「鬼道くん、調子はどう?」


学校の帰りに鬼道くんのいる病室を訪れるのが私の日課になっていた。

数日前まではいつも通りサッカーをしていた鬼道くん。
しかし今は脚に包帯が巻かれている。

帰り道で事故にあったのだ。
猛スピードで突っ込んできた真っ赤な車と衝突した……というふうに聞いた。

命に別状は無かったものの、骨折をしてしまい、大会にもしばらくは出られないという。


「今日は学校が早く終わったから、いつもより早く着いちゃった。……カーテン開けるね」


病室には電気もついていない。

もしかしたらさっきまで寝ていたのかもしれない。

でもこんなに暗い病室では、鬼道くんも余計に気が滅入ってしまうだろう。

私がカーテンをシャッと引くと、鬼道くんが窓の外をちらりと見て、唇を噛んだ。

絶好の部活日和。

私はまっすぐここに来たけれど、チームのみんなは今頃練習中だろう。

鬼道くんはサッカーが出来ないのが辛いだけじゃなく、チームのみんなに申し訳ないと思っているみたいだ。

そこで私はようやく、自分の考えの至らなさに気付いた。
私がカーテンを開けたせいで、鬼道くんを余計に落ち込ませてしまったんだ。



「あ、ええと、今日は新しい花を買ってきたの」


私は取り繕うように、花瓶の花を取り替えた。

鬼道くんがゆっくりと私の方を向く。

そして「すまない」と消え入りそうな声で言った。

謝らなきゃいけないのは鬼道くんを傷付けた私の方なのに……。


鬼道くんは、とっても優しい人だ。
私はそんな鬼道くんが大好きだった。


「ううん、いいの。だって私、鬼道くんの彼女だもん。鬼道くんのために出来ることは何でもしてあげたいの」


私の言葉を聞いた鬼道くんは、僅かに表情を緩めた。

鬼道くんが笑ってくれると私も嬉しい。

つられてにっこり笑いながら、私はベッドの傍の椅子に座った。

そして鞄を開け、箱に入ったお菓子を取り出す。


「これ、私のパパとママから。二人とも鬼道くんのこと心配してたよ」


「こんな高価な物をわざわざ……」


「二人とも鬼道くんのこと気に入ってるからね。早く元気になって欲しいって」


鬼道くんのことは両親に紹介済みだ。

特にパパは昔サッカーをやってたこともあって、鬼道くんをすごく可愛がっている。
今日もこんなに高いお菓子を持っていけって……。

……私は鞄の中を見ながら、少し迷った。

渡そうかな、でも、断られたら……。



「あ……あのね、鬼道くん!」

「なんだ?」


意を決し、私は鞄から不格好な包みを取り出した。


「これ、今日家庭科の授業で作ったの!形は変だけど、ちゃんと味見したから……その……」


何を渡したって、あんなお菓子の後では霞んでしまう。

そんなことは分かっていたので、私は最後まで言葉を続けることが出来なかった。

綺麗なお菓子が並んだ箱と、ぐしゃぐしゃなパンケーキの包み。

どう考えたってかなわなくて、私はこの包みを出したことを後悔し始めていた。


「これを……花子が?」


鬼道くんは私の包みを開け、形の崩れたパンケーキをまじまじと見た。

私はなんて不器用なんだろう。


恥ずかしい。


「あああごめんね!なんでもないの!だからお願い忘れて!」


私は慌てて鬼道くんの手からパンケーキを引ったくろうとした。

しかし鬼道くんはそれをひょいっとかわす。

そしてあろうことか、そのパンケーキにも見えないパンケーキを、口に運んだのだ。


「や、やだっ!そんなぐしゃぐしゃなの食べなくていいよ!美味しくないでしょ!?」

「いや、花子が俺のために作ってくれたんだ。美味くないわけがない」


そんなセリフに真っ赤になっているうちに、鬼道くんはパンケーキを平らげてしまった。

鬼道くんはあんなことを言ってくれてるけど、本当に美味しかったんだろうか。

優しい鬼道くんのことだ、私を傷付けまいと言っている可能性もある。

私がそう指摘すると、鬼道くんはため息をついた。

怒らせちゃったかな……。


「花子は、上手く作れなかったと思っているんだな?」


「う、うん……。形もよくないし、味も……」

「なら、また作ればいいじゃないか」


鬼道くんはそう言って、少し微笑んだ。


「サッカーと同じだ。練習すればいい。
納得のいく物が出来たら、その時に改めて渡してくれ」


……鬼道くんの言う通りだ。
最初から「不器用だから」なんて言い訳してても駄目なんだ……。
鬼道くんだって、たくさん練習をしたから、あんなにサッカーが上手なんだ。


「そう……だよね」


ようやくその事に気付いた私は、ぎゅっとスカートを握った。

あんなことが言えるなんて、鬼道くんはなんて凄いんだろう。

私の言葉に鬼道くんは苦笑して、私の肩に手を置いた。


「実は、もうすぐ退院出来そうなんだ。まだしばらくサッカーは無理だが……。その時に、またパンケーキを作ってくれないか?」


鬼道くんは少し恥ずかしそうに、だけど真剣な顔で言った。


「えっ……!退院……するの?」

「ああ、実はもっと前から決まっていたんだが、花子を驚かせようと黙ってたんだ」


鬼道くんが退院する。
そうすれば、毎日ここに通うことも無くなる。
さらに時間が経てば、鬼道くんの脚は完治するだろう。


「そうなんだ……。――おめでとう、退院したらお祝いするね!」

私が満面の笑顔で返すと、鬼道くんは力強く頷いた。
サッカーは出来なくても、チームのみんなに毎日会える。
鬼道くんはそれが楽しみみたいだ。


「あ……そろそろ帰らなきゃ!鬼道くん、パンケーキ練習しておくね!また明日!」

「花子、わざわざ毎日来なくても大丈夫だぞ?」

「ううん、私が毎日鬼道くんに会いたいんだもん!」



私は手を振り、病室を後にした。

廊下の途中で鬼道くんの病室に向かう看護士さんに会い、二言三言会話をした。


「それにしても、怖いわねぇ。例の轢き逃げ犯……まだ捕まってないんでしょう?」


看護士さんはそう言って鬼道くんの病室に目を向けた。

そう、鬼道くんはただの事故ではなく、轢き逃げにあったのだ。一時は犯人を探そうとみんな躍起になっていたけれど、手掛かりが少なすぎて未だに見つかっていない。

「でも、思ったより早く退院出来そうで良かったわね」

「はい、ありがとうございます」



私は看護士さんと別れ、エレベーターに乗った。

地下の駐車場に両親が迎えに来てくれているのだ。

私はエレベーターの中と違って薄暗い地下駐車場を歩く。
探すまでもなく、車は簡単に見つかった。


両親の車は真っ赤な色をしているので、薄暗い駐車場でもよく目立つのだ。

窓を叩くと、すぐに両親が鍵を開けてくれた。
私は後部座席に乗り込み、身を乗り出す。
そして、早口で両親に告げた。



「パパ、ママ。今度鬼道くんが退院するんだって」


「そう」とママが呟く。
バックミラーに映る両親は、二人とも微笑んでいた。




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