最上の照れ隠し


「―っ沖田さん!!沖田さんどこですか!」

バンッ バンッと部屋の襖を開けて回るも、どこにもその姿は無い。

やばい、やばいやばい!
もう7時だよ!朝じゃなくて夜の!

―沖田さんの誕生日!!

彼女だというのに、トリップだというのに、私はついさっきまで沖田さんの誕生日を知らなかった。

なんていうあるまじき失態!!
もう、ほんと!沖田さんどこ!!

「沖田さァん…っ!!」

半泣きになりながら沖田さんを探し回る。
いない、いないっ、どこにも!

屯所内をくまなく探したがいなかったので、再度土方さんの所を訪ねることにした。
ノックも断りも入れず入る。

「土方さんッ!」
「うおっ!?…何だ祐季か、ビビるだろうがノックぐらいしろ!」
「沖田さん居ました!?」
「あ?総悟?まだ探してんのか」
「いないんです…ずっと探し回ってるのに…ッ」

声を震わせそう言うと、土方さんは焦ったように顔を引きつらせた。
それからはぁ、と溜息をつく。

「どうせアイツのことだからお前のことおちょくって楽しんでるんだろ。ほっとけ」
「んなことできる訳ないじゃないですか!!好きな人の誕生日ですよ!?」

沖田総悟という人間が生まれた日。
そんな日を祝わずになど、いられない。
感謝を伝えずにはいられない。
だって、沖田さんの存在で私は幸せになれたんだから!

「っ…もっと探してきます!例え沖田さんが気にしてなくても、沖田さんが私をおちょくってるとしても、関係なく祝いたいんです!一緒に過ごしたいんです!分かってないなァ坊さん!!」
「土 方ァァ!!漢字くっつけてんじゃねェェ!!」

怒鳴る土方さんを背にバァンと襖を閉め、再びダッシュする。

ああもう時間がない、そんな、沖田さんの誕生日なのに。沖田さんと過ごしたいのに。
沖田さんの姿が見たい。沖田さんと喋りたい。沖田さんに抱き着きたい。

「沖田さんんんん…ッ!!」

一人になったことで寂しさが襲ったのか、ついに泣き出してしまった。

こんなに探してるのに。
まるで沖田さんがいなくなっちゃったみたいで。
どうしてもどうしても今、沖田さんが足りない。

「どこですかぁ……沖田さんんっ……」

ぺたんっと地面に崩れる。
世界に私と沖田さんしかいなくて、その唯一が消えてしまった、そんな風にバカみたいに大袈裟に感じて。

そのまま泣きじゃくろうかとした、その時。



「何処探してんでィ、アホ」



……ッ。

ぶわっと、零れていた涙は溢れ出して止まらなくなった。

ゆっくり振り返ると、そこには、ずっとずっとずっとずっと求めていた姿があった。

「……沖田……さん…」
「ってオメェ何泣いてんでェ。俺の誕生日だってェのにブス面でいるたァとんだサプライズだなァ?祐季」
「沖田さんっ!!」

憎まれ口も耳に入らず、沖田さんに抱き着く。

勢いが良すぎたのかよろけたが、それでも沖田さんはしっかりと受けとめてくれた。

「沖田さんどこ行ってたんですか…こんな大事な日に…」
「どこってオメェがいねェとこでさァ。山崎に誕生日聞いてから血相変えて俺を探してるんで、こりゃ虐めるしかねェと思いやしてね」
「ばか…沖田さんの馬鹿…。…もう、ほんと、」

沖田さんを責める言葉はいっぱい出てきたけど、でもそれはいつだって言えて、多分そんなに大事なことじゃない。

だから私は一番伝えたいことを、私なりの方法で、貴方に。
沖田さん、沖田さん、と、たまらない思いを込めて。

「好きです大好きです。生まれてきて下さって本当にありがとうございます。沖田さんが居なかったら私、こんなに幸せになることはありませんでした。沖田さん、沖田さん、大ッッ好きです、お誕生日おめでとうございま、」

唇を塞がれた。

沖田さんの誕生日にキスできるなんて嬉しくて嬉しくて、いつも以上にぎゅうと抱きしめる。
沖田さんは片手を動かし、不器用に手櫛で髪を梳いてくれた。

もしかして慰めてくれてるんだろうか。そんなの苦手なはずなのに、しかも沖田さんの誕生日なのにこんなに優しくしてもらってどうしよう。

「…馬鹿はオメェでィ。こんな仕打ちされて何能天気にそんな言葉吐いてるんでェ、もっと叱りなせェ」
「そう言われても、それ以上に沖田さんへの愛を伝えたくてですね」
「っ…」

すると沖田さんは私の後頭部を掴み、自分の胸に押し付けた。

私の視界は真っ暗になって、強い力に少し戸惑う。
そこに、何かを噛みしめるような声が降ってきた。

「…すいやせん。…嬉しかったんでさァ」
「え…?」
「たかだか俺の誕生日ってェだけで、心の底から焦って俺の姿探して、しまいにゃ泣き出して。…恨まれてばっかのタチでェ、オメェはそういうトコ知ってんのに、それでもこうして追いかけてくれらァ。それを確かめたくて、つい隠れちまった」
「…っ…!」

それは本当に小さな声だったけど。
だからこそ愛おしくて愛おしくて、ぎゅうっとまた抱き着く。

やだなぁもう沖田さん。
そんな貴方が大好きなんですから、私は何をされたって平気ですよ。
貴方が、そう思ってくれている限り。

「じゃあ沖田さんに一個お願いです」
「何です」
「今日は夜が明けるまで一緒に居て下さい」
「嫌でェ」
「通常運転になるのが早い!!もうデレは終了ですか!!」
「生まれてこの方デレたことなんざ一度もねェやィ」
「じゃあ今日が初めてのデレる日です。一緒に過ごしましょ沖田さん」
「朝は一緒に見回ったじゃねーか、それで満足しなせェ」
「誕生日と知ってるか知ってないかじゃ全然違うんです!」
「俺ァ普段通りのオメェのが好きですけどねィ」
「…っデレたァァ!!なんかすごい自然にデレた!!」
「ハイ初めてのデレ終了〜」
「アアッそんな!いや嬉しかったですけど!でも今晩くらい一緒に」
「んなら条件でィ。夜が明けるまでじゃなくて」

夜が明けても、一緒にいなせェ。

耳元でそう囁く声が好きでたまらなくて。
また想いが零れ落ちて、しょっぱくない涙に変わった。






「うっは!沖田さんの部屋にお泊りするなんて何だか不思議ですね!」
「っつってもオメェの部屋ァ隣だけどな」
「まぁまぁそんなことは言わずに。さて何します!?お酒飲みます!?注ぎますよ私!」
「寝る」
「…ええっ!?お泊りの定番ウノは!?」
「うるせェやい祐季。俺ァ今日は無駄にデレちまって疲れてんでィ寝させろ」
「そんなァァ。じゃあ私何してればいいんですか、沖田さんの寝顔でも写メればいいんですか」
「変態〜ィ、近づくんじゃねーや、逮捕しやすぜ」
「ちょっとリアルなこと言うのやめてください」
「あーもうこんな時間でさァ。さっさと寝やすぜィ。ほら」
「え?」
「早くしなせェ」
「え、早く、って、…一緒の布団で寝るんですか!?」
「嫌なら祐季はその辺で雑魚寝してろィ」
「いえいえいえいえ!!是非とも!お願いします!…失礼しまっす!」
「うわっ狭ッ。寝付けそうにねェなァこりゃ」
「なら寝なければいいんじゃないですか!?ほらウノしましょ」
「つーかウノは二人でやるとつまらねェ結果になる遊びの代表格だろーが」
「アッ!?まさかの落とし穴ァァ!楽しみすぎて考えらんなかった」
「アホですねィ祐季は」
「お茶目って言って下さい」
「ほんと、アホで馬鹿で鈍間でブスで」
「ちょっとォォォ!?いくらなんでも悪口重ねすぎじゃないですか!?」
「事実を述べたまででさァ」
「馬鹿でアホくらいで止めて下さい、その二つはなんかぼやっとした悪口なんで私の心は折れません」
「愚鈍で器量が悪くて」
「心折れる方を重点的に言うなやァァ!!」
「あーーもうちっと静かにしなせェ、何時だと思ってんでィ」
「エッ、あっ、…すみませんんん…」
「ん」
「っ!?えっ!?今っ、頬っ、えっ!?突然何でデレるんですか!?」
「だから静かにしろって言ってんだろィ」
「あああちくしょうドSめ、でもそんなとこが大好きです」
「ヘェヘェ」
「沖田さん、今日一日どうでした?楽しい誕生日でした?」
「あ?どうもこうもねェや、いつも通りでィ」
「あああやっぱり、全然祝い足りない、ごめんなさい不甲斐ない彼女で」
「全くですねィ。いつも通りでしたぜ」

いつも通り、バカみてェに楽しい日でィ。

わざと言葉にしないそれを、祐季に物理的に押し込める。

驚いて声を上げて、またアホみたいに笑う彼女を見て、
ろくに思い出せもしない親に、残り数時間となった今日くらいは少しだけ感謝をすることにした。


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