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「いいから、じっとしてろよ!」
雪男は燐の胸ぐらを掴んだまま
自分のこんな気持ち兄さんにはわからないだろう?と言わんばかりに兄を睨んだ。
同時に雪男の中の抑えていた感情が次々に湧いて出てくる
あまりの剣幕にさすがの燐もたじろいだのか、はたまた自分の無力さを思い知ったのか、反撃の言葉すら出てこなかった。
掴んだ襟ごと突き放されて燐の身体がどん と壁にぶつかった。
そのまましゃがみ込んで燐は雪男にぷいと背を向けた。
雪男はその様子を目で追いながら、兄が出て行く素振りがないことを確認してから自分の部屋の椅子に腰掛けた。
そして二人は暫く沈黙した。
.......
兄の言葉が胸に突き刺さった。
たった今、杜山しえみに嫉妬した。
"兄に"ではなくだ。
しえみの名前があがって胸の奥を締め付けられた。
思い違いではない、確かに自分の気持ちが揺さぶられた
身を割かれるような感覚
自分自身に抱いていた疑念が確信へと変わる
自分は兄のことを......
自分の気持ちに気付いてしまった
隠していた宝物が勝手に誰かに掘り起こされて晒されているかのように感じ
、雪男はかぁっと顔を赤くした。
抑えていたはずの感情が明るみになって、今全てを飲み込んで濁流のように渦を巻いて胸に押し寄せる
受け入れてしまえ と声がする。
偽るなと。
ああ、そうかと雪男は思った
今の自分の状態を考えれば、全ての疑問に説明がつく。点と点を線で結ぶようにまるで答えに導かれるように。
そう、答えは兄だ。全て兄に繋がっている。
昨日、シュラに諭されたように、自分は焦っていると感じた。
だがそれは、シュラが真に危惧している事柄とは全く別のものだ。
自分は、
兄を独占したいと思っている...
そんなのは、間違いだ
と心の何処かで聞こえる
兄を
誰のどのような攻撃があろうと、自分が守ると誓った
それは間違いではない
しかし、誰からも遠ざけて囲っておいて自分だけのものにしたい、誰にも触れさせたくないと思っているのも事実
履き違えもここまで来ると滑稽だな...
雪男は酷く混乱した。
自分の感情を整理できないでいた。
とりあえず、頭を冷やそう。
水でも飲もうと椅子から立ち上がった瞬間ぐらりと景色が揺れた。
ガタンと音を立てたので、燐はびくっと飛び跳ねまた何か言われるのではないかとビクビクしながら雪男を見た。
「......?おい、ゆき、お?
顔が赤いぞ。熱でもあるんじゃねーか?」
そう遠慮がちに雪男に投げかけた途端、雪男はぱたりと床に倒れこんでしまった。
視界が揺れる...
身体が燃えるように熱い...
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