ひそかな幸せ


「あれ、また来てたんだ」
「うん」

私が仕入れを終えて店に戻ると、いつもの席に彼はいた。
彼―平和島幽は、今や世界的にも有名な俳優だ。
ちなみに彼の兄は平和島静雄といって、兄は兄で池袋限定で目立っている。
そんなVIPな幽が、こんなさびれた店にたびたび来る理由は簡単だ。

「今日はまだお兄さん来てないよ?」
「あ、うん。知ってるよ」

彼の兄―平和島静雄が、この店をごひいきにしているからだ。
幽は静雄と会うとき、たまにこの店に来る。その関係で、私も幽と知り合い、仲良くさせてもらっている。
―けど、その静雄が来てないことを知った上で…、何をしに来たのだろう。

「今日は一日中仕事だって。さっき連絡あったんだ」
「そうなんだ。じゃ、今日はどうしてここに?」
「…あれ、僕はお客さんとして来ちゃ駄目なのかな?」

少し苦笑されてしまう。
―あ、そうだった。いけないいけない。
誰と待ち合わせしようが、その相手がいようがいまいが彼はお客さんだ。
慌てて営業スマイルを浮かべる。

「いらっしゃいませ、お客さま。お水のおかわりはよろしいですか?」
「じゃ、よろしく」

コン、とコップが置かれる。
それに水を汲んでいると、声をかけられた。

「今日は何時上がり?」
「へ?―いや、聞いてないけど…」

私だってそんなに静雄と仲が良い訳じゃない。あくまで店員とお客の間柄だ。
だから静雄の上がりの時間なんて知らないけど…。ていうか、幽の方が詳しいんじゃ…。

「―あ、兄さんのことじゃなくて」
「え?」

―じゃあ誰のことを聞いたの?
幽はいつもの表情で、

「君のことだよ」

と告げた。

「わ、私?―今日は5時だけど……?」

時計を見るともう4時45分だった。あと15分か。
―それより、何故私の上がり時間なんて……?

「そっか。じゃあ待ってるよ」
「へっ――」

―!?

な、何で……?

「―ていうかそれはどういう意味―――っきゃっ」

私が言い終わらないうちに、腕を引かれた。
ピチャ、と水が爆ぜる。
振り向くと、いつもの無表情な幽の顔がそこにあった。
顔が熱くなる。
―私、おかしいのかな…。
何故か幽の顔が火照っているように見えた。

「……か、………幽…さ……ん…?」
「―どうすればわかってくれるかな」
  、、、、、、
幽は微笑しながら、私の耳に口を寄せた。


「―好きだ、って言わなきゃ駄目?」
「――――――ッ」

その時私は、今年一番顔が真っ赤だったと思う。


fin


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