僕はシグナルに気付かせない


ぴろぴろぴろー。

ああ、またお客か。整理していた棚に適当に区切りをつけ、レジの様子を伺う。

「いらっしゃいませ!」
「肉まん一つ」
「はい、ありがとうございます。300円で御座います」

店長がレジにいたので、立ち上がらずまた作業を再開することにした。

バイトはつまらなくなった。
生活が厳しいから続けるけれど、前のように楽しみは減ってしまった。

山崎が辞めたからだ。

突然「就職決まったんで〜」とかなんとか言って、ろくに挨拶もお別れ会もせず辞めていってしまった。
連絡先も何も知らない私は、いつかまた遊びに来ないかなあなんて淡い期待を抱きつつ、残された人の少ないコンビニでバイトをこなしている。
けれど負担は以前とさして変わらない。店長が仕事を積極的にしてくれるから。

「ありがとうございました!」
「ざいましたー」

お客様がいなくなり、棚整理を終え箱片手に戻ってくる私に、店長が声をかける。

「祐季ちゃん、現金チェックしようか」
「あ、はい」
「入力するから数えてくれる?」
「はい」

レジを開け札を渡され、枚数を答えていく。

現金チェックは2人でするようになった。
毎日、時間を決めて行い、チェック表に記入する。

「よし、問題ないね。ありがとう」
「いえ」

1週間前、突然店長が変わってから、現金の誤差はほとんどない。
5円とか10円くらいならたまにあるけれど、大して問題はない。

山崎が辞めて、ちょっとして店長が変わって。聞くところによると、前の店長は辞めたらしいけれど。
どうして辞めたのかは、わからない。

ただ今の店長は明るくハツラツとしていて、若干空回り感もあるけれど、いい人なのは分かる。

だけど私の気分は浮かない。
そんなに山崎の存在が大きかったというのか。なんか悔しいな。山崎ごときで。

ぴろぴろぴろー。

「いらっしゃいませ!」
「しゃいま、」

あ。
お客様を見た瞬間、少しだけ固まる。
それからすぐに裏に引っ込もうとした私の腕をガッと掴まれた。

「イタタタタ!?」
「店員サーン。ジャンプ買いたいんスけどォ」

ニヤ、とその人の顔が歪む。
そうだ、浮かない原因はここにもあった。ていうかこれが主な原因。
この客。ジャンプのガキんちょ。

「オラ早くしろィ」
「お客様自身でお取りになった方が早いのでは!」
「客の手ェ煩わせんじゃねェやい」
「もう少し謙虚なお客様でしたらそれでも構いませんがね!?」
「謙虚に待ってるだろィ」
「催促しといて!?」

山崎が辞める少し前、くらいか。あれから毎週ジャンプの発売日に同じような時間帯に同じような格好で、同じようなことを口走りながらこの客は通っている。

はあ、とため息をつきながら、今日も渋々ジャンプを持ちレジへと運ぶ。
店長は対応の悪い私を叱りもせず、さりとてお客様に一言申す訳でもなくただニヤニヤしながら裏に引っ込むだけだ。
ほんとクソだなこの店長。ここぞとばかりに悪口を心の中で並べる。
いや別に嫌いじゃないけどね?

「255円です」
「カー」
「カード厳禁で。ていうかそれ電子マネーですよお客様」

うるせェやいと言いながら、ただジャンプだけを買って、そして、

「おい」
「はい?」

仮にもお客様相手に まだ何か用ですかこんにゃろうという顔を思いっきり見せる私に、一つだけ問いた。

「最近特に変わったこたァねェだろうな?」
「は?…いえ、変な客が常連になって参ってることくらいで」
「ああそうかィつまり何もねェんですねィ」
「人の話聞いてました?」
「そんならいいや」
「やっぱ聞いてねえなコイツ」

ちら、と店内奥…つまりは事務所の方を見て、満足げに口の端を上げる客。

「んじゃ、またらい…」

ぴろぴろぴろー。

「「あ」」

新たに入ってきた人を無意識に見て、声を上げる。
ん?いやまて、なんでアンタもそんな知り合い見つけたかのような顔してんだ。

今入ってきたのは、山崎だぞ?

「お久しぶりで……あれっ!?」

山崎も山崎で、私を見てヘラヘラ笑ったかと思えば――ジャンプ中学生に気付き愕然とした。
いやいやなんでだよ。え?なに?知り合い?

「隊長っ…!なんで貴方がここに!?」
「なんでってェ決まってんだろィ、ジャンプ買いに」
「ジャンプ!?こんなとこまで来て買わなくても、屯所の近くにコンビニなんて」
「ここの店員はドMが多くて楽なんでィ」
「ちょっと待った誰がドMだ!」
「それって働いてた俺のことも言ってます!?」

ああもう、だから2人はどんな関係なんだよ!
てかさっき山崎、この人のこと隊長だとか、屯所の近くだとか…。
屯所ってなんだっけ、聞いたことある、えーーと確か…。

警察の。

「え、あれ…?」

警察?真選組…?
そういえば見たことある気がする、その趣味の悪い洋装、もしかしてこいつ…いやこの人…!

「真選組!?…の、隊長!?」
「ん?なんだオメェ今気付いたんでェ。天下のお巡りさんの顔も知らねェなんざとんだ箱入り娘でェ。いやブタか」
「そこ訂正するとこじゃないだろ」

てゆーかマジか、マジなのか。警察なのに店員さんパシリにしてんじゃねーよ。

そして何故か隣で私服の山崎も頭をかく。
なんだその照れた風、キモいぞザキ。

「実は僕も真選組なんですよ」
「ダウト」
「なんで!?」

私に手を抓られて本気で痛がってたような男が真選組なわけがない。
だとしたら何職歴偽ってバイトしてんだ、確か公務員てバイト禁止だろ。

「あれ、聞いてないんですか。前の店長がアガガガガ!?」
「おっとこんなとこにデケェ虫が。こりゃアイアンクローで撃退しねェとなァ」
「や、虫にアイアンクローかける奴なんていないと思うんですけど…」

山崎が何か言いかけたけど、結局聞けず、そのまま2人は帰って行ってしまった。
むう、なんだったんだ。本当に山崎は真選組だったんだろうか。

まあでも、いっか。どうせ。

ぴろぴろぴろー。

「いらっしゃいませー」



来週にはまた、会えるんだから。




fin


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