好きだった人


喧嘩した。
まぁいつものことだが。
依頼を受ける受けないで新八と神楽と言い合いになって、そのまま家を出てきた。
からといって、金もねーし。鬱憤も溜まってることだ。
俺はやっぱりいつものように、あの屋敷へと足を運んだ。










「相変わらずでっけー家。景気いいよなァお前ん家はよ」
「広いって言ってくれるのは嬉しいけどね、桂に空き部屋を使っていいとか勝手に言ったことはまだ許してないからね」
「忘れよーぜ、昔のことなんて」
「ならついでに銀や桂との思い出も忘れて警察に怯えない暮らしがしたいわ」
「…ここまで来てんのか?」
「ん?まーね。たまにだけどさ」
「…悪ぃな」

素直に謝ると、気持ち悪い、と返された。どういう意味だコラ。
歩き慣れた廊下を進み、ある一室の前で一緒に立ち止まる。

入ってて、とドアを開けられた。お茶くんでくる、お茶でいいよね?いや酒持ってこい、ばか、といったような会話を交わし、そいつは更に廊下を進んで行き、やがて姿を消した。

俺が入ったこの部屋は言わずもがなあいつの部屋で。
しかしそこに中学生男子のような恥ずかしい葛藤など無く、なんの躊躇いもなくふかふかのベットに腰かけた。
こんなとこ、新八や神楽が知ったら入り浸るに決まってる。だから俺はあいつの存在自体を隠していた。安らげる場所がなくなるのは困る。

広い屋敷だというのに、そいつはすぐにお茶を持ってきた。

「お待たせ」
「サンキュー毒入り茶」
「ぶっかけるよ?」
「冗談が通じねー奴だな〜」
「冗談が髪まで浸透してる奴よりマシ」
「誰が冗談みたいな髪型だァ!!」

声を荒らげると、わざとらしく耳を塞がれた。

「うるさい、叫ばないの」
「いーだろ、どーせ聞こえねェんだし」

嫌味っぽくそう言ってみるが、私にはダイレクトに聞こえるでしょうがと返される。いちいち細かい奴だ。
目の前に置かれた小洒落たカップを手に取る。すげぇ高そう。これほんといくらすんだ…?割ったらどうしよう、やべ、手震えてきた。
カタカタと鳴る音を掻き消すため、話を振る。

「つーかお前ももういい歳だろ。結婚しなくていーの?女の独り身は寂しいよォ?」
「うげ。あんたは私の親かっての」

同じようにお茶を啜るそいつは、思い出したのか苦い顔をした。

「やめてよねー、ただでさえここんとこ跡取りを残せってうるさいんだから」
「マジでお前彼氏いないの?」
「んー、今はね」
「…あいつのこと引きずってるのか?」

その言葉にふっと顔を上げる。
俺と目が合い、何かを確認したのかハッと気付いてぶふっと吹き出した。

「あいつってもしかして高杉?」
「ああ」
「何年前の話してんの!」

アハハ、と笑い飛ばされた。何だよ、ちょっと気ぃ遣ってやったのに。
当時はあんな落ち込んで悩んでたじゃねーか。それをこうも呆気なく忘れるかねぇ。女って怖ぇー。
…でも、もう辛くねェってんなら、安心した。

「ヘェヘェ悪かったよ、昔の話ほじくり返して」
「ホントだよ。高杉とか久しぶりに聞いたわ」
「そーかい。んじゃ今好きな男は?」
「なんでそんなこと聞くのさ」

はぐらかした。そう思った。
実際、何となくと言えばなら聞かないでよと嫌がるのだ。
…なんだ、いるのかよ好きな奴。

「じゃ、ここに来辛いじゃねーか、俺」
「え、別にいーよ。私も話したいし」
「オイオイ余裕だなァ、他の男家に連れ込んでいいのかよ」
「銀は私にとって男じゃないから」

どういう意味か正確にはわからないが、とにかくニュアンス的に自分の存在を軽んじられた気がするのでケッと悪態をついておく。
別にこいつが好きという訳ではないのだが。

「でも多分、親あんまいい顔しないと思うんだよね、そいつのこと」

ずっと幼馴染を続けてきたからか、この手の話は実はむず痒くて得意ではない。
高杉とくっついていたときも、俺は深くは尋ねず、それ以前のように頻繁にこいつと遊んだり喋ったりしていたので、色恋的感覚は薄かったのだ。
それでも長らく付き合っていて、最後の方はこっちが驚くほど荒れ、正直戸惑った。

「…俺の知ってる奴?」
「さあ」

はぐらかした、というよりは本当に解らない、といった風な反応。俺はふうんとだけ言った。

俺の知らない間に、俺の知らない奴に惚れたのか。
それを確認し、また一つ芽生えた感情を、俺は認める。
それは、『悔しい』、という感情だった。

「…うまくいくといいな」

な、と良い人を気取って笑いかけると、どうしたの気持ち悪い、とまた返された。本当に人の親切心を無下にする奴だ。

―でも、そんな奴でもな、俺ァ好きだったんだよ。ずっと。

「俺は今も別に好きな奴はいねェし、独り身で寂しいってんなら付き合ってやろうかと思ってたんだけど」
「ハイ?何言ってんの?銀と付き合うなら桂と攘夷志士してるわ」
「どんな比べ方だよ」

ケラケラと笑い飛ばされる。おいおい酷ぇな。
本気だったんだけどなァ。けどまぁ、お前が自分で自分の選んだ奴と幸せになるってんなら、それでいいか。

思い返せばチャンスはいくらでもあった。高杉と付き合う前。高杉と別れた直後。今までの期間。好きだと言えばきっと応えてくれたんだろうと、驕りや自信過剰ではなく、そう思う。

だけど俺は伝えなかった。心地よさに甘んじて、ずっと先送りにして。
やがてこちらの好きだという気持ちも、風化していってしまって。今では懐かしむことと、悔しがることしか出来ない。

だからせめてよォ、

「親が何と言おうが、お前の人生だろ。好きな奴にちゃんと気持ち伝えて幸せ掴めよ」

俺にゃ叶わなかったが、お前なら出来るだろうよ。

ぐしゃっと雑に頭を撫で、俺は立ち上がった。


―さて、甘味でも買って帰ってあいつらの機嫌を取るとするか。



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