感謝されることなど一つもしていない。 ただ咲姫が親子が一緒にいないのは嫌だと思ってついつい口出ししてしまった単なるお節介の末、事態が動いただけなのだ。 資料を集めてくれたのは蒼だし、拙い説得に力を貸してくれたのは蛍。そして咲姫の話を聞き動いてくれたのは紫苑だ。すべて咲姫のおかげなどではない。 そう伝えたものの、朔耶は先程の感謝の言葉を撤回せず、頬を赤らめさせたまま咲姫の制止を振り払い角を曲がって走り去ってしまった。 止めるために宙に浮かんだ咲姫の手が少しの間その場で彷徨い躊躇いの後、下へと下ろされる。 「咲姫」 蒼の静かな声が咲姫を呼ぶ。 ゆっくりと振り返ると蒼は真剣な眼差しで少女を見詰めていた。 「この間の話だけど、」 数秒間、回路が繋がらず何のことを話しているのかわからなかったが無事回路が修復され何を蒼が指しているのかやっとわかった。咲姫の自己満足の宣言についてだ。 「あれはね――」 「迷惑なんかじゃない」 慌ててただ自己満足なのだと言おうとした咲姫に被せるように蒼が意志を持った声で告げる。 “迷惑なんかじゃない” じわり、と心にその言葉が優しく溶けてゆくようで。 思わず心臓の上に手を重ねた。 「迷惑なら、誰も咲姫に手なんか貸さない。お前のやさしさに救われたみんながそうしたいから心配して。お前が困ったら助けようと思えるんだ」 その言葉は今までのどんな言葉よりも優しく、どんな思いよりも深く、咲姫の心に刻まれる。 思わず顔を覆った咲姫の手を攫って、蒼が優しい表情になった。 「帰ろう」 「うん」 その言葉は大切な脳内ハードディスクの大切なもの箱であるフォルダに保存させていただいて。 少女はまた一歩、歩み始めたのである。 『†十字架†』 第四夜fin. [*←]|top|[→#] |