないのだと認識させられるだけなのだから。


「なあ、この花何時まで此処に咲いてられるんだろうな」


不意に落とされた疑問。

ジュプトルも私と同じように思うところがあったのだろうか、そう思いながらユアは再度足元に視線を落とした。


今はまだ凛としているこの花は、一体いつまでここでこうしていられるのだろうか。

ジュプトルのように、色を放っていられるのだろうか。それとも、私のように色を失なってしまうのだろうか。


「……いきなり、どうした? 何かあったのか?」

「……いや。なんでもない。考えても詮無き事だ。忘れてくれ」


行くぞ、と言うのと同時にジュプトルはユアの腕を引いて歩きだす。
そんなジュプトルにしては珍しい行動に、ユアは思わず目を丸くして驚いたが振り払うような事はしなかった。



掴まれた腕。


そこから伝わる熱は温かくて、優しい。だけど胸の奥が少しだけど、確かに痛くなった。




私はきっとこの心地良い痛みを手放せないのだろう


 
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