バァン!

車のスライドドアが開ききる前に扉を押し退け飛び出て行く美春。その背を追った陰月の静かな窘める声など意に介さず彼女は窮屈な空間に何時間も閉じ込められていた身体をゆっくりと解し始めた。

「ん〜! きっもちいい! ほんっともったいないですよね、古都葉センパイも弥生センパイも。こんっなに空が澄んでて空気も美味しくて、しかもタダ同然だってのにー」

くるくるとその場で回り始めた美春に、彼女のいた座席を倒して出てきた小太郎が馬鹿にしたような嘆息を吹きかける。

「仕方ないだろ。帰る予定の日は高等部の入学式なんだからよ」

「たかが高等部の入学式だってのに、真面目デスネー」

「……なんだよ、その棒読み具合」

やれやれと肩を竦め、救いようのない馬鹿もいたもんだと天を仰ぐ美春に喰ってかかろうとしたところで鼻先を人差し指でズビッと指す。

“本気でそう思ってんの?”

「は?」

「あんなもん休みのギリギリまで古都葉を独占したい遊一の我が儘に決まってんでしょー?」

「お前なぁ、人の先輩を捕まえて心の狭い男呼ばわりか!」

「わかってないコタローが子どもすぎんのよーだ」

外で喧嘩を始めようとする二人を余所に咲姫はそっと後ろを振り返る。

そこには黛藍の睫毛に縁取られた目蓋を降ろし、腹の上で軽く手を組み合わせて静かに眠っている蒼がいた。

「蒼、起きて」

揺れる視界の中、趣味の読書も出来ずただぼんやりと流れる風景を眺めていた蒼にi-Podを貸したのは数刻ほど前のこと。どうやら最近夢見が悪くよく眠れていなかった彼は選曲が良かったのか悪かったのか、次に振り返った時にはもう夢の中に旅立ってしまっていた。

出来うることならこのまま寝かせておいてあげたい。だが、四月といえど陽光が厳しくじんわりと汗を掻くほど暖かい今日、車内に置いていってしまっては何が起こるかわかったものではない。
せめて旅館の床の上で眠って欲しいと思い、咲姫は背もたれに腹を乗せ蒼の肩を揺らした。

「……さき?」

「うん。おはよう蒼」

細かくその睫毛が震え、ぼんやりと此方を見詰める蒼に笑いかける。

「おはよう…」

その声はどこか掠れていて、咲姫は一旦背もたれから退くと自分のカバンを漁り、蒼の眼前に此処に来る途中のサービスエリアで買ったペットボトルを突き出した。
しかし一向にそれを取ろうとしない蒼。不思議に思った咲姫はそれを揺らす。
すると嘆息を吐き出し億劫そうながらも受け取った蒼が水を飲み終えるのを見計らって咲姫は後部座席に乗り込み蒼の手を引いた。





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