君はシグナルに気付かない




ぴろぴろぴろー。
軽快な音を耳に受け、無意識に声を上げる。

「いらっしゃいませー」

レジ下を整理し仕事をしつつ足を休めるという高度なテクに精を出していると、人が立つ気配がした。

なんだよ今入ってきたばっかでもうレジかよ。あれか、タバコか。頼むから銘柄を略して早口で言うのだけはやめてくれよ。
そう思って立ち上がると、予想に反してお客さんは若かった。

「いらっしゃいませ」

手には何も持っていない。なるほどホットスナックか。
肉まん買ってくれないかなー、朝から売れ残ってるんだよなー、そろそろ廃棄なんだよなー。

だけどその人は、ことごとく私の予想を裏切って。
振り返り、すっと店内奥を指さす。

そして衝撃的な台詞を言い放った。

「そこに置いてあるジャンプ。1冊」
「……へ?」
「早くしなせェ」

意味が分からず、でも反射的にはいと返事をしながら、身体は動かない。
ジャンプ?1冊?くださいってこと?置いてあるのに?

……自分で取ってこいやアアア!!!

理解した途端えもいわれぬ苛立ちに襲われた。
なんなのこいつ!?見たとこまだ中坊か!?くっそ店員だからってなんでもすると思って、お客様だからって何しても許されると思って!

しかし裏には店長。殴りつける訳にもいかない。
くっ…ここは我慢、我慢だ。これがお仕事。これが世の中よ祐季ちゃん。

「ご、自由にお取り下さいね〜?」

若干嫌味を込めながら比較的丁寧に対応し、ジャンプをレジまで運ぶ。
なんだこの腹立つ作業。それでも営業スマイル忘れない私、さすがプロ。

気を取り直し、その他よろしかったですか〜と言いながらバーコードを読み取る。

ぴっ。

「255円でございます」
「あ、カードで」

馬鹿じゃねぇの!?!?!?

思わず口が ば の形を作ったところですぐに咳払いで誤魔化す。ていうか馬鹿じゃねぇの、馬鹿じゃねぇの!!!
ジャンプを!!255円相当の!!少年ジャンプを!!カードで!!

「当店現金のみの扱いとなっております」

本当は出来るけど嘘ついてやった。
ジロリと睨まれる。

「あれェおっかしいなァ、この間は出来たんですけどねィ。さてはオメェ新人だなァ?店長呼べや」
「ああそうでしたあ!!当店カード使えましたあ!!そうそう!!すみませんうっかりして!!」

NEET歴2年の私が店長を敵に回せるはずはなかった。
取り繕って営業スマイル。もいっちょスマイル。

「早くしろィ」
「すみません」

ちったあ店員さんの顔も見ろよ。一生懸命媚びてる努力見逃すなやお客様。

内心ではどうとでも言える。
どうぞと読み取り機を指差すと、その人は携帯を出してぴろりんと音を鳴らした。

カードじゃなくて電子マネーじゃねぇかそれ。



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