小説 | ナノ






 放課後、部活の時間。今日もテニスコートに嵐が来る。

「まっっさはるーー!!!来たよ!!!」
「来んな。帰れ」

 女子らしからぬ、腹から発声された声量と、これまた女子らしからぬ勢いで飛び掛ってくるソイツ。熱烈な彼女のアピールをたった二言で一蹴した仁王に、なおもめげずに話しかけ続けている。よく心が折れないもんだ、とテニス部員の心は一つだ。
 それがみょうじなまえ。仁王雅治の彼女である。……はずだ。

「元気!!?ねえ元気!!?今日も元気にまっさはるのイリュージョンしてる!!?元気ないなら分けるよ!!」
「知っとるか?お前さんの元気は俺を消耗させる」
「なにそれ!!照れ隠し!!?」
「頼むからどっか行っとってくれ……」

 本気で憔悴した様子の仁王を、みな気の毒そうに見つめるしかない。もしもあの中に介入しようものなら、次は自分たちが標的になってしまうということを、すでに嫌というほど思い知っているのだ。

「あいつら付き合ってるって嘘だろぃ……?」
「でもあいつら、部活終わったら一緒に帰ってるよな」
「仁王君本人も否定しませんからね……」
「嘘だったらよかったのに、とは言ってたっスけどね」

 ぎゃんぎゃんと言い合う(と言うにはみょうじの一方的なものではあるが)彼らを前に噂をするは、テニス部レギュラー陣の一部。ちなみに彼ら、全員みょうじに弄られたことがある。迂闊に近寄れず、一定の距離を置いた状態で固まっているのはそういう訳だ。

 「なぁなまえ、頼むからせめてコートからは出てくれ。ここにおりたいならフェンスの外から見とればいいきに」
「っしょーがないなーまさはるはーー!!照れ屋なんだからもうー!!んじゃ外で見てるから頑張ってね!!」
「……おー」

 仁王の弱々しい返事とともに、嵐はコートから去っていき、そこでようやく部員たちはホッ、と一息ついて練習を再開できる。特に真田の安堵は目に見えて分かる。彼女がやってくるたびに老け顔だの古風だの、口を挟む隙すら与えずまくし立てられているので、真田はみょうじを最も苦手としているのだ。

 相も変わらずフェンスの向こう側から馬鹿でかい声が聞こえるが、みょうじとこちらのあいだに障害物があるだけで安心感が全く違う。例えるなら猛獣のような。そんなことを幸村は思う。幸村自身も彼女に弄られたことはあるものの、こちらは真田と違って言い返すことができるし、それほど深く考え込まないので苦手意識はない。それでも関わりあいにはなりたくないなと幸村に思わせるみょうじは、なかなかにすごい存在だと分かってもらえるだろう。

「仁王、今日も彼女、すごいね」
「……そうじゃの」
「あのときすぐに引き下がらないで居座るんだったら出禁にしたのに」
「そういうところは分かっとるんじゃ、アイツ」
「そうなのかい?」
「ああ見えて、人一倍空気は読めとるよ。現に今日、俺は落ち込んどったし」
「……へぇ?」

 ぱこん、とラケットがボールを打つ音が響き、その後みょうじの歓声が聞こえる。「すごーーい!!!赤也くんさっすがーー!!!!フゥーーー!!!!」「うっせぇっス!!!」しかしみょうじに背を向けた赤也は、心なしか嬉しそうな顔をしていた。その後のプレーも調子よさそうだ。

「なるほど?」
「アイツがああもハイテンションやとこっちもつられるし、逆に冷静にもなれる。そう悪い女でもないぜよ」
「突然惚気ないでくれるかい」
「俺となまえの関係が信じられんて顔しとったからの」

 くつくつと喉の奥で笑う仁王は、幸村を置いて赤也の方へ歩き出した。赤也に絡み始めた仁王を見て、幸村もすぐに合点がいく。

「なになに!!?まさはるも応援して欲しかった!!?」
「いらん。黙っとくのが俺にとっての応援じゃ」
「いいじゃないか、応援してもらいなよ。赤也とやるんだろ?仁王」
「……ピヨ」

 不思議な返事を肯定と取ったやら否定と取ったやら、嬉々として応援を始めるみょうじと、何故かやる気満々の仁王。そして楽しそうに傍観を始めた幸村に囲まれて、可哀想な赤也の悲痛な声だけが響いた。

「あんたら真面目に練習してくださいよーーー!!」

top
×