金色の狼1

 


薄地のカーテンが、風に揺れる。
閉じていた目を開ければ目の前に金色の狼。


「―…こんばんわ、おにーさん」

「おぅ。オメー、驚かねえのか?」

「声を上げた方がいいなら、今すぐにでも。けれど、せっかくの月見酒を穢したくはないなぁ」


今では中々お目にかかれないほど鮮やかに煌めく、金色の瞳。
両目の下には、なにか文様が描かれている。
ベランダの手摺りに腰掛け。
器用に片膝を立てる。


「あぁ……月見には良い日だ」

「でしょう?年に数回の楽しみですから」


着物の袂から、もう一つ杯をだす。
洋式の館には似合わない和服と、徳利。
そして月に照らされる、朱色。


「ほぅ、ワシに飲め、と?」

「折角ですから。御嫌でしたら、片付けますよ」

「いや…頂こうかの」


金を纏う男は、ベランダにおり杯を取る。
粗雑に扱われている痕跡はない。
裏返せば金と銀で控えめに描かれる、鳳凰。


「ああ……嫁入り道具、みたいなものです」

「…嫁入り、道具…?」

「もう随分昔に、此処に売られまして。唯一の所持品です」


さぁどうぞ。
徳利を傾ければ透明な液体が朱色を染め上げる。
色が薄く、形の良い唇が中身を一息に飲み干す。
ふ、と笑む姿に何故か安堵した。


「ん、悪くないのぅ」

「それは良かったです」


吹いて行く風は、まだあどけない雰囲気を残した青年の髪を撫でて行く。
それは背中ほどもある、けれども絹糸のようにさらさらと舞う。
ただ月を見つめ、ゆっくりと嚥下して行く。
気が付けばその姿に見とれていたらしい。


「そろそろ、部屋に戻らないと…」

「…そうか、残念じゃのぅ」

「…………………」

「…………………」


呟くも、二人とも動かない。
一人は月を見、一人は酒を呑む。
静かに時間が過ぎていく。
不意に何処からともなく鐘の音が聞こえる。


「―…あぁ、もうこんな時間…」

「これ以上は迷惑じゃろ。ワシは帰るとしよう」

「…もし、また近くにいらしたら…」

「ああ。その時は寄るとしよう」


ぱちり、と片目を閉じウインクをする。
くすりと笑う青年は、気をつけて、と伝えると部屋に向かう。
と、それを金の狼が止める。


「…そうじゃ、名は何と言う」

「―私は…結衣。貴方は?」

「ワシはぬらりひょん。…また、来る」


ぬるり。
そういって、金の狼―ぬらりひょん―は闇に溶けた。





――――――




「…よぉ、結衣」

「ぬらりひょんさん、こんばんは」


あの日から三月が経った。
その間ぬらりひょんは出入りや総会、普段と変わらぬ日を過ごしていた。
特に彼のことを思い出す事なく。


「…、どうした?」

「なにが、ですか?」

「オメー……いや、何でもねぇ」

「おかしな方ですね。さ、今日もどうです?」


出された杯はあの日と同じ朱色のもので。
うっすらと掛かる月明かりに鳳凰が煌めく。


「オメーよ、昼間は外に出ねえのか」

「昼間、ですか…。残念ながら出ないように言い付けられていますから」


そういうと申し訳なさそうに目を細めた。
とくとく、と杯に満たされる酒はやはり上質で。
身体の奥に染み渡る。
ほう、と無意識に息を吐く。


「此処から、出たくはならねえのかい」

「見付かったら、酷いですから」

「…なぁ、なんで売られた」

「さぁ。ただ、人の病を身体に移すことが出来るからでしょうか」


ただ人でありながら。
傷や病を治すことが出来るのだという。
それは、文字通り己に移るだけで。
決して治った訳ではない。
もう…数百年になるだろうか。
気が付けば長い時をこの屋敷で過ごし。
気が付けば、なにもかもが変わっていた。
死に掛けたことは両の手足では足らない。
頭首が変わり。
それでも扱いは変わらなかった。


「…たぶん、もう…人ですらないのでしょうね」


そういって微笑む結衣が。
ツキリと、ぬらりひょんの胸の奥を痛ませる。
総てを受け止め、受け入れ。
その流れから離れようとせず。
このまま、なにもかもが分からなくなるまで居るのだろうか。


「……なぁ結衣」

「なんですか?」

「ワシの組に来い。こんな所より、遥かに良い」


出来るだけなんでもないように言ったつもりだ。
頼むから。
本当は連れ去りたい。


「それは…出来ません」

「…何故」

「此処から出れば、存在できなくなりますから。…初代頭首との契約は、亡くなった今も継続していますので」


素直に、悔しいと思った。






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