軽薄、残念、女好き。
 もし彼について聞かれることがあれば、私はそう答えるようにしている。

 そこそこ強いらしいテニス部のエースにして、そう悪くはない顔立ち。会話も意外と上手いときた。一見優良物件のように思えるその印象をぶち壊すその趣味が、どれほど破壊力があるか分かってもらえるだろう。
 だから彼が私に話しかけてきたとき、私はただ、「順番が回ってきたのだな」としか思わなかった。

「みょうじさん、今度デート行かない?」
「行かない」

 だけどまさか、このたった一言を後に死ぬほど後悔するなんて、その時の私はこれっぽっちも思わなかったのである。



 中学生最後の春。つい最近小学校を卒業したような気がするのに、時が過ぎるのはあっという間だ。最高学年、だとか、進路、だとか。急に口うるさくなった教師たちをよそに、周りの女の子たちはそわそわと浮き足立っていた。

「2組の山口さん、彼氏できたって」
「高山も彼女できたらしいよ」
「来年は高校生だもんね」
「彼氏、欲しいよね」

 中学生である私達にとって、高校生はとても大人っぽく見えるもの。中学生の恋愛なんて所詮お遊び。高校に上がればきっと大人の恋を体験できる―――とは、友達の弁。流石に私はそこまで夢を見てはいないけれど、憧れがないと言えば嘘になる。私だって女の子だ。
 そんな浮ついた雰囲気の中、さらに浮ついていた男がヤツだ。この空気ならいけるとでも思ったのか、始業式の日、ヤツは公衆の面前でデートを申し込んできた。千石清純。プレイボーイと名高い軟派男だ。

「なまえは千石と付き合ったりしないの?」
「やだよ、あんなの」
「あはは、なまえひっどーい!」

 お陰で新学期早々いじられネタには事欠かない。元々ヤツは手当たり次第の女子に声をかけていたというのに、なぜ今更噂になるのか理解に苦しむ。そんな疑問を口にすると、友達は「なまえとデートしたら、うちの学年女子コンプリートなんだってさ」と笑いながら教えてくれた。
 まさかのコレクション感覚。絶対にデートするまい、と心に固く誓った矢先、前方で大きく手を振り満面の笑みで近づいてくる姿。ああ、幸先悪い。

「やあみょうじさん!今日も可愛いねぇ」
「そういうのいらない」
「外の桜見た?もうすぐ満開になるよ。お花見デートなんてどうかな?」
「ねぇ話聞いてないよね?」

 満開なのはお前の頭だ、という悪態は口に出さずに留める。全くもって話の通じないコイツは、私の呆れ顔をものともせず笑顔のままだ。そのメンタルをもっと違うところに生かせばいいのに。もったいないヤツ。

「それじゃ、また明日。気をつけて帰ってね〜」

 嫌味のひとつでも言ってやろうかと口を開きかけた途端、千石は笑顔のまま踵を返した。引き際まで心得ているあたり、女慣れしている感じがして嫌な感じだ。

 窓の外には彼が言った通りの桜が見えて、それがなんだか悔しくて、んべっと舌を突き出す。春は、些か不愉快な思いと共に始まった。

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