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朝の陽射しがカーテンの隙間から差込みそれが燐の顔を照らす
夏のそれは決して爽やかなものではない。朝とはいえ、窓越しでもジリジリと肌を焦がすような陽射しだ。
「ーぅあっち!」
燐は何事だと驚いて飛び起きる。
目覚ましでは起きられず、雪男に起こしてもらっても、二度寝、三度寝するほどの寝起きの悪さであったが、この暑さの中だ。
全身汗だくになっている上、
真夏の陽射しを顔に受けたわけで、これにはさすがの燐も参ってしまった。
「...雪男?」
いつも起こしてくれる筈の弟の姿がない。整えられたベッドの脇に、いつも羽織っている分厚いコートを掛けていたハンガーが置かれている。
(もう出かけたのか...)
燐は簡単に朝食済ませ、いそいそと支度をした。いつもは起こしてくれるのに と思いながら雪男のベッドを横目に小さく舌打ちをした。
寮から正十字学園までは徒歩五分といったところだが、いかんせん、学園は広い。
教室にたどり着く頃には、既に額には薄らと汗が滲み出ている。
空調の整った大教室に入り、席に着くと燐は盛大に深呼吸して、机に突っ伏す。
「ふぁぁ...クーラーサイコー...」
心地よい教室の中ウトウトとし始める。いつもこのパターンでホームルームから居眠りをしてしまう燐だが、はっとして身体をを起こした。
「いけね!俺はこんなことしてる場合じゃねー!」
両手で頬を叩き、喝を入れた。
五限目終了の予鈴がなる頃、燐はとうとう頭からポッポッと湯気が湧き出しそうになっていた。
周囲がどよめき始める。
超難関とされた正十字学園になぜ彼が?と入学当初から噂されていた。極めつけに授業中に平然と居眠りをするものだから、燐は極めて目立つ存在であった。
そんな彼が、居眠りをしないで授業を受けているとなると、騒ぎ立てずにはいられない筈だ。
嵐でも来るんじゃないか と教論までが言い出す始末だ。
当の本人はそんな言葉など 耳にも入らない様子で、ふらふらと教室を後にするのであった。
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「どうしはったん?なんか、すごい顔赤いで。しかも目の下ごっついクマ出来てる...」
志磨が声をかけると既に席に着いていた面々がギョッとなって燐に目を向ける。
今にも卒倒しそうだ。
「なんの...これくらい、平気だぜ...」
戦場で一戦交えて奇跡の生還を果たした兵士のように燐は誇らしげに答えてみせた。
「お前、授業マトモに受けとったってホンマか?」
勝呂が俄かに信じられないといった表情で燐に問いかける。
噂は勝呂の在籍しているクラスにまで広がっていたようだ。
「おう...当たり前じゃんかよ。」
目の下のクマがそれを物語っているが、おそらく授業内容までは頭に入っていないだろうと誰もが思ったがそれを口に出すのも躊躇わせる雰囲気だ。
...たった一人を除いて
「バカかおめぇ!内容覚えてなきゃ意味ねーじゃん!」
唯一、教室内で無関心オーラを放っていた宝が巧みに腹話術を使ってケラケラと笑いだした。
ぶち壊す様なその発言に勝呂の額にはいくつもの青筋が浮かび上がる。
志磨はそんな勝呂をまぁまぁと宥めながら話を戻す。
「そうそう、眠なった時は隣の女の子見て眠気さませばええんよ!」
「隣の?そんなんで眠くなくなるのか?」
「...奥村くん、間に受けたらあかんよ。志磨さんは煩悩を絶った方がええ。」
子猫丸が珍しく責めるような口調で志磨に告げる。
コツコツと靴音を廊下に響かせ一人の講師が教室の扉を開いた。
「一時間目、若先生や!」の志磨の声に皆が一斉に席へと戻っていく。
「授業を始めます。ほら、奥村くんも席に着いて。」
眈々とした口調で呼びかける。
燐はその声にだらんと伸びきった背筋をぴんと伸ばした。
ここからが本番だ!
燐はポケットに入れて置いた髪留めを取り出しそれで手早く前髪を上げて臨戦体制に入ると、雪男に向けて告げた。
「はい。センセ!」
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