「ふぃ〜」


濡れた髪をタオルでクシャクシャと拭きながら、燐が部屋に入ってきた。
シャンプーの香りがして、雪男は燐から視線を外し、天井を凝視した。


(...雪男?)


感情を表に出さない弟が珍しく、不自然な態度を取ったことに燐は気づいた。


「雪男!」


不意に呼び止められ雪男はビクっとなって身体を揺らした。


「俺、頑張るからな!」

(...?)

「...いきなりどうしたの、兄さん」

「いや、なんでもねぇ」

燐は照れ隠しに半乾きの髪をぶんぶんと振ってみせたが、雪男はそんなことにも気づかずに、ふぅんとだけ答えた。

聞いちゃいねえな...
燐は思った。
今にみとけよ!
と燐は拳を握った。


「今日は眠れよな?」


燐は雪男の返事を待たずにまだ乾ききっていない髪のままベッドに横になった。


燐のシャンプーの香りですっかりのぼせあがった雪男はまたあの時の情欲の波が胸に押し寄せてくるのを必死に堪えている。

あの時ーー
一度は傾き掛けたこの感情だが、一時の情欲で全てを壊すことは雪男には出来なかった。
横になっている燐の姿を物欲しそうな目で見ながら雪男は唇を噛んだ

いっそのこと、避けてしまおう。
この気持ちから目を背けよう。

今の自分にはそう決め込むことしか出来ない。

長い沈黙のあと、雪男はそうするよ と燐の問いかけに答えようとしたが、燐は既にすぅすぅと寝息を立てていた。



兄が隣で眠っている

同じ部屋でーー

意識している。
堪えていたものが全身を支配していくのを今度は冷静に感じ取った。

つい今しがた心に決めたことが揺らぎ始める

ゆっくりと燐の眠るベットに近づく

ドクンドクンと煩く鳴る鼓動が外に聞こえてしまわないかと思いながら、互いの唇に触れるか触れないかの距離で顔を止める。

全てを壊してしまうことが怖い
だけど、

今だけ

兄が眠りにおちた今だけは...
"兄さんは僕のものだ"


そのまま唇を重ねて触れるだけのキスをする。

燐の寝息が顔にかかって雪男は痺れるような感覚に全身を震わせた

兄が好きだ
全身でそれを感じる

ほんの数秒間であったが、雪男には十分すぎるほどの数秒間

自分の心の中はこんなにも兄で溢れている




溢れる情欲の波を抑えながらそっと燐から身体を離すと
微熱混じりの溜息を吐いた



「ごめん兄さん、今日も眠れそうにないよ。」


燐の寝顔を見ながら雪男は静かに呟いた。















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