曖昧ラインの真上にて



敬愛、畏敬、恋慕。
果たしてどれが私のこの心に当てはまるのだろうか。分からない。彼に抱くこの気持ちを一番理解しているのも、一番意味を捉えられていないのも私なのだから。
私はずっと、それこそ物心ついた頃から蜻蛉と言う名前の男に連れ添っていた。名目は何だったか。彼との関係は所謂幼馴染というものだった。けれどそれは世間一般の概念とは少し異なっていて、なんというか…名家のお坊ちゃんで、それに『特別』な彼に対し、私は平々凡々な生まれと育ちで…幼いながら彼との間にあるその差に気付いていたのかもしれない。きっと私の彼に対する態度はいつも恭しいものだっただろう。
幾年が経って。私と蜻蛉、それから他の幼馴染達が世間一般における『大人』と呼ばれる年頃になった時、私は彼に命令された。(今更なのだが、彼はとっても変な人なのだ)
…『私の家畜になれ!』と。
長年共に居て彼の突飛な言動には慣れているつもりで居たが、流石にこの時は私も固まった。実際その言葉に込められた意味は『付き人』として傍にいろ…そういったものであったが。
そんなかんだで私はそのお坊ちゃんの付き人なんていう職に就いている。現在進行形で。
『特別』な彼には私の他にもう一人、付き人…シークレットサービスと呼ばれる者が付いているけれど、放浪癖のある彼にそちらのSSは付いてきていない。…御察しだろうか。私は今、その蜻蛉の放浪の旅に同行しているのだ。


「ふははは!冬の北海道のこの刺すような冷気を含んだ風!貴様ドMの分際で私に逆らおうと言うのか!悦いぞ悦いぞーー!!」

「蜻蛉…それ以上夜風に当たっていたら、流石の貴方でも風邪を引きますよ」

「この程度の反抗なぞ大したことは無い!」

「鼻水を垂らしながら言う台詞ではありませんね」


手袋で覆った指先で彼の背を突付き、部屋に戻るよう催促する。寒さだけではない、私は彼がもし『特別』がゆえに襲われた時、まともに抵抗する術を持ち合わせてはいない。付き人でありながら彼を守り通せる訳では無いのだ。
私は所詮、使い物にならないのだ。少し自嘲を含んだ笑みを漏らす。
ここに、蜻蛉の隣に居られるのも彼が私を置いてくれているから。彼の一言が無ければ、私は。


「早く部屋に戻りましょう。ここが先祖返りの関係者の運営しているホテルとはいえど…貴方に外は危険です」

「どうした、怖いのか?」

「怖くない、と言えば嘘になりますね」


一度だけ、彼の付き人を始めて少し経った頃。私は産まれて初めて妖怪を見た。その異形は酷く恐ろしく、そして…妖怪の先祖返りである蜻蛉を狙って来ていた。
蜻蛉や幼馴染がそれを倒したけれど、私は彼を守る事はおろか、一歩も動けなかった。自分が死に近い所にいるのが怖かった。けれどそれ以上に蜻蛉が失われてしまうかもしれない、そう心の隅で考えてしまい…無性に恐ろしさを感じた。
『特別』でも何でも無い私では守れない。それが腹立たしく悲しい。だから、未然に防ぐ為に、危険を遠ざけるように努めるようにしているのだ。


「怖いですよ。やっぱり、あれは…」

「心配するな。貴様は私が守ってやる。自分の家畜の世話は最後まで見てやるから安心しろ」


ぽんぽんと頭を撫でられる。私の抱く恐れと彼の想像したそれの意味が違うことに少し可笑しさを覚え、私はくすり笑った。


「蜻蛉は優しいですね」

「何を言う、私はドS!優しさなぞ微塵も持ち合わせてはいないぞ!」

「はいはい、そうですね。…ほら、鼻水が凍りそうになっていますから、早く戻りましょう?」


仕方あるまい!と高らかに笑う蜻蛉を端に見据えながら、私は再度笑った。
今はこの曖昧な関係のままでも良いように思えてきた。そう。きっと、このままで良いんだ。


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