愛するという間違い
「わかんねェ」
泣きじゃくるそいつの前で、もう一度言う。
何で泣く?俺は今も昔も、お前が好きだし、それが変わったことは一度もねェ。 自分なりに愛してきた。それが伝わってると思ってた。
「…俺が嫌いになったってんなら仕方ねェし、責めたりしねーけど、ただわかんねェんだよ。俺の何が間違ってた?俺が何かしたか?」 「なにもしてないからだよ…」
嗚咽を漏らしながら、そいつは言う。
「確かに銀ちゃんは私が好きだって言ってくれたけど…それだけじゃん。デートもしてくれない、付き合ってもくれない…!」 「だから何度も言っただろ、それは嫌いなんじゃなくて」 「何度も聞いたよ!銀ちゃんの価値観が私と違うんでしょ!付き合わなくたって、結婚しなくたって、一緒にいればそれだけでいいって!そんなさ、かっこいいこと言ってるようだけど、私も納得してた時期があったけど、」 「だろ?だからいいじゃねェか、俺はお前を愛してる、それで」 「いいよ!いいんだよ、でもね!?言葉だけじゃダメなの、女の子は不安なの!銀ちゃんを信じてるのに、信じられるのに!……どうしても、ダメなの…」
ごめん、悔しい、と唇がそう動いた。 それを痛々しいとは思う、でも身体は動かない。
俺は愛する感情を知ってる。だが、愛し方は知らない、のか…?
「…それが辛いの。銀ちゃんは悪くない、私がどうしようもなく欲張りで、そんな自分を抑えて責めて、そんな毎日がもう、辛いの…。もう、嫌なの」
ごめんなさい、ごめんなさい、と繰り返す。
何が御免なんだ?お前は間違ってるのか?俺は間違ってるのか?
わかんねェ。わかんねェんだよ。 俺はどうすればよかった?お前の為に変わればよかった?お前が好きになってくれた俺を、壊せばよかった?
「俺はお前が好きになった俺を、変えたくなかった。俺はこうだ、って、嘘を吐きたくなかった。それが間違いだったのか?」 「…違うよ…。違うんだよ…」 「何が違うんだよ!?」
声を張り上げ、肩を掴む。揺さぶったって、視線が合うことはなかった。それが無性に悔しくて、奥歯を噛んだ。
「違う…。銀ちゃんは悪くない、間違ってない…」 「じゃあ何でこうなった!?あのまま、あの頃のまま、俺は変わらずやってけると、そう思って、」 「相性だよ。相性が悪かったんだ、私達」
そう言ってようやく目を合わせたかと思えば、何故か薄く笑って。
「何で笑う!?楽しい時に笑うもんだろ、なんで今笑うんだよ!?今楽しいのかよ!?」
何が何だか分からなくて。
ただお前が、今は目の前で笑って涙を零すお前が、あの時、好きだって、思ったのに。確かに、思ったのに。 それすらも、間違いだったのかよ?
「御免ね、銀ちゃん。私、銀ちゃんのそういうところ好きだったよ」 「は…!?」 「あのね、一つ教えてあげる」
物凄く辛そうなのに、綺麗な笑顔を浮かべるそいつは、やっぱり俺には理解出来なかった。
そういうところって、どういうところだよ。大好きなお前に褒められたのに、それがわかんねェんだよ。
「楽しい時も泣くし、悲しい時も怒ってる時も笑うし、…だからその反対だってあるんだよ。笑ってるから辛くない訳じゃないんだよ。平気と言ったって我慢してない訳じゃないんだよ。天邪鬼で御免ね。また会おうね、銀ちゃん」
その言葉を俺は何度も思い出し、最近になってやっと、
また会おうと言ったって 会いたいと思っている訳ではないのだろうと、そう理解出来た。
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