優しさの牙
行動力が無い。
私は他人からよくそう言われる。うじうじうじうじして、言いたいこともやりたいことも、全て胸の内に閉じ込めて隠してしまう。
私はそんな自分が好きじゃない。けれど結局一番大事なのは自分で、己を守る為にはけ口を探す自分がいるのも事実。嫌い、だけど大切。
生まれてこのかた私は自己嫌悪に苛まれて生きてきた。けれど、そんな根暗な私にも、運命かと思ってしまうほどの恋が訪れたこともあった。なんて過去形にしてみたけれど、その恋慕は今もずうっと続いていたり。
明るくておちゃらけていて、時々真面目で格好良くて。こんな私もを気遣ってくれたから、好きになってしまったのかもしれない。
「だとしたら、ひどい話だな」
「…どうかしたのか?」
同じ机で朝食を取っていた凛々蝶ちゃんのその声ではっと我に返る。「なんでもないよ」と笑ってみせたけれど、彼女に「凄い独り言だった」と言われれば顔を引きつらせるほかなかった。
「その、悩みごとがあるなら…だ、誰かに相談でもしたほうがだな、」
「……うん。そうだね」
「言いづらいなら、その…仲の良い夏目くんにでも」
「気遣ってくれてありがとうね」
彼女の言葉を遮った私は、酷い人間だろうか。依然納得のいかぬ表情の凛々蝶ちゃんに笑顔を見せ、これ以上はお願い、やめて…と心内願う。ほら、また。
確かに彼女の話も一理ある。彼女の言う通り誰かに相談とか、したほうが良いかもしれない。そうすればこの心もすこし、晴れるかな。でも、夏目さんには言えない。言えるはずがない。
私に勇気があれば。強い心を持っていれば。素直でいることが出来れば。
彼は私に、振り向いてくれるのかな。
「……疲れた」
SSの一日は大変なものだ。主人の御飯の準備、主人の登下校の付き添い(同じ学校だけれど)、主人の護衛、主人の……、とまぁそれは大変という言葉では済ましたくない程で。
今日は朝から悲愴な心持ちであったし、心身ともに疲れたというか。
ずうん、とまた心が沈む。愛おしいが故の、痛み。自分への苛立ちだけが募ってゆく。
一人で抱えるのだと考えるだけでつらい。これは重症だ。
「……誰かに相談、してみようかな」
「じゃあボクに話してみなよ☆」
「っえ!?」
突如後ろから降ってきたその声心が跳ねる。もちろん吃驚という意味で。
ばっと振り向けば、糸のように目を細めた、
「夏目さん、」
「なまえちゃん、悩みごと?人生経験豊富な大先輩、残夏お兄さんで良ければ相談に乗るよー」
「いえ、要りません」
間髪入れず言葉を挟み込む。相談なんて出来るはずが無い。だって…。
神出鬼没な彼は、私のすぐ前に立ったままにこにこ笑う。ここは風呂上がりに使う休憩スペースで、住人はおろか従業員でもあまり来ないというのに…ついてない。
「御気遣い有難う御座います。でも、いいんです」
「…大丈夫じゃなさそうなのに?」
「っ、大丈夫ですから。何でも無いんです」
「嘘だ」
何故かしつこく私に食らいつく夏目さん。笑顔の攻防が依然続く。
でも、こればかりは引くことは出来ない。だって、私は。胸がぎゅっと締め付けられるような痛みがゆっくり襲い来る。
「嘘じゃ、ないですよ…」
振り絞る声が震える。駄目だな、私。他人に心配をかけるなんて。
あなたのことが好きで好きでつらいんです、って言えたらどれだけ楽になれるだろう。私の性質のせいで彼にその本音は伝わらない。
私の心が読めないから、彼は私をこんなに心配してくれるのかもしれない。ああ、なんて悪循環。言わずして伝わるならばなんて、馬鹿げてる。甘えちゃいけない。
「……どうして泣いてるの、」
「泣いてません」
「涙、出てるよ」
「汗ですよ。風呂上がりだから汗腺開いてるんです。それで、」
無理な言い訳を押し通そうとした刹那。
ぼやけていた私の視界が黒に落ちた。一瞬驚いて小さく悲鳴を上げたが、手触りの良い布地にそれは吸い込まれた。抱きしめられていると理解するのに、そう時間は掛からなかった。
「もういいよ、」
「夏目さん?」
「ごめんね、力になれなくて」
私の中の何かが、その言葉に熱を削がれ、ふっと奈落へ落ちていった。ああ。気づいてしまった、私の。
「…いいです。そんなの、いりませんから。同情、なんて」
彼は優しい。それゆえ、余計私は傷付く。
もっと嫌なひとだったら。この思いに諦めを付けることの出来る理由があれば。
救われた?
「いいんです、あなたには十分救われていますから」
同情なんか欲しくない。そういうこと。
私を囚える彼の腕に、力が加わった。ぎゅっとより強く抱き締められる。
ああ、嫌だな。思い上がってしまう。自分は彼にとって特別なのだと勘違いをしてしまいそうだ。
優しさの牙が私のこころに突き刺さる。