「こあらさあん、ちゅうー」
あたしはいま、危ない夢を見ている。落ち着け、あたし。まずは大きく深呼吸をして、彼女の右手の酒瓶を奪い取ってそれから伝電虫で連絡を。
「…ちゅう、は?」
ごめん、サボくん、できません。いつも彼女に対して猛アタックで必死な男にあたしは黙祷して拝むように手を合わせた。首に纏わりつく彼女の白くて細い腕は冷え症なくせに高度の熱を持っていて、床に散らばるいくつもの空の酒瓶がそれを物語っている。そうして、べろんべろんにアルコールに乗っ取られてしまったおなまえはとろりとした瞳をあたしに向けていた。そう、彼女は酔うとキス魔なのだ。そんなおなまえの姿をみて半ば、否大体の男は喜んで彼女にお近づきになるのだろう。けれども女の子に生まれたあたしにとっては苦痛な問題である。決してあたしは女の子が好きなわけじゃない。ただ、普段からツン9割デレ1割の比率で尚人に甘えるのがど下手な可愛い可愛い妹のような存在に急にこうも甘えられては逃げようがないだけなのだ。
「おなまえ」
もう一度いう。ただ、逃げようがないのである。後ろから物凄いオーラを纏ったなにかが一歩また一歩と近づいては低い声で女の名前を呼ぶ「彼」に背筋が凍った。硬直するあたしをみて未だへへら笑うおなまえは再び酒瓶に手をかけては口に含む。それから恐る恐る後ろを振り向いたあたしはサボくんのとても怖いお顔をみて神様夢でありますようにとお願いしたが、やはりこれは夢などではないらしい。ふたりの煩い後輩がどこかへいって空の酒瓶が残された部屋であたしは未だサボくんにつねられた頬の痛みが忘れられずにいる。

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「おなまえ、こっちむけ」
「…やあら」
「なんでだよ」
「…サボが鬼の角はやしてる」
「怒ってねえ。…怒ってねえからこっちむけ」
「なあんで」
「おまえの可愛い顔がみてえんだよ、おれは」
強引に彼女の手を引いて、それはもう強引にベットに投げて押し倒してめちゃくちゃにしてやりたい衝動はあったが、力強い手で抵抗はするわ廊下に座り込むわ腕噛みつくわでどうしてもいつものような「紳士」を演じてしまっては狼になれずにいた。漸くおれの部屋のベットに座り込んだと思えばずっとそっぽを向かれる始末。
「…ちゅーする気だ」
おまけにどうやら酒に溺れていても多少なりの意識はあるらしい。彼女のちいさい声に思わずびくりと肩が鳴って、どこからともなく汗が滲みでる。ええい、もう開き直ってしまえ。おれは無理矢理彼女の顔を向かせて、目を合わせる。その目はもうとても据わっていて、焦点が合っていなかった。
「すきだろ、ちゅう」
「…こあらさんがいーい。…サボはやだ」
「なんでおれはだめなんだよ。地味に傷ついたぞいま」
駄々をこね始めた彼女にじわじわと湧き上がってくる溶岩のような感情。自分でもそれが何かは分かった。どうやらおれは彼女の相手である女のコアラに嫉妬しちまってるらしい。なんだか妙に苛々して、おなまえをむりやり自分の胸に引き寄せると、近寄る彼女の柔らかい唇に噛み付こう、としたが、咄嗟に避けられて己の唇は頬にあたった。
「きらい」
「おれはすきだ」
「…ちがう。サボのキスがきらい」
「はあ?なんでだよ」
「…サボのはながいし息苦しいし、頭のなか真っ白になってなにも考えられなくなっちゃう。…キスキスの実の変態人間だから」
ずっと我慢していた自分のなかの理性がこうもいとも簡単に崩れてしまったことに驚いた。そんな悪魔の実ねえよ、なんて心のなかで悪態を吐きながら、彼女の肩を強く押した。ベットに無造作に倒れた彼女を跨いでしろくて柔らかな太ももに触れる。
「じゃあほら、海楼石もってこなきゃ危ねえな」
この日、はじめておれはこわいこわいおおかみになった。
@sabo.0524

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