下賎な遊女の生きる道に4


どうして他人のフリしてくれたのさ。

瞳を濡らして恐る恐る尋ねる昨晩の祐季の声を耳に残したまま、俺と祐季はその身体で屯所へ向かった。

睡眠時間は2時間も無い。
あァ、午後はサボって寝てやろう。欠伸をこぼす。

「悪ィが、この一晩で詳しく調べさせて貰った。お前が遊女なんて仕事してる理由もな」
「……」

祐季を確認したが、土方さんの言葉に特に変化はなかった。
相槌も無い代わりに、今までの誤魔化すような笑みも無い。

「昨日申し上げました通り、どんな事情があろうと、私の行為は許されるものではないことなど とうに存じております。どうぞお好きになさって下さい」

こういう事態を予測して、祐季は貯金を貯めていた。
それを残された時間で全て降ろし、自分の母親の口座に落としていたのだ。恐らく治療費の請求は 母親の口座からの引き落としなのだろう。

祐季の目に、迷いなどなかった。
俺と遊んでいた頃から、片親であった母を心配して 頼りにしていた祐季。
俺がこちらに越してから、どうなったのかは一切知らなかった。
いつの間に病気を抱えて、いつの間に遊女となる決意を固めて、いつの間にこっちへ来ていたのだろう。

「総悟。考えがあるって言ってたよな。これでいいのか」
「逃がさなかっただけ 褒めて貰いてェものでさァ」
「アホ。そんなこと大前提に決まってんだろうが」

舌打ちし、土方さんは祐季の前に書類を差し出す。

「ここに署名。あと、こっちも」
「源氏名でもよろしくて?」
「随分元気になったじゃねェか。だがそれ以上は叩っ斬るぞ」
「あら怖い」

そんな無駄口を叩きながらも、本名をきちんと書き進める。

他全ての必要書類を書き終え、それを確認し纏めると、最後にこう言い捨てた。

「ご苦労さん、と言いてェところだが、まだちと付き合って貰うぞ。ここで待ってろ」

そして部屋を出て行こうとするのだが――


「―土方さん。その必要はねェや」
「…あ?」

明らかに不機嫌そうに振り返る土方さんを片手でいなし、そいつに向き直る。
不思議そうに見上げる祐季の顎を捉え、しっかり俺の目を見させた。

俺はオメェさんがどんなだろうが、同情なんてしねェし、助けてやったりもしねェ。寧ろ傷付けてやろうとも思う。

昨晩、そうしたように。
傷付けてやらァ。
オメェのその、バカみてェな決意。

「オメェ、身体売って金儲けしてんだろィ。なら――有り金全部はたいてやらァ。その代わりオメェの全ては俺のモンだ」

言葉を失う祐季に、畳み掛けるように言う。

「俺の為だけに生きなせェ。…ハハッ、好きでもねェ男の嫁になるたァ とんだ不幸娘だなァ?」

ニッコリ笑ってやると、祐季は掴まれた顔を少しずつ歪ませた。

あァ…久しぶりに見やしたねィ、その泣きっ面。
オメェにはそいつがお似合いでェ。

「…で、でも、治療費は…これからも」
「あ?知るかィそんなこと。これからは半額になるんでェ、バイトでも何でもして払え」
「半額って…」
「何度も言わせんじゃねェや。オメェの人生、俺が買ったっつってんでィ、黙って従え」
「総悟くん」

信じられない、と言った風に、祐季は昔と変わらない呼び方で俺の名を言う。

「あんた…私を助けてくれるって、言うのかい」
「助ける?自惚れてんじゃねーぞ」

すっと手を離し、そのままぐしゃりと頭を撫でる。
解いた髪は思ったよりあちこち跳ねており、朝に応急処置として寝癖直ししたのだが、それでは間に合わなかったのか 手に触れる感触はふわふわとしていた。
適当に整えてやり、かんざしを差す。

「買ってやるって、飼ってやるって言ってるだけでィ」
「……」
「一人で生きてるみてェな顔してんじゃねェ、バカが」

涙を零す祐季を雑に引き寄せ、泣き顔を隠してやる。

その間に土方さんを振り返ると、呆れたように煙草を吸ってそっぽを向いていた。

「ってことで、こいつァ俺が貰っていいですよねィ、土方さん」
「知るか、勝手にしろ」

まるでこうなることを見越していたかのような態度だ。
少し癪に障るがまぁ今回はいいとしよう。

「どうして」

どうしてここまで、と嗚咽を漏らしながら言う祐季の頭に軽く唇を当て、

「どうもこうもねーやィ。ただの、幼馴染の気まぐれでさァ」
「そう…。んなら、気を変えないよう、気をつけないとね」
「オイオイ、自ら家畜の道に進むたァとんだ雌豚根性だなァ?」
「家畜の道じゃないさ」

不意に顔を上げ、今度はお互いに目線を合わせる。

そして―昔のように、無邪気に笑った。
まるで、穢れを知らない少女のように。

「私にとっては、立派な人間の道だ」

俺達はその時、確かにあの頃の関係に戻っていた。


fin



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